おいしい手前味噌を作ってみたい

「手前味噌」という言葉の意味は「自慢すること」。もともとは「自分の作った味噌の味を誰かに自慢すること」であり、昔はそれほど自分で味噌を作るのが一般的だった、ということを教えてくれる言葉でもある。

そうした時代ほど盛んではないものの、味噌作りの習慣はしっかりと現代にも受け継がれている。ぼくのまわりでも、ここ数年の間に何人かの知り合いが趣味で味噌を作った。かつての蕎麦打ちブームのように、そのうち自家製味噌ブームが到来するのだろうか。

味噌を作った人たちは「自分で作る味噌はやっぱりおいしいし、安全だし、意外に簡単だよ。柔らかく煮た大豆をつぶして、そこに麹を混ぜて寝かせるだけで出来ちゃうんだから」というようなことを口にしていた。それが自慢気に聞こえてしまうのは、やはり「手前味噌」だからだろうか。しかし、彼らからもらった味噌は、たしかにおいしかった。

自分もおいしい味噌を作ってみたい。それを味噌汁に使ってみたい。「これがホントの手前味噌なんですが……」なんて台詞を言いながら、誰かにプレゼントしてみたい。インターネットで味噌作りについて調べてみると、誰でもできる簡単味噌作りキットなんてものも売られていたが、それではおいしい味噌なんてできそうにない。さて、どうしよう。

2007年の秋、そんなことを考えていたぼくは、年明けに「味噌作りの会」というイベントが開かれることを知った。もちろん、迷うことなく申し込んだのは言うまでもない。

まずは大量の米を研ぐことから準備開始

そして年が明けた2008年1月20日、待ちに待った「味噌作りの会」の初日がやってきた。味噌作りは20日に麹を作り、翌週27日にその麹を使って味噌を仕込む、という流れだ。ぼくは家族と会場である大井町のブルーベリーガーデン旭を訪れた。「味噌作りの会」は、神奈川西部の足柄地域で活動するNPO法人「あしがら農の会」の恒例イベントのひとつ。「あしがら農の会」は"地場・旬・自給"をテーマに掲げ、これからの時代における"新しい農的な暮らし方"を追求している組織だ。ちなみに、ぼくが2007年に楽しませてもらった田植え夏祭りそば粒オーナーなども、どこかで「あしがら農の会」と繋がっている企画だった。

今回の会場となった「ブルーベリーガーデン旭」はオフシーズンで休業中

5年間に渡って「味噌作りの会」をとりまとめてきた中原茂樹さんによれば、前回までの参加人数は延べ120名になるそうだ。今回の「味噌作りの会」は、募集枠いっぱいの50名が参加。中原さんは事前に10人ずつ5組に振り分けていた。最初の組は8時スタート、以後2時間毎に入れ替え制で作業が行われる。ぼくらの組は10時スタートだった。

この日、会場に持参したものは、前夜よく研いで12時間ほど水に浸してから十分に水切りをした米2升(約3kg)、サラシ、温度計、新聞紙、湯たんぽ、毛布。到着すると早速、用意されたセイロに2升分の米を入れてサラシをかぶせ、そのセイロをカマドの上に置いた。薪をくべてカマドの炎の具合を見ながら、時にはセイロを持ち上げて湯が不足していないかチェックしながら、およそ1時間かけてじっくりと米を蒸す。

しっかり水切りしてきた2升分の米をセイロに入れてサラシをかぶせる

素朴な手作りカマドが5基用意され、1日で50人分のセイロがフル回転した

その後、セイロごと建物の中へ運び、床の上に毛布、新聞紙、サラシと重ねたところに、蒸し上がった米を広げる。石けんではなくナチュラルな米ヌカで手を洗って、作業に取りかかるところも「味噌作りの会」ならではのこだわりだ。

麹が成長したときの白くて細い菌糸から、通称"もやし"とも呼ばれる種麹

種麹と蒸し米は、てのひらで押しつぶすように混ぜるべし

蒸し米の温度が40度まで下がったところで、ボウルに蒸し米の一部を取り、粉末状の種麹(約5g)をふりかけて混ぜる。これを蒸し米全体にまぶし、ギュッギュッとてのひらで強くもみこめば麹となる。会場での作業はこれにて終了。麹を新聞紙と毛布でくるんで、湯たんぽで保温しながら家へ持ち帰る。これでひと安心? いやいや、麹作りの本番はこの後だ。

同じ材料でも作り手によって味噌の味が変わるのが面白いところ

甘い香りを放つ自家製麹にうっとり

帰宅後は毛布ごとホットカーペットの上に置いて、麹の温度が33~40度をキープするように、カーペットの温度やかぶせる毛布の量を調節する。そして20時間後、サラシを開いて麹を広げ、固まった米をほぐしながら38度前後になっている麹を30度くらいまで下げる。この作業は"一番手入れ"と呼ばれているそうだ。

"一番手入れ"のころから、麹の甘い香りが居間に漂いはじめていた。6歳の娘が「なんだか花のような香りだよね、今日の夜はこの隣りで寝たいなあ」と、うっとりした顔でつぶやく。"一番手入れ"の後、新聞紙や毛布で元通りにくるみ、再びホットカーペットで保温。次なる"二番手入れ"は、その6時間後、麹の仕込み過程で最も温度が高くなるタイミングで、同じように麹を広げて42度から32度へ下げる。

家では麹を毛布にくるんでホットカーペット上に置き、さらに別の毛布をかぶせた

ここまできたら、もう麹を温める必要はないのでホットカーペットもお役御免。毛布にくるんだ状態で6時間置いた後、毛布を取り払い、サラシでくるんだ麹に新聞紙をフタのようにかぶせておく。

そのまま16時間経てば、ようやく麹が完成。蒸し米に麹菌を混ぜた1月20日12時から22日12時の完成まで、ちょうど42時間。出来上がった麹は想像していたよりも水分が少なくて固めだが、白い粉をふいているし、香りも良いことだし、おそらく大丈夫だろう。

味噌作りを経験した知り合いたちも、さすがに麹までは作らなかったという。しかも、今回の麹に使用した米は「あしがら農の会」の無農薬栽培米。味噌の主原料となる大豆も中原さんたちが無農薬栽培した大豆だ。

これほど素晴らしい食材で味噌作りができる機会なんて、そうそうあるものではない。来週27日は味噌作り2日目。次回はこのマイ麹を使って、いよいよマイ味噌を仕込む様子をお伝えしよう。

白い粉をふいた麹が完成。過去の参加者で麹作りに失敗した人はゼロだとか