ワークライフバランスがうたわれ、ブラック企業が問題となる昨今、ネガティブなイメージを与えがちな「仕事人間」という言葉。しかし仕事に打ち込む姿に共感し、愛さずにはいられないポジティブな「仕事人間」もいるはず。この連載では、ドラマ、映画、漫画、小説など、フィクションの世界に存在する「親愛なる仕事人間」たちへの愛を叫びながら、ご紹介します。

ミズタクは愛すべきワーカホリック!

水口琢磨、通称「ミズタク」。
彼はいま、日本で最も注目されている男性のひとりです。
何か言ったりやったりするたび、女性陣からワーキャー言われています。

とはいっても、ミズタクはフィクションの中の人物であって、現実には存在しません。

彼はNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の登場人物。演じているのは松田龍平です。主人公である天野アキ(能年玲奈)の芸能活動を支える若きマネージャーを好演。その魅力に取り憑(つ)かれる人があとを絶ちません。

ミズタク(画像はイメージ)

つい最近の放送回で、映画のオーディションに合格したアキをミズタクが感動の余りハグするシーンがあったのですが、それはすぐさま「ミズハグ」と名付けられ、怒とうの「水責め」に遭った女たちが「水死」した……なんてスラングまで生まれました(要はとても萌えたということ)。

「あまちゃん」未見の方に間違ってほしくないのは、ミズタクはキムタクではないということです。彼は、歌って踊れて面白いことも言えるような、みんなのアイドル的存在ではありません。むしろ、ダサい服、もっさりした髪型、流行を無視した眼鏡のチョイス、寡黙で何を考えているかよく分からない性格——などなど、いわば非アイドル的な「圏外の男」として登場したのです。

ミズタクはいつも働いている

そんなミズタクが今日のような人気を博すに至った理由は、彼の「働き方」にある。わたしはそう考えています。

(1) スカウトマンであることがバレないよう、琥珀(こはく)採掘職人の弟子になりすまして、アキたちの生活圏に潜入。
  (長期かつ難易度の高いミッションを遂行できる)

(2) スカウト成功後は、アイドルの卵たちとのフロ無し共同生活に突入。
  (仕事とプライベートが混然一体となった生活を苦にしない)

(3) 手塩にかけて育て上げたアイドルグループGMT5がいよいよデビューというタイミングで会社を辞め、先行き不透明なアキの個人事務所に転職。
  (安定収入や出世に執着しない)

このように、ミズタクはいつだって全力で働いているのです。24時間アイドルのことを考えていると言っても過言ではないし、私生活上の犠牲も何のその。友達と飲みに行っている気配もなければ、合コンに呼ばれている感じもない。当然、彼女はいないでしょう。

もしこれが単なる上司命令であれば、それこそブラック企業のサラリーマンということになってしまいますが、ミズタクは自分の意志でこの仕事をしています。そして、チャラチャラしたイメージが強い芸能界に馴染(なじ)まず地道に仕事をこなす様子は、どこか研究者を思わせるものです。

なぜ女はミズハグに萌えるのか

ミズタクの研究者気質は、GMTメンバーとの共同生活でヘンな気を起こしたりしないなど、女性アイドルたちへの対応を見ても分かります。

だからこそ、くだんの「ミズハグ」に、女たちは萌えるのです。このハグは、マネージャーとしての喜びを素直に表現したものなのか、それともアキへの恋愛感情なのか、というかミズタクが自分の中に芽生えた恋愛感情に気づいていないだけなんじゃないのか……嗚呼もどかしい! しかしこのもどかしさは、ミズタクが仕事を真剣にやっていなければ決して生まれません。アイドル(女)を相手にしていてながら、全く性欲が見えない、ということが彼をこの上なく誠実&清潔な男に見せているのです。

ミズタクっぽい人にチャンスが巡ってきた

「めちゃくちゃ仕事熱心で、女性に対する下心が一切なく、自分の中に芽生えた恋愛感情に気づけない、研究者タイプのもっさり男」

ミズタクという人間のスペックを超ざっくりまとめると、このようになります。文章だけで見ると、萌え死ぬほどの逸材とは思えない! という向きもあろうかと思いますが、これがミズタクという男なのです。そして、このスペックは現実世界でも比較的模倣しやすいのでは。職場を見渡せば、ひとりはいそうなタイプとでも言いましょうか。今までだったら地味で目立たないとか真面目とか言われておしまいのタイプと言いましょうか。

ミズタク萌えという名のパンデミックが発生している現在、「ミズタクっぽい人」たちが好意的に解釈される可能性は大いにあります。松田龍平ほどのイケメンでなくとも、どこかしらミズタク性を持った男性のみなさんは、それとなく(しかし速やかに)、新しき萌え/モテのテリトリー「ミズタク」の中に入ってしまいましょう。いまなら「あのひとミズタクっぽくね?」と女性たちが思ってくれる可能性があります。それに、あなたの中のミズタク性に気づいてもらうことは、いきなり半沢直樹(堺雅人)を目指すよりは、はるかに現実的なラインです。

そして女性にとってもこれはひとつのチャンスです。ミズタクの登場によって開発された新たな萌え/モテのテリトリーには、まだ手つかずのミズタクっぽい人たちがたくさんいます。そういう男性をよりミズタクらしく磨き上げることは、手間暇こそかかりますが、琥珀がそうであるように、地味だが美しく、飽きが来なくてイイ……そう言われると、そんな気がしてきませんか?


<著者プロフィール>
トミヤマユキコ
パンケーキは肉だと信じて疑わないライター&研究者。早稲田大学非常勤講師。少女マンガ研究やZINE作成など、サブカルチャー関連の講義を担当しています。リトルモアから『パンケーキ・ノート』発売中。「週刊朝日」「すばる」の書評欄や「図書新聞」の連載「サブカル 女子図鑑」などで執筆中。