「日直さえもスタイリッシュに。」の帯文に惹かれて、マンガ『坂本ですが?』(エンターブレイン)を買いました。男子高校生が主人公のギャグマンガなんですが、まさか高校生に仕事の極意を学ぶことになるとは……。

坂本は、どんなときでも自分のスタイルを崩さないクールなイケメン男子。上履きの名前や反省文は筆記体で書きますし、ランチパックを買いに走らせればササっと切り分け、見事な盛り合わせにして食べさせてくれます。有能な執事に高校生を掛けあわせて文化系イケメンにしたような男子。まだ社会人ではありませんが、学生にとっての仕事である学園生活をやたらスタイリッシュにこなす人物です。

斜め上のアイディアで行う、危機回避術

佐野菜見『坂本ですが?』エンターブレイン

そんな華麗すぎる彼ですから、当然と言えば当然なんですが「入学早々目立ちすぎ」という理由で、ヤンキーに目を付けられ、トイレに入れば上から水をかけられ、教室では椅子と机を隠されたりと、酷(ひど)い目に遭います。しかし、トイレでは「やれやれ……にわか雨ですか……」とか言いながら傘を差しているし、授業中は「……僕はここで結構ですから」と、椅子なんかなくても窓辺に腰掛け涼しい表情。か、かっこよすぎる。女子はキャー!男子までもがちょっと顔を赤らめながら坂本を見ています。いじめに耐えるのではなく、いじめと戦うのでもなく、斜め上を行くアイデアでいじめを無効化し、クラスメイトをあっという間に魅了してゆく……できる男だ、坂本。君は本当に高1なのか。しかも最終的にヤンキーと和解してるし。

権力に依存するのは流儀ではない

成績優秀で日直だってちゃんとやるようなエリートキャラでありながら、教師に媚びたりしないのも坂本の面白いところです。まるで「権力に依存するのは僕の流儀ではない」とでも言いたげ。実際、上級生のパシリになったときも、友人の心配をよそに「次世代の忍耐と洞察力を鍛える教育の一環」だと考え、教師に相談するどころか「聞こえる 僕を呼ぶ旋律が……」と言って、自ら先輩のもとへ駆けつけます。しかしながら徹底した奉仕活動によって、逆に先輩を怯(おび)えさせ、ついにはパシリを解雇されてしまうのでした。先輩のためにオートクチュールの体操着を縫ったり、子守歌まで歌ったりする坂本。仕事熱心すぎ。しかし、そこには「パシリ」につきものの「主従関係の匂い」が全くしません。バカバカしくも実にかっこいい男です。

坂本は、どんな権力にも決して媚(こ)びない上に、そんな自分を誰かに知ってもらいたいというような自己顕示欲も持ち合わせていません。学校という組織の中にいても、どこか一匹狼的で、誰の力にも頼らず行動する……ある意味、すごくワイルドです。身体の線は細いですが、メンタルはめちゃくちゃ太い感じです。巷(ちまた)では「線の細い男は生命力を感じさせないのでモテにくい」とか言われがちですが、坂本の場合は、線は細いが生命力がある希有(けう)なタイプだと言えそう。ちなみに、本物の傭兵(ようへい)は割と痩せ型で、みんなが思っているようなガチムチ体系ではない(デカくて筋肉質だとエネルギー消費がすごくて喰うや喰わずでも戦わなくてはいけない傭兵には不向き)という話を聞いたことがあるのですが、坂本もある意味で傭兵タイプなのかも。

女子社員の人間関係に手を焼く上司も必読

クールでワイルドな学園の傭兵こと坂本の生命力にやられた女子たちが彼のことを放っておくワケがありません。作中では「あいな」というクラスメイトが「このあいなに釣り合うのは坂本君ただひとり」と坂本に猛アタックします。しかし、坂本は全く意に介しません。あいなの愛読書『男をおとす必殺恋愛心理術』に書いてあるモテテクも、坂本には効きません。やがてあいなと彼女を「計算女」と呼ぶ女子たちとの間で、坂本の取り合いが始まりますが、この争いを坂本は「こっくりさんに取り憑(つ)かれた」というまさかの設定で丸くおさめます。「緊迫した状況下で共通の目的を果たせばおのずと距離も縮まる」という一節を『男をおとす必殺恋愛心理術』の中に見つけ、試してみたのです。キツネに憑かれた坂本を救うべく、敵対していた女子たちは力を合わせてこの難局を切り抜け、友情まで育むようになります。あいなは男子にかなりモテる女子として描かれていますが、坂本にとってそんなことはどうでもいいようです。それよりも、目の前で起こった諍いを鎮めたい、それが坂本の関心事。

何だか、まとまりのない女子社員たちに手を焼いている男性上司のように見えなくもありません。特定の誰かに優しくしたり、あるいは叱ったりしても、集団はまとまらない。自分は深く介入せず、「共通の目的」を与えることが肝要なのだな……なるほど。しかし、一体どれだけの修行を積めばモテより組織の平和を選べるのか、そんな坂本が誰かに恋することはあるのか、今後の展開が気になって仕方ありません。

「規格外の男」であり続ける

己のスタイルにこだわるあまり、自分で自分を不自由にしてしまう人も多い中、坂本は自分のスタイルを維持しつつもあくまで自由奔放。それでいて、反抗的でもなければ、組織なんてクソくらえ! という感じでもない。学園の平和のために力を尽くし、みんなの中に自分の居場所を作りながら、その一方で常に「規格外の男」であり続ける。

「ああいう人だから」と認められ、受け入れられるか、あきれられ放置されるかは、賭けみたいなところがありますが、坂本は「ああいう人」として周囲から一目置かれることに成功していますし、何だか楽しそう。職場での立ち回り方に悩んでいる人、いい意味で「ああいう人だから」と言われたい人は、凡百のビジネス書を読むよりもまず坂本のスタイリッシュな学園生活に学ぶべきではないでしょうか。


<著者プロフィール>
トミヤマユキコ
パンケーキは肉だと信じて疑わないライター&研究者。早稲田大学非常勤講師。少女マンガ研究やZINE作成など、サブカルチャー関連の講義を担当しています。リトルモアから『パンケーキ・ノート』発売中。「週刊朝日」「すばる」の書評欄や「図書新聞」の連載「サブカル 女子図鑑」などで執筆中。