ふと気付けばオレンジ色のメダカが主流に

東京で暮らしていた子どものころ、家のそばに荒川の河川敷があった。そこには小さな池が点在していて、父や祖父に釣れられて、よく釣りに行った。大きな獲物はコイやフナ、たまにライギョ。釣りの合間に、竹製の柱を十文字に交差させて網を張った"四つ手網"と呼ばれる箱型の漁具を沈めておくと、クチボソやドジョウ、ザリガニなどがとれた。

今思えば、四つ手網にはたくさんの黒メダカが入っていた。しかし、わざわざ家へ持ち帰ることはなかった。ドジョウのように食べられるわけでなく、かといってザリガニのようにバケツに入れて飼うような生物でもなかったからだ。池や小川があれば、そこで泳いでいるのが当たり前。黒メダカという小さな魚は、ぼくにとってずっとそんな存在だった。

しかし、いつしか、この黒メダカと呼ばれる在来種は、農薬散布や生活排水による水質汚染などによって激減してしまった。今ではメダカといえばオレンジ色のヒメダカという種ばかり。これを水槽に入れて飼うファンもいるようだが、ペットショップへ行くと、肉食系大型鑑賞魚向けのエサとして売られていることが多い。

そういえば、かつてあのスペースシャトル「コロンビア号」で向井千秋飛行士が孵化実験に成功し、"宇宙メダカ"と騒がれたのも、このヒメダカだった。

「めだかの学校」の舞台は小田原だった

「めだかの学校は川の中 そうっとのぞいてみてごらん」という歌詞を知らない人はいないだろう。昭和26年(1951年)に発表された童謡「めだかの学校」は、茶木滋(ちゃきしげる)作詞、中田喜直作曲。童話作家の茶木は、戦時中に家族と疎開していた小田原の田園風景をイメージして、この童謡を作詞したと言われている。

現在神奈川県内では、藤沢メダカという種も飼育されているが、野生の黒メダカが生息しているのは、もはや小田原のみ。ちなみに黒メダカは、環境省が2003年に発表したレッドデータブックで、絶滅危惧種に指定されている。絶滅危惧種とは「絶滅の危険が増大している種」というかなりシリアスなカテゴリだ。

酒匂川流域で見られる黒メダカは、通称"小田原メダカ"と呼ばれている。面白いことに、メダカは生息場所によって尻びれの軟条(スジ)数が異なるそうだ。例えば、平均17.76本あるのが小田原メダカで、平均18.33本あるのが藤沢メダカ。つまり、小田原と藤沢のメダカは遺伝子が異なる、ということだ。

なぜ、遺伝子が混じることなく、生息地ごとに独自の遺伝子が守られてきたのか。それは長い間、メダカに商品価値がなかったからだ。新潟県の見附市や旧村松町(現在の五泉市)では、メダカを甘辛い佃煮にして食べるそうだが、ほかの地域には、そういった習慣もあまりない。

メダカが観賞魚として売買されている現代とは違って、昔はどこにでもいるメダカを、わざわざ家で飼う人なんていなかった。「九州の池で捕らえられてから飼い主が引っ越した四国の川に捨てられたオスと、代々その川で暮らしてきたメスが結ばれて、両方の遺伝子を持つ進化型ベイビーが生まれた」なんてドラマチックな展開は、メダカの世界にはほとんどなかったわけだ。

かわいらしいメダカのぼりが目印

県道717号の生協近くからはじまるせせらぎのこみち

さて小田原メダカを探してみるべく、まず訪れたのは、小田原市柳新田にある「せせらぎのこみち」。コンクリートを使わずに、木の杭や玉石などの自然な素材で造り上げた全長約463mの用水路で、冷たい地下水が流れている。途中のめだか公園で、小田原メダカ用の池を発見したが、メダカ泥棒が多いため防犯ネットがかぶせられていて、水中の様子がさっぱりわからなかった。残念。

それにしても、住宅街や田園地帯の中を縫うように延びるせせらぎのこみちの何と美しいことか。未舗装のこみちを彩るように用水路の岸辺には季節の花が咲き誇り、次々と姿を表す素朴な木の橋、石の橋が、郡上八幡や三島などの"水の町"を彷彿させる。

(上)アパートの脇、お屋敷の裏、農家の軒先などを用水路は自在に走る(右)せせらぎの岸辺ではキショウブが色鮮やかな花をつけていた

小田原メダカをぼんやりと探しながら歩くひとときは、まさに小さな旅だった。小田原にこんな場所があることを知ることができて、もうメダカ様に足を向けては眠れない。

せせらぎのこみちの途中には、地元報徳小学校生徒のアイディアから生まれためだか公園がある

めだか公園内には報徳小学校の子供たちが作成した小田原メダカの案内板も

つづいて、酒匂川の東側に広がる桑原地区へ。のどかな田園地帯を横切るように小川が流れ、そのそばに小さな池があった。近くにあった別の池が道路工事によって閉じられることになった際、小田原市はメダカを含む何千匹もの淡水魚を、新しく用意したこの池に移したそうだ。素晴らしい。メダカは小田原の「市の魚」なので、大切にするのは当然といえば当然なのかもしれないが。

魚や水中生物、水草などがさまざまな生態系を見せる桑原の池

小川の中をのぞいてみたら、おお、いるぞいるぞ、小田原メダカの群れがいくつも動めいている。幼いころに荒川の河川敷で見ていたメダカの姿とぴったり重なり、何だか懐かしい気分に包まれる。

黒メダカの群れは、真っ黒というよりはグレーがかった色合いだ

桑原地域を流れる小川は、まさに童謡「めだかの学校」のイメージ

桑原の田んぼで見つけたタニシ。大ぶりな台湾系とは違った和風の佇まい

ふと空を見上げると、背の高いポールがそびえていた。周辺の家の庭には、こいのぼりがたなびいているが、このポールに掲揚されるのは、こいのぼりではない。ほかでは決して見られない、メダカのぼりだ。この桑原地区でずっとメダカの保護活動をつづけてきた方が、東京のこいのぼり専門店に小田原メダカの実物を持っていって作ってもらった、と聞いた。

今回は残念ながら、実物を目にすることはできなかったが、桑原地区の近くに住む安藤和夫さんから見せていただいた写真では、大きな目をした3匹のメダカのぼりが青空を背にして泳いでいた。ゆったりと気持ちよさげに、みんなでお遊戯しているように。

メダカが「目高」であることがよくわかるデザインのメダカのぼり