女性シェフのパイオニアが二宮町に

先日、東京在住の仕事仲間から連絡があった。週末に箱根へ行くので、その前にランチでもしませんか、と。先方は箱根のどこかで、と思っていたようだが、僕が「どうせならうちの近くで食べましょう。フレンチ系で何軒かおすすめがありますし、あとはイタリアンやそばもおいしいですよ」と言うと、びっくりしていた。

「観光地でもないエリアに、そんなにいくつもおいしい選択肢があるなんて信じられない」という心の声が聞こえたような気がした。この仕事仲間と同じように、はじめは半信半疑で東京からやってきた友人たちも、二宮町やその隣の大磯町にあるとっておきのレストランで食事をすると、みな大満足して帰って行く。そして1カ月後に、我が家というよりはその店が目当てで、またやってきたりする。今回は、そんなレストランをいくつかご紹介しよう。

フレンチ「マリークロード」。シンプルで瀟洒な雰囲気が日常を忘れさせてくれる

まずは、二宮町の人気フレンチ「マリークロード」。フランスのリヨンで3年修行を積み、帰国後は女性オーナーシェフとして六本木「マリークロード」で17年間に渡って腕を奮った長尾和子さんが、1997年に実家を改築してオープンしたお店だ。

その"女性シェフのパイオニア"と言われるドラマチックな半生は『こんな生き方がしたい シェフ長尾和子(理論社刊)』という書籍になり、NHK『きょうの料理』の講師としても活躍している。

コース料理の前菜やメインには地元の野菜や海の幸が使われ、最後の自家製デザートの盛り合わせに至るまで、繊細かつスキのないメニューがつづく。シェフが得意とする野菜のスープをはじめ、食材の滋味を浮かび上がらせるようなギリギリ塩味の料理に、いつも感心して唸ってばかり。個人的には、相模湾の生シラスをパンにのせたブルスケッタ風の前菜やカブのスープが、心に深く残っている。ちなみに、天気の良い日は、水平線がチラリと見えるテラス席が気持ちいい。

かぶのポタージュの濃厚ながらやさしい甘味にうっとり

ある日のランチ主菜、金目鯛の白ワイン蒸しサフランソース

カウンターでも気軽に楽しめるビストロ

長尾さんよりも若い世代で、やはりフランスで修行をしてきた河津展正シェフが、2005年に開店したのが大磯のフレンチ「ビストロ・ノーブル」。気取らないビストロスタイルのお店で、カウンターに座ってワインとつまみを軽くいただく、といった楽しみ方もできる。

1コイン(500円)のつまみだけでも、レバーペーストやヒコイワシの唐揚げ、砂肝のコンフィなどラインナップが充実しており、メイン料理も1,000円台とリーズナブル。おいしいものはジャンルに関係なく作るのが河津シェフの流儀。ベトナムの米粉麺フォーと豚骨スープで担々麺を作ったり、新鮮なレバーが手に入った日はレバカツのランチにして、丁寧に出汁をひいた味噌汁まで付けてしまったりと、その発想は自由自在だ。

皮目をパリパリに焼いたイワシを添えたタブレ(クスクスのサラダ)

自家製パンチェッタ。大磯産ルッコラを豪快に盛りつけて

生ハムやパンチェッタ、ソーセージなどもすべて手作りで、テラスの赤い壁にそうした肉類がずらりと干されている情景は、とても日本のレストランとは思えない。おいしく仕上げる魔法の調味料は、このテラスを吹き抜ける潮風か。

真鯛のポワレ、下にあるジャノベーゼのリゾットは絶妙なアルデンテ

野菜は小田原の農園から取り寄せ、ハーブは主に大磯産を使用。そして、天然酵母パンまで自ら焼いてしまう職人肌のシェフは、ついに昨秋から菜園までやりはじめた。ルッコラ、パクチー、菜の花、レタス、ターサイ、サラダ菜、芽キャベツ……まだ少しずつではあるけど、自分の作った野菜が自分の料理の一部になっている感覚が、たまらなくうれしいそうだ。

東京生まれのシェフに「大磯は最高の環境ですね」なんて言われると、こちらまでうれしくなってしまう。

新たなイタリアンが立て続けに2軒登場

ところで今春、二宮町に2軒のイタリアンがオープンする。ひとつは、すでに3月から営業をはじめている「トラットリア ペッシ・ヴェンドーロ」で、もう1軒もゴールデンウイーク前後に開店する予定だという。

二宮にイタリアンが2軒もできることになったキッカケは、2006年からはじまった二宮町商工会による「起業家支援事業ビジネスプランコンテスト」。地域産業を活性化するためのコンテストで、第2回目となる2007年度は11名の応募があり、そこから2名が認定されて、開業資金の一部となる賞金を授与された。ちなみに両名ともにイタリアンの料理人だったのは、偶然だったそうだ。

「トラットリア ペッシ・ヴェンドーロ」には、オープン当初からすでに何度か足を運んでいる。オーナーシェフの梅田康人さんは、相模湾の魚介類や地場産の野菜に詳しく、定置網にかかった珍しい魚や、有機栽培の野菜なども仕入れている。アンチョビとニンニクのソースにつけて生野菜を食べるバーニャカウダをランチの前菜に出すなど、地場野菜のおいしさをアピール。

魚介類と野菜の入ったガラスケースのあるカウンター。その日のメニューは黒板に

「ひとつひとつの野菜を大切に使ってくれるから、作り甲斐がありますよね」と、このお店に野菜を卸している地元の生産者も感心していた。おいしい上に手頃な価格で満腹になれるトラットリアは、週末だけでなく平日もたくさんの地元客で賑わっている。

ランチ名物でもあるバーニャカウダは温かいソースをつけて

新鮮でなければ成り立たない、相模湾の生シラスと菜の花のパスタ

「地産地消」なんてキャッチフレーズをわざわざ掲げるまでもなく、こうして地元の食材を愛するシェフのお店がどんどん増えていくのは、とても素晴らしいことだと思う。ゴールデンウィークごろにオープンするという、もう1軒のイタリアンも楽しみだ。