物語をナビゲートする声にも、きっと耳を奪われるはずです。『メリー・ポピンズ』や『サウンド・オブ・ミュージック』で知られる名女優ジュリー・アンドリュースが、社交界の裏事情を“上品に暴露”していきます。彼女の声でスキャンダルが語られると、罪悪感よりも爽快感が勝ち、壊れていく人間関係すら劇場の観客のように高みの見物できる感覚に包まれます。まるで、「壊れても大丈夫よ」とささやかれているように感じるほどです。
物語は、シーズンを重ねるごとに“暴露”の本質を掘り下げていきます。匿名のゴシップライター・レディ・ホイッスルダウンをめぐる展開が大きく動くシーズン3では、登場人物たちの人間関係が次々と試され、壊れ、そして再生していきます。そのたびに視聴者の中にも小さなカタルシスが生まれ、「壊れることで真実が見える」――そんなメッセージがシリーズ全体を貫いています。
さらに、『ブリジャートン家』の世界観がユニークなのは、19世紀初頭という時代設定でありながら、現代的な価値観がしっかり息づいている点です。物語に登場する王妃シャーロットは、アフリカ系ムーア人の血を引いていたとされる実在の人物がモデル。ドラマの中では、黒人の王妃が堂々と君臨し、人種も立場も超えて人々が社交界を行き来します。伝統的な白人貴族社会という固定観念を壊して描く大胆さも、ションダ・ライムズらしい感性です。
歴史を「そのまま再現する」よりも、「壊して再構築する」。この姿勢こそ、ブリジャートン家シリーズが愛され続ける理由のひとつです。壊すことで生まれる新しい美しさを、衣装や調度品、キャスティングのすべてで体現しています。
壊れることは、更新すること
壊れるとき、人は不安になります。でも『ブリジャートン家』を見ていると、壊れることは、ただの終わりではなく、“更新”でもあるのだと気づかされます。ダフネが結婚観の殻を破り、サイモンが心の扉を開いたように、壊れることでしか見えない真実があります。
家電の故障も、もしかしたら「暮らしの更新サイン」なのかもしれません。炊飯器が壊れたなら外食で新しい味に出会い、テレビが壊れたならスマホやタブレットで違う視点でドラマを楽しむきっかけにしてみる。壊れることを怖がらず、「今の自分に合うもの」に置き換えていく。それが人生のメンテナンスなのだと思います。
連鎖を止めようと焦るより、ブリジャートン家の人々のように、壊れることもスキャンダルも人生の一部として受け入れ、楽しんでしまう発想転換が時には必要なのかもしれません。 トースターが壊れた日こそ、紅茶をいれて一話目を再生してみてください。あなたの中の「恐れ」が、少しずつ“華やかなドラマ”に変わっていくはずです。
