ビジネスシーンにおいて幾度となく遭遇するであろうプレゼンテーションの機会。自身が狙ったミッションを達成するにはプレゼンの提案内容をわかりやすく相手に理解してもらう必要があるが、その際に不可欠となるのがパワーポイントのスキル。資料の見せ方を工夫すれば相手の理解度は増し、それだけ提案した内容を受け入れてもらいやすくなる。

かつてマイクロソフトでパワーポイントの事業責任者を務めた経歴を持つクロスリバーの代表取締役・越川慎司氏は現在、クライアント企業の働き方改革を支援しており、先般、企業の意思決定者へのヒアリングやAIによる資料分析をまとめた新著『科学的に正しいずるい資料作成術』(かんき出版)を上梓した。

本特集では、「パワーポイントのプロ」が5万枚以上のパワポ資料をAI分析して導き出した「必勝の資料作成術」をテーマごとに紹介していく。今回のテーマは「資料作成時の心構え」だ。

  • プレゼンテーションを実施する前の準備段階が重要となる

人々は「AからBへの変化」を欲している

――資料作成をしていく際、どのようなことを念頭におくべきでしょうか。

「人に伝える資料」ではなく「人に伝わる資料」づくりを考えていくと、主役は伝える側でなく伝えられる側になります。そうなると、プレゼンをする相手に興味や関心を持たなければならないんですね。相手が何を欲しているのかを理解したうえで展開している資料が「人を動かす資料」ということがわかりました。

そして、「何を欲しているのか」ということを700時間かけて826人の意思決定者にヒアリングしてきて分析した結果、世の中の人々はAからBへの変化を欲しているということがわかったんです。

例えば、今の現状が「A」でなりたい姿が「B」だったり、悩みを抱えているのが「A」で、悩みがない状態が「B」だったり……。このAからBの変化を数字で説明できるというのが最も強い資料だと思います。ダイエット広告によくある「この人が2カ月でマイナス15㎏!」などといったビフォーアフターのシルエットを映した表現って、ものすごくインパクトありますよね。これもAからBの変化の最たる例の一つと言えます。

そのため、クライアントにプレゼンする資料ならば、提案する際に勝手なペルソナ(典型的なユーザー像)を作るのではなく、クライアントの課題(A)をちゃんと書くべきです。そして、その課題を解決した様子(B)を資料の冒頭で約束するといいですね。そのうえで、「AからBの過程を10分でご説明します」と前置きし、その変化を数字を使って解説します。

「プレゼンの成否は準備の段階で9割決まる」と伝えていますが、それは相手の課題を把握し解決するためには準備が重要になるという理由からですね。

――準備をするにあたり、プレゼンをする側としてはどのような心構えが必要になりますか。

プレゼンテーションにおいては、「プレゼンする側に提案内容を伝える資格があるか否か」という点が重要となってきます。将棋をやったことがない人に将棋のやり方を聞く人はいませんし、「こうすれば働き方改革ができますよ!」と提案している人が目の下にクマを作っていては、説得力に欠けますよね?

クライアントや聞き手が共感するのは、AからBの変化を先に経験した人の話です。「同じ課題を解決したことがある、だから提案できる」ということが、最も効果があるんです。そういう実際の事例を冒頭で説明できるかが大きなポイントですね。

――確かに似たような立場に置かれている人や、同じ経験をした人の話は共感をしやすいですよね。

不動産のトップセールスマンの多くは、提案する際にご自身が持ち家か賃貸かを相手に話すんですよね。もし持ち家だったら、どういう理由で購入を決めたかを必ずしゃべるんです。「新築よりも中古で駅近をお勧めします、なぜなら私は……」と実体験に基づいて説明された方が信ぴょう性がありますよね? AからBにする提案を、なぜ自分ができるのか――。その理由を説明できるようきちんと準備しておくことです。

プレゼン資料の冒頭に会社概要を入れているケースも散見されますが、住所や電話番号は後でいくらでも調べることが可能です。それよりも、「自分には伝える価値があり、あなたにAからBへの変化を提供できるだけの資格があります」という点を資料に盛り込めると、成約率が上がることがわかっています。

――資料作成時によく陥りがちなNGポイントはなんでしょうか。

最初に自社のサービスやツールのスペックや技術的な面などを紹介してしまうことですね。クライアントが抱える課題ではなく、課題を解決するための「HOW」の部分を先に行ってしまうとうまくいきません

リモートワークをするかどうかの提案で、就業規則やAIの導入方法をはじめに説明されても、みんなポカンとしてしまいますよね? 「事業継続のため」「社員を守るため」など、なぜリモートワークが必要なのかをまず納得させて、それから手段を説明しなければなりません。

――たとえ内容が正しくても、順番が違うだけで伝わりにくくなるということですね。

そうなんです。ちゃんと変化や変更の意義目的を理解していることはとても重要で、「なぜこういう変更をしなければならないんだろう?」と疑問に思ってしまうと、人は9カ月で行動を元に戻してしまうんです。目的意義を理解してもらうこと、そしてAからBへの変化を伝える資格があることを理解してもらうことは、すごく重要なのです。

越川慎司

国内大手通信、外資系通信に勤務、ITベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに日本マイクロソフトで業務執行役員を務め、2017年にクロスリバーを設立。529社の働き方改革を支援し、現在は週休3日で16万人の働き方をスイッチしている。