いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、 荻窪のそば店「朝日屋」をご紹介。
「おかめとじ」ってなんだ?
荻窪でおそば屋さんといえば、名店として知られる本むら庵が有名です。が、じつはそこから徒歩1分程度の場所にも、ずいぶん前から営業を続けているおそば屋さんがあるのです。それが、今回ご紹介する朝日屋。
以前ご紹介した中野の朝日屋と並び、各地に点在する暖簾分け店のひとつだと思われます。
なにしろ超有名店がすぐ近くで、しかも駅から離れた住宅地に隣接しているのですから、決して恵まれたロケーションだとはいえないかもしれません。けれども気軽に利用できる街場のおそば屋さんとして、しっかり地元に根づいている印象があるんですよね。
専門性を謳った店もいいけれど、こういう、いい意味で“普通”のおそば屋さんも捨てがたいとは思いませんか? だから僕も、ときどきふらっと暖簾をくぐっているんです。
同じことを感じている人はやはり多いようで、平日の午前11時過ぎに伺ったこの日も、お昼が近づくにつれてお客さんがどんどん入ってきました。どうやら近隣で働いている方々のようですね。
ランチタイムになったらさらにお客さんは増えるでしょうし、出前もやっているようなので、さらに忙しくなるのではないかと思います。
さて、なにをいただこうかなとメニューに目をやると、ちょっと気になるものを発見しました。なにかって、「おかめとじ」ですよ。「おかめそば」とか「玉子とじ」はよく聞きますけど、つまり、おかめそばを玉子でとじているんでしょうかね?
おかめそばは20年くらい前にハマったことがあるんだけど(なんでハマるんだよ?)、おかめとじは未体験だなあ。でも卵でとじちゃったら、おかめの顔が見えなくてるのでは?
と、いろいろなことが気になってしまったので、迷わずこれを頼んでみることにしたのでした。
左右にテーブル席が並ぶ店内はスペースがゆったりとられているので、周囲を気にせず落ち着けます。奥にはお座敷席もあって、その正面、すなわち左奥が厨房になっています。厨房内では旦那さんが調理をしていて、奥様らしき方がホール担当。
で、壁のテレビから流れるニュース番組の音を聞きながら待っていたら、ほどなくおかめとじが運ばれてきました。
あー、なるほどねー、やっぱりねー、そうだよねー。
予想どおり、全体はたまごでとじられているため、“おかめパート”は見えませんね。海苔とほうれん草が色彩的なアクセントになっているけれど、おかめさんが玉子のお面をかぶっているような感じです(ってそれ、表現が雑すぎるぞ)。
でも、いろんな具がひと目で確認できるおかめそばもいいけれど、これはこれで楽しいですね。「どんな具が隠れているのかな?」と探す楽しみがあるだけに。
確認した限りだと、その具は筍、かまぼこ、お麩、ナルト、椎茸、かぼちゃの天ぷら、煮つけた鴨といったラインナップ。当然ながらおかめそばの定番メンバーが集合しているわけですが、玉子の下からそれらが登場すると、「おッ」とうれしい気分になれたりもします。
各具材はきちんと仕込まれていて、それぞれがおいしい。とくに椎茸の風味とかぼちゃの天ぷらのホクホクした口当たりがよかったなー。
そばはコシがなく柔らかなタイプ。でも、街場のおそば屋さんはこれでいいんです。
甘めでオーソドックスなつゆにも、全体をビシッとまとめている名監督のような印象がありますね。
気をてらわず、時流に流されることもなく、あくまで基本的な仕事を守り通しているーーそんな印象。難しいことを考えず、「ちょっとおそばでも食べていこうか」という気軽さで利用できるこういうお店って、やっぱり好きだなあ。
●朝日屋
住所:東京都杉並区上荻2-16-6
営業時間:11:00~15:00、17:00~20:00
定休日:木曜日