組織開発を業務とし、個人と集団両方にコーチングを行うクラリティマインド。同社は独自のノウハウで日本のみならず中国でも実績を伸ばしてきた。そのようなメソッドを得られたのは、代表取締役社長を務める鮎川詢裕子氏の新人時代の経験に秘密があるという。本稿では、上司と部下に同時にコーチングし組織改革を行っている鮎川氏に、若いビジネスパーソンの働き方のヒントを聞いていく。

  • 左から、徳本昌大氏、鮎川詢裕子氏、日比谷尚武氏

聞き手は、マイナビニュース別稿で"人脈"についての対談を行った、ビジネスプロデューサー・書評ブロガーの徳本昌大氏、IT企業 Sansanで"コネクタ"の肩書きを持つ日比谷尚武氏の2名。仕事、働き方、人脈のこれからを考える3氏の対談から、人脈構築術について考えてみたい。

  • 株式会社クラリティマインド 代表取締役社長 鮎川詢裕子 氏

人と仕事に好奇心を持って聞こう

クラリティマインドは「組織開発コンサルティング」という業務を行っている会社である。個人、集団それぞれに対してコーチングを行い、組織の中にいるさまざまな立場の人の意識を合わせ、現場が本来の力を発揮できる状態を作り上げるという。鮎川氏は「私の仕事は教えることではなく、安心できるような場をつくることです。私はコーチングする際にあまり論理で話しません」と自身のスタンスを前置きする。

クラリティマインドにコンサルティングを依頼する会社は、組織運営に疑問を持っている会社だ。そのような職場に対する最初の取り組みは「『何でも気兼ねなく話していいんだ』という雰囲気づくり」だという。これは、Googleがチームを作るときにも重視しているものである。意見を述べると人間関係を損なう可能性があるような環境では、部下は発言を躊躇してしまう。若い人たちは「心理的安全性」を求めているのだ。

この「何でも気兼ねなく話せる」雰囲気を作るために鮎川氏が最初に行うのは、トップの人間に経緯を聞き、組織全体のうまくいっていること・いないことを明らかにすることだそう。トップダウンで「今日から改革を」と叫んでも、部下の心には響かない。トップが自身の判断のうまくいかなかったものも認め、部下と本音を共有することが組織開発のスタートだという。

一方で、若いビジネスパーソンの意識もまた変えていかなければならない。例えば、上司の注意をただ叱責と捉えるのではなく、なぜそんな注意をしたのか、相手のメッセージの真意に迫っていくこと。人と仕事に好奇心をもって取り組むことが信頼につながるという。鮎川氏は自身の新人時代を振り返り、次のような経験を語った。

「新人の時、経理にいた私は『見込みを出してほしい』と組織長に掛け合ったことがあったんです。しかし返ってきた答えは『なんで?』でした。私はそれに対して『会社の決まりだから』と返したのですが、求められている答えは違いました。そこで『申し訳ありません』と謝罪し、自分なりに仕事の意味を考え、改めて真摯に問いに答えていくことで、『見込みを出すのは納得いかないが、お前が言うなら出そう』と言ってくれるようになったんですよ。こういう経験を沢山しました」

共感しすぎず、自分に誠実に生きる

鮎川氏は、若いビジネスパーソンへの具体的なアドバイスとして「媚びない、相手に合わせすぎない」ことを挙げている。オープンマインドで相手の考え方を「そうなんですね」と理解することは大事だが、むやみに共感する必要はないという。無理に「そうですね」「僕も好きです」と共感していくと、いつかその矛盾の帳尻を合わせなくてはならなくなってしまう。

「リーダーシップもこれと同じで、『自分に誠実に生きる』ということに尽きます」と鮎川氏は説明する。上司や会社が作った目標にしたがって仕事をしていくばかりでは、自分は何を大事だと思っているのかという"回路"が詰まっていく。こういった状態で仕事を続けてしまうと、会社や取引先、上司が望むことばかりを考え、自らビジョンを描くことができなくなってしまうという。

「自分が本当はどう思っているか、どうしてそう思うのかという点に常日頃からアクセスしておくことが大事です。どのような状況に置かれても自分のことを大切にしないと、後から苦労することになるでしょう。」

  • 「自分に誠実に生きる」ことの大切さを語る鮎川氏

人が持っている共通項をイメージする

では"回路"を詰まらせないためにはどうしたらいいのか。これは頭で論理を考えてわかるものではないと鮎川氏は説明する。そのために必要となるのが五感を使ったワークだ。

例えば"キレイな海"という言葉で想像するものは個人ごとに異なるため、コミュニケーションミスはなくなりはしない。しかし、電車に乗っていても嬉しそうな人、悲しそうな人はわかる。考え方や受けとめ方の違いだけにアプローチするのではなくて、人が持っている共通項を感性としてイメージすることが大事なのだという。

だからこそ鮎川氏は、企業で集団に対してコーチングを行う時に“感覚合わせ”を重視している。論理だけで人と向き合うと対立の構造になってしまうことが多い。相手の間違いを探し、自分との違いを探し始めると戦いしか残らない。それは負けるということへの恐れであり、自己の正当化ともいえる。こうして本当の目的からずれていってしまうのだという。

最初に相手に好奇心を持つ

「エレベーターに知人同士を乗せる場合と知らない人同士を乗せる場合、どちらのほうがより多くの人を乗せられると思いますか?」

鮎川氏はこのような問いを投げかける。答えは「知らない人同士を乗せる場合」だ。知らない人を押し込むのは気が引けそうだが、実際は全く逆で、相手を人として認識しないため、かえって詰め込みやすくなるのだという。むしろ気心の知れた知人同士の場合はお互いに譲り合う。このような協調関係が生まれるのは、その人の人となりを知っているからだ。

近年は核家族化が進行し、このような協調を自然と学べる環境が減っている。組織が世代間で断絶しがちなのは、この協調関係の温度差にあると鮎川氏は述べる。だからこそ、相手に好奇心を持つことが肝要だ。それはたとえば、「上司の席に座ってみる」でも良い。相手の視点に立って物事を見てみることが、人が持っている共通項を見出すきっかけになる。

  • 鮎川氏はエレベーターを例に出し協調関係を説明する

転ぶことを恐れないで

好奇心を持って共通項を探りつつも、共感しすぎない。これを実現するのは大変難しい。実際に行うにはやはり社会人としての経験も欠かせないだろうし、逆に上司という立場になった場合は初心に立ち返る必要もあるだろう。鮎川氏は、最後に次のようなメッセージを若いビジネスパーソンに送る。

「経験が少ない若い方は、仕事を進めるうえで混乱することも多いでしょう。ですが、転ぶことを恐れないで欲しいと思います。起き上がる度に強くなるのです。混乱は新しいことを初めて学んでいる時、つまりチャレンジしている時にこそ起きるものなのです。そのあとには必ず成長や理解がありますから、萎縮したり自信を失ったりせずに、チャンスだと思って向き合ってください」

  • さらに詳しい内容を知りたい方は、かんき出版『最高のリーダーほど教えない ―部下が自ら成長する「気づき」のマネジメント』なども参考にしてほしい