逃げない

今回の最後のテーマは「逃げない」です。これはまたしても竜王戦の振り返りで出たお話です。 今期の竜王戦で藤井先生は広瀬先生の用意した作戦に苦しめられました。藤井先生曰く、特に後手番の時にうまく対応できなかったとのことでした。で、今後同じような作戦で来られた時にどうするか、という質問です。以下のやり取りをご覧ください。

――後手番での対応、ということについて、今までうかがったお話から考えると、相手の研究まで網羅しようということではないんですよね。

「そうですね。もちろん全部を定跡でカバーするというのは現実的ではないです。ただ、今期の竜王戦の第3局で▲4五歩という仕掛け方を知らなくて、知らなかったと言うか気づかなくて見えなかったので苦しくなってしまいました。これも局面のポイントを押さえていないので気づかなかったということなので、そういう手筋を知っておくのは必要だと思います」

この部分、ちょっと複雑なことを言っているので補足させてください

まず、対応するといっても相手の研究まで全部網羅しようというのは現実的ではない、というのが前提としてあります。例えば「新村田システム」を村田先生と同じレベルで研究する、みたいなのは無理ということですね。

ではどうするかというと、似たような戦型において汎用的に現れる部分的な手筋(局面のポイント)を押さえておくことで、そこから相手の手を類推して対応する、ということです。

その一つの例として「竜王戦第3局の▲4五歩」という手を挙げているわけですね。この発言の中で「▲4五歩という仕掛け方を知らなくて、知らなかったと言うか気づかなくて」と言い換えてますが、この言い換えは実は大事なポイントだと思っています。

つまり、▲4五歩の仕掛けを知らなかったこと自体は問題ではないのです。そうではなくて、局面のポイントを押さえていなかったために、▲4五歩という仕掛けを類推できず、その手に気づけなかったことが問題なのだということですね。

自分が失敗をしてしまった場合、「〇〇を知らなかったから」で済ますのはとても簡単なことです。自分の心も傷つきませんし、諦めも早くつきます。これは将棋でもそうですし、ビジネスの場面でも当てはまることですね。

しかし、その考え方に逃げないのが藤井流。

「○○」を知らなかったとしても、「△△」を押さえておけば、そこから類推して考えることができたはずだろと。なんでそれができなかったかと、自分に厳しく反省するスタイル。

「知らなかったと言うか気づかなくて」という言い換えに、藤井先生の生き方が表現されていると思いました。

  • 藤井竜王・名人の回答からにじみ出た言外のニュアンスからインタビュアーが感じた藤井像に迫ろうという連載の第3回です

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