いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は西荻窪のレトロな喫茶店「それいゆ」です。

  • 昔ながらの喫茶店「それいゆ」(西荻窪)(写真:マイナビニュース)

    西荻のゆったりとした雰囲気に溶け込む外観

特に理由はありません。でも、ふと気になってしまったのです。「喫茶店のモーニングサービスって、いまどうなっているんだろう?」って。

僕は朝食をほとんどとりません。トマトジュースとコーヒーと、アーモンドを少しつまむ程度。なので、そもそもモーニングサービスがどうなっていようが関係ないのです。にもかかわらず、「昭和の喫茶店といえばモーニングサービスだったよなぁ」などとふと考えたら、そのことが気になって仕方がなくなってしまったわけです。

そこで実際に喫茶店へ足を運び、令和元年の喫茶店モーニングサービス事情を探ってみることにしました。しかも、どうせなら昔から気になっていた喫茶店を訪ねてみたいところ。というわけで、西荻窪駅南口から数分の「それいゆ」へ行ってみることにしました。

よく行く飲み屋や古着屋が何軒かあった西荻は、僕にとっては1980年代から馴染み深い、庭のような街でした。地元の荻窪からも自転車ですぐだし、しょっちゅう足を運んでいたのです。

それいゆは当時から確実にあった喫茶店でした。しかし、「気になるなー」と思いつつ、結局はいつも通り過ぎてしまうだけのお店でもあったのです。

だから、いつかは入ってみる必要があったんですよね。そしてモーニングにチャレンジしてみようというのなら、やはりこういう昔ながらの店を攻めてみたかったということ。そこで11月後半のある朝、自転車で行ってみたのでした。すごく寒い日で、手袋をしてこなかったことを後悔しながら。

朝にぴったりな雰囲気のこじゃれた店内

10時の開店直後に到着すると、ドアの横に立てられたイーゼルに「それいゆのモーニングセット」というプレートが。これこれ、こういうのを求めていたんですよ。

  • お目当てのモーニングセットは3種類

    お目当てのモーニングセットは3種類

店内に、お客さんは男性ひとりだけ。どうやら僕は2人目の客だったようです。店内を見渡すことのできる窓際の席に座ると、アルバイトなのでしょうか、30代くらいのお兄さんが「いらっしゃいませ」と、お水を持ってきてくださいました。

ときどき奥からお年を召した女性のハキハキした声が聞こえてくるので、おそらくはその方がオーナーなのでしょう。でも調理役に徹しているようで、こちらからはお姿が拝見できません。

ちょっと残念ではありましたが、いきなり「こんにちはー!」と覗き込むわけにもいかないしね(それはアブナい)。

  • ゆったりとしていて、どこか懐かしい店内

    ゆったりとしていて、どこか懐かしい店内

モーニングセットは「厚焼きトーストセット(サラダ、ゆでたまご付)」「ベーコンエッグトーストセット(サラダ付)」「練乳のミルクトーストセット(生クリーム付」の3種。

どれも気になりますが、「朝の定番」と書かれているベーコンエッグトーストセットをチョイス。だってベーコンエッグって、モーニングサービスに欠かせない感じじゃないですか(発想が子ども)。

意外と広い店内には、ちょうどいい音量でルイ・アームストロングなどのジャズ・ヴォーカルが流れています。有線放送だと思われますが、朝の雰囲気にぴったり。

左奥には本棚とボックスシートも見えますが、なにより存在感を放っているのは、中央にある半円型のカウンターです。すごいつくりだなぁと思ってよく見てみると、カウンターの向こうに水出しコーヒーのドリッパーが4台も鎮座しているのです。

  • 水出しコーヒーのドリッパーが存在感をアピール

    水出しコーヒーのドリッパーが存在感をアピール

なるほど、ここでコーヒーを落としているのね。これは期待できるかも……と思っていたら、先ほどのお兄さんが「お先に……」と言いながらコーヒーを持ってきてくれました。

  • 無地のカップ&ソーサーもいい感じ

    無地のカップ&ソーサーもいい感じ

おや、表面に白っぽい膜のようなものが見えます。昔、喫茶店でバイトしていたころに聞いたのですが、これは温度が上昇したときにできる小さな水滴が集まったもの。つまり、どうやらドリッパーで落としたコーヒーを温めなおしているようですね。

最近はあまり見ませんが、これもまた昔ながらのやり方だと受け入れるべきでしょう。事実コーヒーは、昭和のころを思い出させる「喫茶店のコーヒー」の味です。うん、いまどきのサードウェーヴ・コーヒーとは違うけど、これはこれで懐かしい味わい。

昔ながらのモーニングセットは正解の味

そしていよいよ、ベーコンエッグトーストセットのお出ましです。バターがたっぷりついたトーストと、目玉焼きにベーコン、そしてサラダ。見るからに、期待どおりのモーニングです。

  • いかにも正統派のモーニング

    いかにも正統派のモーニング

しかも卵焼きは、カリッとした白身と、半熟の黄身のバランスが絶妙。こういうところは、長年にわたって卵を焼き続けてきたスキルが生かされているのかもしれません(昭和な喫茶店に、「スキル」という言葉は似合わない気がしなくもないけど)。

個人的にはベーコンはもう少し焦げ目がついているほうが好み。とはいえ、ていねいにつくられていることは間違いなく、これはこれでひとつの完成形です。サラダのドレッシングも明らかに手づくりなので、一つひとつを安心して食べられます。

「劇的なおいしさ!」とか言いたくなるようなタイプではありません。そもそも、そんな安っぽい表現は使いたくないと感じます。なぜなら、あえて大げさなことばで装飾する必要もなく、「しっかりと普通においしい」モーニングだから。つまり、これは正解。

  • トロトロの黄身がたまりません

    トロトロの黄身がたまりません

それにしても驚いたのは、地元の人からの人気の高さです。少し前までお客さんは僕を含めて2人しかいなかったというのに、ひとり、またひとりとお客さんが増えていき、ふと見れば客席の7割は埋まっているような状態になっていたのです。

みんな当然のように入ってくるので、おそらくは大半が常連さんなのでしょう。普段着っぽい人が多かったしな。かといって必要以上にお店の人と親しげにするわけでもなく、大声で話す人もいず、各人が静かに平日朝の時間を楽しんでいる様子。

いまどきのカフェもいい(のかもしれない)けれど、僕はやっぱりこういう昔ながらの喫茶店が好きかな。

  • スイーツ好き御用達のケーキもたくさん

    スイーツ好き御用達のケーキもたくさん

メニューにあった「特製カレーライス」も気になるし、今度また、ふらっと立ち寄ってみたいなと感じました。そう、こういうお店は「気負って」ではなく、気まぐれに訪れたい感じです。


●それいゆ
住所:東京都杉並区西荻南3-15-7
営業時間:10:00~23:00
定休日:なし

著者プロフィール : 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。