社会人になることで行動範囲も広がり、知らない世界を知ることもでき、ドキドキワクワクすることも増えてきます。出張では飛行機や新幹線に乗り、行ったことのない都道府県や海外に出向くこともあるかもしれません。
また、取引先との会食では、初めて食べるおいしいものも。ぜひ社会人としての日々を一生懸命努力して、そして満喫してもらいたいものです。
その一方で、行動範囲が広がるからこそ学生時代よりもケガなどのリスクが高まるという側面もあります。例えば移動中の事故に巻き込まれる場合や、難しい作業中にケガをすることも想定されます。そんな時に知っておきたいのが本日のテーマ労災保険です。
業務中と通勤中のケガや病気をカバー
「労災」とよくいわれていますが、正式には労働者災害補償保険。働く人たちが災害などに遭った際に補償してくれる保険です。保険料は全額、雇用主(会社)が払うことになります。
健康保険や年金など社会保険料は労使折半で従業員も一部負担することになりますが、労災保険に関しては一切負担する必要がありません。それはなぜでしょうか?
その答えを導くために、目線を会社側に向けてみましょう。働く側は労務を提供するので、その対価として給与をくださいということで雇用契約を結ぶことになります。一方、会社側からすると労務を提供してくれる従業員の安全面への配慮といった責任が生じることになります。
労災は会社のための保険
仕事中やその通勤中に何らかの災害に遭遇した場合、会社側はその被害に対して補償しなければならないという立場になるわけです。そのため、そういった事態に備え労災保険に加入しています。労災といえば「従業員のための保険」という印象をもっている人が多いようですが、実はこういう見方をすれば「労災は会社のための保険」なのです。
よって、保険料は全額会社側が負担しているのです。会社はそういったリスクに対して労災保険で準備しているため、仕事中負傷した際はすぐに労災と思い出してください。
「健康保険証があるから医療費の3割だけ負担すればいいし、わざわざ会社に報告して話を大きくしなくても」と思う気持ちも十分に分かります。ただし、その負傷により後遺症をもたらすかもしれません。もしかすると、命にかかわる大きな事態につながるかもしれません。原因が業務に関することであればしっかりと労災保険を使って治療する意識を高めておいてください。
ちなみに、健康保険法第1条にはこういう記載があります。
「この法律は、労働者の業務外の事由による疾病、負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病、負傷、死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする」
法律でも健康保険証は業務外の疾病等であれば使えると明記しています。労働者災害補償保険法の第1条にはその逆の記載があります。このことをしっかりと覚えておいてください。
補償の範囲はケガから死亡した際の遺族補償まで
「日本の労災は世界一」と断言する社会保険労務士がいるほど、労災保険は充実した内容になっています。通院の際の治療費はもちろん、仕事ができなくなった場合は「休業給付」があります。そして1年6カ月を経過しても病気やケガが治らない場合は「傷病年金」という制度があり、その後も補償を受けることができます。
会社員が業務以外の疾病等で働けなくなった際も健康保険制度に「傷病手当金」があり最長1年6カ月手当を受け取ることができますが、それ以降は大きな補償がありません。その点、労災はかなり手厚いといえるでしょう。
加えて、障害者や介護が必要になった場合も一時金や年金の補償があり、そして死亡した場合も遺族給付や遺族一時金という制度があります。遺族給付の対象は「その人の収入によって生計を維持されていた配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹」が対象となります。
私達が加入している年金制度の遺族基礎年金は「子のある配偶者」か「子」しか年金受給の対象になりません。また、会社員などが加入している厚生年金も、遺族厚生年金の受給者に兄弟姉妹までは対象になっていません。
兄弟姉妹の生計を維持しているという人はそれほど多くありませんが、そういったケースまで労災保険はカバーしようとしているわけです。しかも、労災保険の遺族給付には先順位の人が失権した場合、次の順位の人に権利が移る「転給」という制度があります。
例えば、妻が受給していたが再婚をした、あるいは死亡したという場合に遺族給付を受け取れる人が妻から子や親など条件を満たす人に次々に権利が移転していきます。時々「業務による死亡なのかどうか」という点が争点となり裁判の結果などが報じられることがあります。賠償などの問題も絡みますが、社会保険という観点でも、業務中の死亡なのかどうかという点は重要なポイントになります。
どこまでが「通勤」に?
このような労災保険ですが、「通勤中」という概念は2つの注意点があります。まず、そもそも「通勤中」と認めてもらえる場合は? という点。それから「通勤中」と「業務中」の線引きという点です。
まずは1つ目。通勤中と認めてもらえるかどうか? という点では、例えば寄り道した際などがそれに該当します。仕事帰りに知人と待ち合わせし食事に行き、その食事中に災害に遭った場合は通勤中でしょうか?
残念ながらこの場合は通勤中とはみなされません。「移動の経路を逸脱したり中断したりした場合、逸脱、中断の間、そしてその後の移動は通勤とは認められない」となっています。では会社や自宅近くのスーパーやコンビニに寄った場合も同じ扱いになるかというと、そうではありません。その程度であれば通勤の範囲内とみなされます。
それともう1点。通勤中と業務中の線引きが難しい場合は、例えば出張先のホテルから取引先に移動している場合などが該当します。「通勤中」に該当すると、「業務中」よりも補償がやや手薄になる場合があるため、こういった点も覚えておきたいところです。なお、出張の事例は「業務中の移動」とみなされます。
✓「通勤中」は「業務中」よりも補償が手薄になる場合も
✓出張や営業先での移動は「業務中」
✓寄り道をすると逸脱、中断と見なされ「通勤外」に。ただし、コンビニ程度はOK
対象者はパートやアルバイトも含み全従業員
健康保険の場合、年収が130万円以上、雇用保険の場合は週20時間以上勤務といった加入状況があります。よってそれを満たさなければ保険に加入することができませんが、労災保険はパートやアルバイト、日雇いなどを含めて全従業員が対象となります。
もうここまで読んでいただければお分かりのように、仕事中にケガをした際、「君はアルバイトだから会社側に責任はない」とはなりませんよね。
「働き方改革」が進む中、皆さんの働く環境も一段と改善される可能性がありますが、環境が変わることに期待するだけではなく、皆さん自身が今回の労災、そして雇用保険といった労働保険全般の知識を身につけた上で働くことがより一層求められそうです。
著者プロフィール: 内山 貴博(うちやま・たかひろ)
内山FP総合事務所
代表取締役
ファイナンシャルプランナー(CFP)FP上級資格・国際資格。
一級ファイナンシャル・プランニング技能士 FP国家資格。
九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻 経営修士課程(MBA)修了。