近畿日本鉄道が、2025年大阪万博の開催地、夢洲へ直通列車を構想していると報じられた。夢洲へは地下鉄(Osaka Metro)中央線の延伸計画があり、中央線は近鉄けいはんな線と直通している。近鉄はけいはんな線生駒駅で接続する近鉄奈良線にも直通したい考えだという。実現すれば奈良~夢洲間に直通列車が走る。大和西大寺駅で進路を変えて京都・橿原神宮前方面、さらにその先の伊勢・名古屋方面まで見据えているかもしれない。

  • 近鉄奈良線から夢洲へ、特急列車が直通!?(写真:マイナビニュース)

    近鉄奈良線から夢洲へ、特急列車が直通!?

その実現のためには、架線集電と第三軌条集電の両方に対応する電車が必要になる。現代の日本にはないけれども、海外では「ユーロスター」で実用化されている。

近鉄奈良線と近鉄けいはんな線・地下鉄中央線はともに軌間1,435mmの標準軌。生駒駅で両路線の線路をつなぐ分岐器を設置するという。車体寸法、電化方式、保安装置が異なるけれど、車体寸法は小さいほうに合わせることで解決できる。近鉄けいはんな線の車両7000系は1両あたり全長18.9m、全幅2.9m、全高3.745m。近鉄奈良線を走る車両3220系は1両あたり全長20.5m、全幅2.8m、全高4.110mとなっている。

  • 近鉄けいはんな線の車両7000系。地下鉄(Osaka Metro)中央線と同様、第三軌条方式が採用されている

両車の小さいほうの寸法を採用し、全長18.9m、全幅2.8m、全高3.745m以内の直通線用電車を製造する必要がある。けいはんな線の現行車両の幅を90cmだけ狭くした電車だけど、ホームとの隙間が大きくなるため、車体側かホーム側に可動ステップを設置するなどの工夫が必要になる。

保安装置は近鉄けいはんな線・地下鉄中央線がWS-ATC方式で地上信号機を使うタイプ、近鉄奈良線がCS-ATC方式で運転席に指定速度を表示するタイプ。直通運転にあたり、近鉄けいはんな線・地下鉄中央線をCS-ATC方式に改良して線路側の規格を統一するか、あるいは車両側にWS-ATC方式とCS-ATC方式の両方に対応する機器を搭載するという方法もある。

車体寸法と保安装置は他の相互直通運転で例がある。しかし集電方式の両路線対応は事例が少ない。今回の構想で最大の難関は集電方式だろう。近鉄奈良線は架線からパンタグラフで集電する。近鉄けいはんな線・地下鉄中央線は第三軌条方式で、車輪が乗る2本のレールのそばに電力用のレール(第三軌条)を設置し、電車から伸ばした集電シューで集電する。電圧も異なり、近鉄奈良線は直流1,500ボルト、近鉄けいはんな線・地下鉄中央線は直通750ボルトとなっている。

  • 地下鉄(Osaka Metro)中央線・近鉄けいはんな線、近鉄奈良線の略図(国土地理院地図を加工)

これを解決するためには、保安方式と同様に近鉄けいはんな線・地下鉄中央線を架線集電に改良し、近鉄奈良線と統一するか、両方の集電方式に対応した電車を作るしかない。ただし、地下鉄中央線など第三軌条方式の地下鉄は建設費を抑えるため、もともとトンネル断面を小さくしている。その小さなトンネルに合わせて車両も小型化した。トンネルに架線を張り、電車にパンタグラフを載せるという改良は難しい。

■「ユーロスター」が手本? - かつて日本にもあった

したがって、架線集電用のパンタグラフと、第三軌条集電用の集電シューを両方搭載した電車のほうが実現しやすい。もともと車体寸法の関係で専用車両を作る必要があるけれど、パンタグラフを載せるとなると近鉄けいはんな線・地下鉄中央線の車両より全高が低くなる。イメージとしては、熊本電気鉄道に譲渡された元東京メトロ銀座線01系だろうか。第三軌条方式の電車だったけれど、架線集電の熊本電鉄向けにパンタグラフを搭載した。台車は交換され、集電シューもないけれども、その集電シューが残った状態といえるかもしれない。

架線方式と第三軌条方式の両方に対応した車両は現在の日本にないため、新規開発となる。ただし、採用事例はあるので不可能な技術ではない。海外で有名な事例としては、イギリスとフランスをドーバー海峡トンネル経由で結ぶ列車「ユーロスター」に使われる電車が挙げられる。この電車はイギリス国鉄373形(Class 373)という。フランスのTGVをベースに、イギリス国内の車両サイズに合わせて小型化し、第三軌条にも対応。電源方式は架線集電の交流25,000V、直流3,000V、第三軌条750Vに対応するという。

日本においても、過去に架線方式と第三軌条方式の両方に対応した機関車があった。1912(明治45)年に信越本線の碓氷峠区間で活躍したアプト式電気機関車、EC40形と後継機のED42形だ。アプト式とは、急勾配区間でレールの間に歯を並べたようなラックレールを敷き、機関車側の歯車を噛ませて登坂するしくみ。信越本線の横川~軽井沢間にある碓氷峠でラックレールを採用し、そのうちのトンネル区間は第三軌条方式で電化された。蒸気機関車用に建設された小さなトンネルに架線を敷設できなかったためだ。

こうした事例があるため、架線方式と第三軌条方式の両方に対応する電車の開発は不可能でないと考えられる。昨年、近鉄が構想を発表した近鉄吉野線直通の「フリーゲージトレイン」より可能性は高いといえる。

■機関車牽引方式やバッテリー電車でも実現可能か

架線方式と第三軌条方式の両方に対応する電車が開発できなかったとしても、近鉄けいはんな線・地下鉄中央線と近鉄奈良線を直通する方法はある。直通運転用の車体寸法で、どちらか一方の電源方式の電車を製造し、直通先で電気機関車に牽引させる方法である。

たとえば、架線方式で直通運転用の電車を製造する。近鉄奈良駅から来た電車は、生駒駅でパンタグラフを降ろし、客車状態になる。そこに第三軌条方式の機関車を連結して近鉄けいはんな線に入り、地下鉄中央線に乗り入れる。地下鉄線内の急勾配を憂慮するなら、列車の前後に機関車を連結するプッシュプル方式としてはどうか。

ただし、近鉄けいはんな線・地下鉄中央線の電車は6両編成のため、前後に機関車をつなぐと8両になってしまう。機関車はホームからはみ出してもいいけれど、信号システムやポイント配置の都合で8両に対応できないかもしれない。

そこで逆の方法を考える。第三軌条方式で6両編成の電車を作り、夢洲から来た電車は生駒駅で集電を終了。架線集電式の機関車を連結して近鉄奈良駅へ向かう。近鉄奈良線は10両編成に対応しているから、7両編成でも大丈夫。しかし、混雑時間帯だと10両編成や8両編成の電車が多く、そこに6両編成と機関車の編成が走ると輸送力不足になる。したがって直通運転は日中に限定されるかもしれない。あるいは6両編成の前後に2両ずつ、強力なモーターを搭載した電車をつないで機関車の代わりにするという方法もあるだろう。

電車に機関車を連結して走らせる方式は、都営大江戸線の電車を都営浅草線の馬込車両基地へ回送する場合で採用されている。都営大江戸線も架線方式だけど、車体が小さいため、都営浅草線の架線に届かない。そこで電気機関車を連結し、都営浅草線を走行する。

もうひとつの方法として、JR東日本やJR九州が実用化した蓄電池電車を採用し、直通先の路線では集電しないという方法もあるだろう。どちらかの区間で充電し、相手先の区間はバッテリーで駆動する。これなら集電装置は1種類だけで済む。この場合、バッテリーの容量と持続時間が課題になる。少なくとも直通先の折返し駅では、充電設備が必要になるかもしれない。

架線方式と第三軌条方式の直通運転が実現すると、他の第三軌条方式の路線も郊外の架線方式の路線に直通できる可能性が高くなる。たとえば東京メトロ銀座線と京王井の頭線が直通できたら便利だろうな……などと妄想する。それにしても、フリーゲージトレインも含め、最近の近鉄のチャレンジ精神は頼もしく心強い。心から応援したい。