経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、"珠玉"の一冊』では、私が読んで"これは"と思った、経済・投資・お金に関連する書籍を、著者の方へのインタビューを交えながら、紹介しています。第7回の今回は、灰谷健司さんの『もめる相続もめない相続』(角川マガジンズ)を紹介します。

灰谷健司さんプロフィール

1984年三菱信託銀行(当時)入社。1994年税理士試験合格。不動産鑑定士、中小企業診断士、1級ファィナンシャル・プランニング技能士、日本証券アナリスト協会検定会員。相続・遺言、不動産、ローンなどを含む総合的な資産運用・活用・承継についてのコンサルティングを行う。三菱UFJ信託銀行 トラストファイナンシャルプランナー。

『もめる相続もめない相続』(角川マガジンズ、灰谷健司著、定価1,400円+税)

2011年もとうとう最終月の師走に入りました。今年は、未曽有の大災害とも言われる巨大地震と津波が日本列島を襲い、海外では、欧州債務危機や米国財政問題が世界経済を揺るがすという、まさに激動の1年となりました。残念ながら、これらの問題は未だ解決していません。日本においては、国家財政が悪化の一途をたどる中、震災復興に向けた増税も必要となり、来年以降、"大増税時代"を迎えると予測されています。国の財政問題などに絡んだ増税・税制改正は、主に所得税、住民税、法人税、消費税、そして相続税で実施されるのではないかといわれています。なかでも相続税については、本来今年度中に大きな改正が予定されていたところ、震災の影響などにより見送られたという流れがありますので、増税の方向にあるのは確かです。

とは言え、相続税絡みのお話は、「2時間ドラマなどに登場するお金持ちの人達に関係することで、私たちには関係のないこと」、などと考えがちです。私もそうでした。ですが、今回取り上げる書籍『もめる相続もめない相続』を読み進めると、実は相続税改正により、私の実家のような一般的な家庭でも、相続税の対象になり得る可能性があることがわかってきました。

現在、相続税がかかる人は亡くなった人の4.1%です。(中略)これを相続税の改正では、バブル前の水準に戻そうということです。(中略)当時、東京周辺では、3割ほどの人に相続税がかかっていたと思います。亡くなった人の3割ですから、世帯で見ればもっと多くなりますね(巻頭対談「相続税も増税!?私たちがなすべきことは?」より)

果たして相続税の改正により、どれくらいの資産を持つ人が相続税の対象になるのか? いったい私たちにどのような影響が出てくるのか? まずは上記の巻頭対談に加え、巻末資料「相続税の改正法案の内容」「相続税改正法案に伴う税額比較表」「相続税改正の方向性」で整理しておくことが大切です。

その上で、「うちにはたいして財産がないから関係ない」と思っている人にお読みいただきたいのが、「Part1 事例でわかる こんな家族は相続でもめる」です。

財産が少ないと関係ないのは、相続ではなく相続税だ。(中略)実際には、相続税がかかるほどの財産はなくても、財産分けでもめるケースが多い。相続争いの件数を見ると、相続財産が5,000万円以下のほうが5,000万円超よりも約3倍も多いのだ。しかも、この数は年々増え続けている。(中略)とくに、「おもな財産が自宅だけ」といった場合、たった1軒の家を分けることなど不可能だ。

「財産が少ないほうがもめやすい」というのは驚きですが、実際にデータがそれを証明しています。本書では、このようなもめる相続を、もめない相続へと導くため、その解決の糸口を丁寧に解説してくれています。また、単なる解説本ではなく、まずはミニドラマ仕立てで、ある一家の相続にまつわるエピソードが綴られているところが斬新です。これがなんとも読みやすく、わかりやすいのです。例えば上記の「主な財産が自宅だけ」のケース。

春田隆二さん(仮名・48歳)の場合
「実は、どうしてもお金が必要なんだ。この家を売るか、俺の持ち分を買い取ってもらうわけにはいかないだろうか…」私は、そのときの兄の顔が忘れられない。
父が亡くなった後、私たちは家族で実家に戻り、ずっと母と一緒に暮らしていた。もちろん、一人になった母が心配だったこともあるが、地元企業に就職した私にとってはそのほうが通勤も楽だったし、パート勤めの妻が子どもの面倒を見てもらうにも都合がよかったこともある。(中略)出来の悪い私と違って、子どものころから優秀だった兄は、東京の有名大学を卒業し、一流企業に就職し、いいところのお嬢さんと結婚した。その後、外資系企業に転職したと聞いている。(ミニドラマより抜粋)

さてさて、この続きは?…この一家にどんなストーリーが待ち受けているのか気になりませんか?

本書では、このようなどこの家族にも起こりそうな身近な事例を、まずはミニドラマとして綴り、その後解説に入るという構成になっています。

そして、本書の肝とも言えるのが「Part4 相続が起きてからでは間に合わない! 「話し合い」と「遺言」が家族を守る」です。

この章では、常日頃から家族がコミュニケーションを取り合い、できれば遺言という形で、感謝の気持ちやメッセージを託し、もめない相続の準備をするための具体策も記されています。

三菱UFJ信託銀行 トラストファイナンシャルプランナーの灰谷健司さん

できれば、誰もが相続問題なんかでもめたくない、それが本心でしょう。もめない相続にするにはどうしたらよいのか? 本書の著者であり、信託銀行のトラストファイナンシャルプランナーとして、数々の相続・遺言、不動産に関するコンサルタント業務を手掛けてきた灰谷健司さんに伺いました。

「もはや相続は大金持ちの遺産争いではなく、私たちの身近な問題となってきています。例えば、財産が自宅だけで、兄弟姉妹の仲が良くても、そこにはそれぞれの配偶者の意見が介在したり、介護に関するお金や感情の問題が出てきたり、誰かがマイホーム資金の贈与を受けていたりと、さまざまな問題が浮上してきます。また、意外に知られていませんが、相続の手続きには、想像以上の手間と時間がかかるものです。誰か一人にその負担がかかったりすると、手続きの最中に、家族が気まずくなるケースも出てきます。さらに、借金があっても相続は開始から3カ月すぎると放棄できない、相続が起きると預貯金がおろせなくなるなど、いくつかの落とし穴も存在します」

この落とし穴、特に、「相続が起きると預貯金がおろせなくなる」については、「Part2 相続の手続きは、こんなに大変」に記されていますので、ぜひチェックしてみてください。

相続が起きると、そのことを金融機関が知った時点で亡くなった人の口座から預貯金を引き出せなくなる。これは、亡くなった人の財産は相続人全員のものとなるため、誰か一人が勝手に使ってしまうことを防ぐためだ。(中略)預貯金が引き出せないと、葬儀費用や当面の生活費にも困ってしまう(Part2より抜粋)

この点についても対処法を灰谷さんに伺いました。

「預貯金を引き出すには、相続人全員の同意と、それを証明する書類が必要となります。急な費用が必要なときでも、これらの手続きをしなければならず、時間がかかります。ですので、万が一に備えて、葬儀費用や家族の当面の生活費用を別途準備しておくことをおすすめします。三菱UFJ信託銀行には、相続時にすぐ必要な資金を受け取ることができる「受取安心信託」があります。知らない方も多いようですが、信託銀行では、一般の個人の方向けの相続・遺言に関するコンサルティングも行っています。信託銀行と聞くと、会社中心、お金持ちの個人中心といったイメージがあるようですが、実際はそんなことはありません。最近では、さまざまな方々のご相談に乗るケースが増えてきています。また、信託銀行での相談は無料です。相続は誰にでも起こることであるにも関わらす、タブー視され、問題を先送りされがちですが、実際に多くの問題が潜み、落とし穴もあり、その上、手続きが複雑です。最近では、弁護士や税理士だけでなく、世の中のニーズにあわせて、相続専門のファイナンシャルプランナーが活躍し始めていますし、やはり一度は専門家に相談してみるのが良いと思います」

実は、本書と出会ったことにより、私自身も初めて、親と相続について話す機会を得ました。増税時代到来を前に、本書と共に、一度じっくりと相続について考えてみてはいかがでしょうか。

『もめる相続もめない相続』

はじめに
巻頭対談 相続税も増税!? 私たちがなすべきことは?
Part1 事例でわかる こんな家族は相続でもめる
Part2 想像以上の手間と時間がかかる! 相続の手続きは、こんなに大変
Part3 相続税が減り子どもも喜ぶ 生前贈与が相続対策の切り札!?
Part4 相続が起きてからでは間に合わない! 「話し合い」と「遺言」が家族を守る
巻末資料
エンディング・シート

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。 中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組にて、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。