ひたちなか海浜鉄道の延伸計画が次のステップに進んだ。ひたちなか市は9月9日、定例市議会において、国土交通省関東運輸局にひたちなか海浜鉄道延伸の事業許可申請書を提出したことを明らかにした。翌10日付の茨城新聞クロスアイによると、早ければ2021年1月に国の判断が示される見通しだという。申請が2年遅れたため、当初の2024年度開業から2025年度開業に予定が延びたと報道されている。
ひたちなか海浜鉄道は茨城県ひたちなか市内で湊線を運行する第三セクター鉄道会社。起点はJR常磐線と接続する勝田駅、終点は太平洋岸の阿字ヶ浦駅で、路線距離は14.3km。旧運営会社の茨城交通が赤字を理由に廃止の意向を表明したところ、地域の人々の支援が活発になり、ひたちなか市を動かして第三セクターとして再出発した。
その後、終列車を繰り下げて東京や水戸からの深夜帰宅を可能にし、金上駅に行き違い設備を新設して通学時間帯に増発、新たに高田の鉄橋駅を設置するなど、沿線の人々にとって利用しやすい路線になるための取組みを続けてきた。ひたちなか市もそれぞれの事業で資金援助を行ったり、駅を拠点にコミュニティバスを運行したりと積極的に支援してきた。
国営ひたち海浜公園への延伸事業も、ひたちなか海浜鉄道の強化策のひとつ。これは単なる鉄道活性化の事業ではない。ひたちなか市全体の交通ネットワークの課題を解決する目的がある。国営ひたち海浜公園に訪れる人々の増加と、マイカー来訪者によって発生する交通渋滞が大きな問題になっており、渋滞解消のためのルートとして、ひたちなか海浜鉄道に白羽の矢が立った。
当連載第17回「ひたちなか海浜鉄道の延伸案固まる - 2024年度運行開始目標」(2016年4月27日掲載)でも、この延伸計画を紹介している。2014年に延伸ルート4案が公表され、2016年4月、4案の中からひとつに絞られた。当時の延伸計画のうち、終点の阿字ヶ浦駅から北上し、国営ひたち海浜公園西口ゲートまで約3.1km延伸する点は現在も同じ。2014年時点では中間駅を2駅設置予定としていたが、現行の計画では1駅のみになっている。
この変更点を含めた具体的な整備計画について、日本工業経済新聞(茨城版)の2018年5月19日付記事「湊線延伸働きかけを / 18年度認可へ協議進む」が詳しく報じていた。ルートについては変わらないものの、最大勾配は3.5%(35パーミル)から1%(10パーミル)に緩和された。これは現在保有している車両の性能で安定的に運行するためだ。同じ高さでも、勾配が緩和されればその高さに到達するまでの距離が長くなる。結果として、延伸ルートのうち高架区間と橋梁の距離の合計が約1.6kmから約2.1kmに延びた。区間全体の約7割が高架と橋梁になる。
中間駅は阿字ヶ浦駅から約600m付近にあり、この駅を中心とした阿字ヶ浦土地区画整理事業の最寄り駅に。終点の国営ひたち海浜公園西口ゲート付近は高架駅となる。
2014年時点の計画で設置予定とされていたもうひとつの中間駅は、国営ひたち海浜公園の南口付近に位置する地上駅で、ここから35パーミルの勾配区間が始まり、常陸那珂有料道路を超えようとした。しかし前述の通り、勾配緩和のために高架区間が長くなり、駅の設置予定地は高架区間に含まれた。高架駅は地上駅より建設費が高いこともあり、駅の設置は見送られたが、開業後の利用者の動向をみて、必要性が高ければ駅を新設できるように考慮するという。その部分だけ勾配が緩和されるか、水平になるかもしれない。
■国営ひたち海浜公園の観光客増加、渋滞対策が課題に
ところで、ひたちなか市の幹線道路を麻痺させるほどの渋滞を起こすという国営ひたち海浜公園はどんな施設だろうか。
国営ひたち海浜公園の用地は戦時中、帝国陸軍の水戸飛行場として使われた。戦後はGHQに接収され、米軍の水戸射爆撃場となった。1973(昭和48)年に米軍から返還され、国営公園として整備された。国土交通省関東地方整備局のウェブサイトによると、国営公園になった理由は「首都圏における増大かつ多様化するレクリエーション需要に応えるため」だという。「海と空と緑が友達 爽やか健康体験」をテーマとし、樹林、草地、砂丘、海浜、湧水地など、特色ある自然条件を生かした整備が行われている。
とくに「みはらしの丘」の風景が人気で、春はネモフィラの花で青く染まり、夏はコキアの緑が敷き詰められ、秋にはコキアが真っ赤に染まる。「インスタ映え」する風景として国内外に広まり、国のインバウンド政策も功を奏し、海外からも多くの観光客が訪れた。公園の総面積は約350ヘクタールで、そのうちの約57%、約200ヘクタールが整備済み。「みはらしの丘」の拡張工事も始まっている。
国営ひたち海浜公園にはもうひとつ、「音楽の聖地」の顔がある。2000年以降、毎年8月に「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」が開催され、200組以上のアーティストが出演する。国内最大の野外音楽イベントで、今年は感染症大防止のため中止となってしまったが、2019年は5日間で34万人以上が参加した。国営ひたち海浜公園は平時でも9割の観光客がマイカーで訪れており、渋滞は高速道路内まで続いたという。ひたちなか海浜鉄道とひたちなか市も、来場者支援のために阿字ヶ浦駅から無料シャトルバスを運行したほか、湊線でタイアップ車両「ロックトレイン」を運転し、鉄道利用をアピールした。
数日間のイベントの混雑程度であれば一過性の混雑といえる。しかし今後、国営ひたち海浜公園が拡張し続けると、その混雑はネモフィラ、コキアの時期に波及する。市内の渋滞対策は緊急課題といえるだろう。
■国土交通省は可能性を調査済み
ひたちなか海浜鉄道が事業許可申請を提出した段階で、次の展開は国土交通省側の審査、可否の判断となる。国土交通省が公開する「手続一覧(鉄道事業法)」によると、審査基準は鉄道事業法第5条第1項「その事業の計画が経営上適切なものであること」、第2項「その事業の計画が輸送の安全上適切なものであること」だという。
その一方で、第3項に「その事業の遂行上適切な計画を有するものであること」とあり、事業の採算性も重要。そして第4項で「その事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること」が示され、資金力や運行能力も問われる。鉄道事業の許可申請は個人でも可能とはいえ、実際には大量の書面と資料の提出が求められる。
ただし、事業可能性については国土交通省が「お墨付き」を与えている。国土交通省は地域活性化のため、官民連携による「基盤整備推進支援事業」を実施している。地方公共団体を対象に募集し、計画を策定するための経費について、その半額を支援する。その2015年度の計画で、「ひたちなか地区周辺地域における地域活性化のための検討調査」が選ばれた。この報告を受けて、2017年から延伸計画を詰め、国土交通省と協議してきた。
国土交通省が公開している「調査成果の報告」によると、当時の延伸計画区間は阿字ヶ浦駅から公園中央ゲートまで。その先の西口ゲートから先が「将来的な延伸ルート」になっていた。しかし、西口ゲート付近に未利用地があり、既存の大型商業施設にも近いことから、鉄道をここまで延伸し、「ターミナル機能を有する新たな公共交通結節点として整備」とする案が有力になった。交通結節点にはバス乗降場、タクシー乗り場、一般自家用車送迎場と駐車場が設けられる。交流施設と各交通機関の利用者が滞留できる広場が設けられるほか、高架駅と高架線の下に駐輪場、レンタサイクル用のスペースが検討されている。
■増発と車両増備、快速の設定が気になる
延伸計画によると、ピーク時に20分間隔の運行を維持するため、阿字ヶ浦駅に行き違い設備を設置するという。ひたちなか市長は「快速列車を運行したい」意向であるとも報じられた。また、以前、筆者がひたちなか海浜鉄道の吉田千秋社長に伺ったところ、車両の増備も重要課題になっているとのことだった。
運行距離が延びれば車両も増やす必要がある。35パーミル勾配を想定すれば、既存車両では低速になってしまうと危惧したかもしれない。10パーミルへの勾配緩和は既存車両の活用を想定したものという話も納得がいく。ただ、それでも車両は足りない。
建設予算には車両増備費用が含まれていない。安価に導入できる中古車両は枯渇している。新造する場合は資金が必要となるほか、国内の鉄道車両製造会社は数年分のバックオーダーを抱えているという。車両調達が急務で、新造となればすぐに着手する必要がある。「快速列車」は顧客サービスだけでなく、運行時間を短縮し、少ない車両数で運用するためにも必要となる。
生活路線としての鉄道の役割を取り戻したひたちなか海浜鉄道は、5年後には観光路線としての新たな役割も担う。それはひたちなか市全体にとってメリットがある。市内で沿線外の人々の理解を得るために、ひたちなか市と一体となった広報活動も必要だろう。