週刊少年ジャンプの『鬼滅の刃』が完結した。

人気絶頂で連載終了する漫画もあれば、巻頭カラーで新しく始まる漫画もある。今回は編集部会議でいったいどんなドラマが……なんつって無性に『バクマン。』(あの『DEATH NOTE』の大場つぐみ原作、小畑健漫画が再タッグを組み、2008年~2012年連載)が読みたくなる。コミックス全20巻を再読して、さらに『モテキ』や『SUNNY 強い気持ち・強い愛』で知られる大根仁監督の映画版(2015年公開)も家シネマで続けて観た。

佐藤健

おそらく、『週刊少年ジャンプ』を一度も読んだことがない、という人はほとんどいないのではないだろうか? 

なにせ1995年新年3・4合併号で653万部を記録。『バクマン。』のパンフレットによると、当時の小中学生男子のふたりにひとりは『少年ジャンプ』を読んでいた計算になり、日本の出版史上、漫画を含めたすべての週刊誌・雑誌の売上げ部数の最高記録としていまだに破られていない。まさに国語、算数、理科、ジャンプ。あの頃の子どもたちにとって、『少年ジャンプ』は人生の教科書だった。

映画版は、日々をなんとく過ごすボンクラ高校生の真城最高(サイコー/佐藤健)を、学年一の秀才で文才に長けた高木秋人(シュージン/神木隆之介)が「オレと組んで漫画家になってくれ」と誘うところから物語が動き出す。シュージンは、サイコーが憧れのクラスメイト・亜豆美保(小松菜奈)をスケッチしたノートを盗み見て、その画力に目をつけたのである。

だが、叔父の漫画家・川口たろう(宮藤官九郎)の死で、プロの世界の過酷さを垣間見たサイコーは躊躇する。それでもシュージンは一方的に口説く。漫画家なんてなるもんじゃねえんだよ。なれるのは本当に才能を持って生まれたごく一部の天才だけ。そんなものに人生を賭けるなんてバクチだ。でもさ…、と。

神木隆之介

「いいじゃんバクチでも! オレもお前も今まで部活も勉強も何もやってこなかった。今から必死こいてやってもハンパな未来しかない。だけどオレたちには才能がある! これを生かさない手はない」

「オレは必ずやれる」という意志と喜び、それを才能という…作家の村上龍はそう書いたが、ここは心の奥底にグッとくる素晴らしいシーンだと思う。だって、高校生にもなると夢を公言してガムシャラに努力するのがちょっと恥ずかしくなってくる。で、現実を笑ってごまかしながら、ほんの少しの焦りとともに日々は過ぎていく。だが、映画版『バクマン。』は「友情、努力、勝利」でそんな日常を突破しようとするのだ。

そして、このシーンの直後に、もし自分たちの漫画がアニメ化され、声優を目指す亜豆がヒロイン役をやる夢が叶ったら結婚してくださいなんてサイコーは唐突にプロポーズする。いやーさすがに小松菜奈の絶対に教室にはいないだろう的な異常な可愛さを持ってしても強引すぎる。ここまで約10分、特に原作ファンはあまりの急展開ぶりに戸惑うだろう。

なぜなら、亜豆との関係は駆け足で処理し、原作で重要な役割を担った亜豆の親友・見吉香耶は映画版に登場すらしない(美人漫画家の蒼樹紅やシュージンに惚れる同級生の岩瀬愛子もいない)。つまり、この映画のメインテーマであり柱は恋愛ではなく、あくまで「漫画」だと序盤から宣言しているわけだ。

小松菜奈

賛否分かれるだろうが、個人的にこれは英断だと思う。正直、少年漫画の恋愛シーンは大人(俺らみたいに汚れちまった中年男)には感情移入が難しい。個人的に『バクマン。』においても、リアルな漫画の世界と対照的な、ファンタジーあふれる男女関係の恋愛パートには乗れなかった。だから、いわば汗臭い「バトル漫画映画」路線は大歓迎だ。

ふたりと同じ17歳の天才漫画家・新妻エイジ(染谷将太)との大きなペンを剣のように使って戦うライバル対決。佐々木編集長(リリー・フランキー)や担当編集マン・服部哲(山田孝之)との出会い。口は悪いが情に厚いヤンキー漫画家・福田真太(桐谷健太)や35歳の万年アシスタントからの脱却を狙う中井巧朗(皆川猿時)との邂逅。とにかく、男臭い。ひたすら、暑苦しい。なにせ映画唯一の露出がパンツ一丁でペン入れする中井の半裸である。

そりゃあ、なんで週刊連載でアシスタントがいないんだ…とか、上映時間の関係で原作の名シーンの数々にもほぼ触れずという小さな突っ込みどころはある。けど観終わった後、無性に主題歌のサカナクション「新宝島」を大音量で流しながら原稿を書きたくなった。作品の熱に背中を押され、何かやりたくなるこの感じ。これって『キャプテン翼』を読んで放課後のサッカーに熱中したり、『スラムダンク』に影響されて昼休みにバスケに燃えたあの頃の気分と同じだ。

映画『バクマン。』は、最近ジャンプを読んでない、「友情、努力、勝利」より「貯金、結婚、老後」を心配しちゃう、すっかりいい大人になった元・少年たちにこそオススメしたい、“中年ジャンプムービー”なのである。

■【ソロシネマイレージ 72点】
原稿や資料が散乱する編集部の風景。道路側に本棚が並ぶ街の古本屋の佇まい。作家陣の着る格好良すぎない絶妙なジャージやパーカー。コミックスの作家コメント欄まで。ジャンプ愛が細部に宿る、その作り込まれた精巧な世界観も必見! ついでに24年前のズンドコ映画『ろくでなしBLUES』からの進化に感涙!
(ソロシネマイレージとはひとり家映画オススメ度の判定ポイント。なお点数の高さは映画の世間的評価とは全然関係ない)

『バクマン。』
大場つぐみと小畑健の同名漫画を実写化した青春ストーリー。「週刊少年ジャンプ」で連載を目指す高校生コンビの真城最高(佐藤)と高木秋人(神木)は、漫画の世界で奮闘する――というストーリーで、劇中音楽&主題歌をサカナクションが務めている。
Amazonプライム・ビデオ、Netflixほかで視聴可能(2020年5月22日時点)。