過去を振り返るとき、5年じゃ近すぎて、20年じゃ遠すぎる。

だから、「10年」という時間の経過は絶妙だ。プロ野球でも10年前なら懐かしい名前と今の主力の若手時代が共存している。2010年の巨人で言えば、ラミレスやクルーンや東野峻がいる一方で、まだ20代の坂本勇人や亀井善行もいるあの感じ。人間関係だって、5年前ならまだちょっと生々しいし、逆に20年は長くて美化された嘘の記憶になっちまう。何事も10年くらいなら、リアルとファンタジーの狭間でちょうどよく笑って振り返れる。

仲里依紗

映画体験も似たようなものだ。2010年の4月、会社帰りにシネスイッチ銀座で1本の映画を見た。仲里依紗主演の『時をかける少女』である。なんでこの映画を選んだのかは記憶にない。筒井康隆の有名すぎる原作小説はどこかで読んだ気もするし、定期的に映像化されていた映画やドラマも熱心に追っていたわけじゃない。仲里依紗が主人公の声優を担当した2006年のアニメ映画版は、レンタルDVDで見たような気がする。

…にもかかわらず、2010年版を劇場で見て、一発で仲里依紗の大ファンになってしまった。「やべぇよこれ最強のアイドル映画じゃねえか」なんて興奮しながらパンフレットを買って熟読。週末に再びひとり映画館に向かい堪能。

さらに直後の大型連休中に公開された『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』は、初日の丸の内TOEIでの仲里依紗が登壇する舞台挨拶会で観賞して、帰りに有楽町駅前の三省堂書店でゼブラクイーンの仲里依紗写真集を買った。今も昔もなんて暇な人生なんだ…じゃなくて、今回のステイホームシネマは10年前のこの1本を紹介しよう。

先日、1983年公開の『時をかける少女』を監督した大林宣彦氏が亡くなったニュースに触れて、Amazonプライムビデオで原田知世主演の1983年版(大林宣彦監督)と仲里依紗主演の2010年版(谷口正晃監督)を続けて視聴した。ちなみに2010年版は1983年版のヒロイン芳山和子の1人娘、芳山あかりが主役という設定である。

  • 原田知世

まず、仲里依紗演じる高校3年生の芳山あかりが、交通事故に遭った薬学者の母・和子(安田成美)の代わりに、深町一夫という謎の男に会うため1974年2月にタイムリープするところから物語は動き出す。

あかりはタイムリープ先を2年間違えてしまい、偶然にも上慶大学の実験室にいた映画好き大学生の溝呂木涼太(中尾明慶)と知り合い、ともに深町一夫を探すことになる。まずこの1974年(昭和49年)という時代設定が絶妙だ。

男たちはハイライトのタバコをひっきりなしに吸い、ラジオから『神田川』が流れ、屋台のおでん屋に座れば吉田拓郎の歌が聴こえてくる。まだ畳の風呂なしアパートが当たり前で、何日かに1度の贅沢、銭湯の入浴料「大人75円、中人30円、小人15円、婦人洗髪料30円」の張り紙とか昭和の背景再現が懐かしい。本編とは全然関係ないが、長嶋茂雄が現役引退したのも74年の出来事だ。

  • 中尾明慶

まだ若い自分の母親や父親に会うという、タイムトラベル作品のお約束もしっかり抑えつつ、不意にノスタルジーだけでなく「オイルショックのあおりを食らって実家の工場が傾いた」なんてシリアスさもぶっこんでくるから油断できない。いい感じに古びた定食屋で、あかりが涼太に自分が未来人であることを証明するために、「これが2010年の技術よ」なんつってかざす携帯電話が思いっきりガラケーなのも、今見ると二重の時間軸で楽しめるだろう。

そして、なにより公開当時20歳の仲里依紗が完璧だ。冒頭の鮮やかな疾走シーンから、銭湯で見かけたカップルに「リアル神田川~」と微笑む姿、雨の中駅前で傘をさして待つ涼太のもとに駆け寄り見せる照れた表情、もちろん重要なシーンで流す涙。なんなんだこれは…と圧倒されるレベルで仲里依紗演じる芳山あかりはひたすら暴力的にかわいい。

この映画では、日本アカデミー賞新人俳優賞に輝いた女優であると同時に、「長い人生の内のほんの数年だけ切ないくらい煌めく瞬間を切り取る」アイドル的な魅力であふれている。古びたコタツに入り、向こう側に素足を出し涼太と語り合う場面は、こんな最高の時は絶対に長続きしないとすべての男の心を打つ、2010年代のアイドル映画を代表するワンシーンだと思う。

1985年単発ドラマでの南野陽子、1994年連続ドラマ版の内田有紀(妹役は安室奈美恵)、2002年のオムニバスドラマ企画のモーニング娘。安倍なつみと、その時代のトップアイドル登竜門的な『時をかける少女』ヒロイン役も、昭和の原田知世と並び称されるのは、平成の仲里依紗だけではないだろうか。

あれから10年。映画は儚く切ないラストシーンを迎えるが、2020年に仲里依紗のインスタをのぞけば、リアル世界で結婚した中尾明慶と笑い合う写真を見ることができる。『時をかける少女』が、実際に10年間という時をかけて母親になった姿を確認して、まあ長く生きていたら色々あるけど、世の中も捨てたもんじゃねえなと思うわけである。

  • 左から仲里依紗、中尾明慶

■【ソロシネマイレージ 98点】
ブルーレイ特典のメイキング映像では、制服姿の仲里依紗が「あたしの第一印象はどうでしたか?」と未来の旦那・中尾明慶に聞くシーンも収録されていて(その表情がまた三冠王クラスにかわいいよ!)、いろいろと微笑ましい名作である。
(ソロシネマイレージとはひとり家映画オススメ度の判定ポイント。なお点数の高さは映画の面白さとはあまり関係ない)

■2010年版『時をかける少女』
劇場公開日:2010年3月13日。『時をかける少女』は、ヒロインが入院中の母に代わって1974年にタイムスリップし、母の初恋の人探しを始めるというSFストーリー。原作は1965年に発表された筒井康隆の同名小説。2010年公開の映画版には、仲里依紗、中尾明慶、安田成美、勝村政信らが出演している。
Amazonプライム・ビデオ(レンタル 459円)ほかで視聴可能(2020年4月23日時点)。