7~8年前、都内の「クラヴマガ」を見学しに行ったことがある。

イスラエルで考案された戦闘術・護身術で、もちろん全身の筋力、柔軟性を高めるエクササイズとしても人気だ。当時は30代の前半で、なにかジム通い以外の運動がしたいと思い、勤めていた会社近くのクラヴマガの夜間コースを見学した。……はずが、上級者たちのあまりの動きの鋭さと激しさに驚いて入会せずに逃げ帰ってきたわけだ。

手でも怪我したら原稿を書けなくなっちまう。ゴメン、今の俺には無理そうだ。プロ野球を見ながら「あの投手も衰えたよな」とか言ってる自分の方が衰えている感は否めない。

■本気で強い岡田准一、己の肉体で演じきる

山本美月

清水ミサキ役の山本美月

だから、岡田准一を心から尊敬している。ご存知V6の一員で1980年生まれのアラフォー世代だが、クラヴマガやブラジリアン柔術の格闘技用トレーニングをこなし、フィリピン武術のカリ、ジークンドー、USA修斗等のインストラクターの資格を持つ。

この男はひと言で書くと、本気で強い。映画の宣伝で出演した情報番組では、元ラガーマンのアナウンサーを軽く床に転がし関節を極めていた(もちろん手加減しながら)。

その岡田准一が規格外の身体能力とガチの戦闘力を発揮しているのが、映画『ザ・ファブル』(2019年)だ。『週刊ヤングマガジン』で連載中、公開時のコミックス累計発行部数400万部の人気漫画を江口カン監督が映画化。

伝説の殺し屋“ファブル”が、1年間の休業生活へ。ボスから偽名を与えられ普通の社会生活を送ろうと、新しい土地で清水ミサキ(山本美月)との出会いや、様々なトラブルに巻き込まれながらも、いい感じにくたびれたTシャツ姿で「誰も殺さない日常」を生きるのである。

もうこの設定だけで間違いなく面白そうだが、主役のファブルこと佐藤アキラに岡田准一を抜擢。原作の佐藤の恐ろしい強さをCG等でごまかすのではなく、岡田はトム・クルーズばりに己の肉体で演じきっている。

■岡田への絶賛「とにかく記憶力とプロ意識が高い」

しかも、今作はフランス特殊部隊仕込みのアクション・コーディネーター、アラン・フィグラルツも初めて日本の映画に参加した。そのハリウッド大作も多数経験してきた、一流のファイトコレオグラファーが「ジュン(岡田)は特別。とにかく記憶力とプロ意識が高い。体のしなやかさも抜群だ」と絶賛。なお、岡田自身も重要な戦闘シーンの殺陣をつけ、ファイトコレオグラファーとしてクレジットされている。

岡田の体つきは以前よりも控え目に見えるが、今回は「見た目は舐められやすいが実際は異常に強い」設定の殺し屋役なので、あまりゴツくなりすぎないようボディメイクをして撮影に臨んだという。見せる筋肉なんて自己満足の次元はとっくに卒業している。その昔、少年ジャンプ黄金時代の人気漫画『ろくでなしBLUES』の実写化で、主人公の前田太尊役にキックボクシング日本王者の前田憲作を起用したが、それに匹敵する説得力だ。

ノースタントでスパイダーマンのようにビルの壁をよじ登り、包丁を持った元レスラーの顔面に刹那の速さでヒザ蹴りを食らわせ、いっさいの無駄がない動きで蝶のように舞い、蜂のように刺す。その静かな流れるような身のこなしは、まるで400戦無敗のヒクソン・グレイシーの戦いぶりを彷彿とさせる。

まさに日本映画界最強の男……っていったいなんのコラムだかよく分からないが、それほど岡田准一のアクション俳優としてのポテンシャルは図抜けて高い。新・真田広之、令和のジャッキー・チェンというより、映画界のヒクソン・グレイシーである。

■木村文乃「人って、こういう風に動けるんだ」

木村文乃

佐藤ヨウコ役の木村文乃

そんな『ザ・ファブル』をひとつの映像作品として見ると、敵側のキャラには一貫して違和感を感じてしまう弱点もある。もちろん原作と映画は別物。設定を変えるのも、それで映像化にプラスならば全然問題ない。

しかし、フード(福士蒼汰)や砂川(向井理)がどんなに熱演しようと、映画版ではそれぞれの背景が見えてこない。人物ストーリーが見えてこないのだ。それはつまり観客がそのキャラクターに感情移入できないことを意味する。人気俳優をキャスティングして終わりじゃない。彼らをどう作品上で生かすのか。イケメン界の4番打者を並べましたって往年の長嶋巨人じゃないんだから。その点は脚本上の大きなミスだと思う。

いや、本作においては、そのあたりの真っ当な突っ込みはあまり意味を持たない。考えるのではなく、感じる。とにかく、あなたもアクション俳優・岡田准一を体感すべきだ。最後に公式パンフレットに掲載された、ファブルの期間限定妹・佐藤ヨウコ役の木村文乃が、岡田の異様なスピードのアクションを近くで見た感想で終わりにしよう。

「人って、こういう風に動けるんだ」

■【ソロシネマイレージ 71点】
岡田准一は現在39歳。ちなみにトム・クルーズは38歳のときに『ミッション:インポッシブル2』に主演している。『アウトロー』のジャック・リーチャーのような流れ者の腕利き役も岡田ならば似合うだろう。おい見てるか谷沢、お前を超える逸材がここにいるのだ……なんつってNetflixあたりで岡田主演のアクションオリジナルドラマ制作を心から待ちたい。

『ザ・ファブル』
南勝久による人気漫画を映画化。圧倒的な強さと的確な手腕で狙った相手を6秒以内で必ず仕留める「天才的な殺し屋」として裏社会で恐れられる通称“ファブル”(岡田)が「1年間殺し屋を休業し、大阪で一般人・佐藤アキラとして普通の生活を送ること」を命令され、日常世界で暮らさなければならなくなる。
Amazonプライム・ビデオ(レンタル 407円)ほかで視聴可能(2020年7月3日時点)。