2020年6月5日に公布された「年金制度改正法」は、一部を除き2022年4月1日から施行されます。そこで、現行の制度からどのように変わるのか、変更ポイントを分かりやすく解説します。

  • 大きく変わる年金制度、ポイントは?

年金制度改正法とは

年金制度改正法は、より多くの人がこれまでよりも長い期間にわたり多様な形で働くようになることが見込まれる中で、今後の社会・経済の変化を年金制度に反映し、長期化する高齢期の経済基盤の充実を図るために公布されました。

改正のポイントは大きく4つあります。

1.厚生年金保険・健康保険の適用拡大
2.在職中の年金受給の在り方の見直し
3.受給開始時期の選択肢の拡大
4.確定拠出年金の加入可能要件の見直し

それぞれの詳細をみていきましょう。

1.厚生年金保険・健康保険の適用拡大

アルバイトやパートタイムなどの短時間労働者が被用者保険(厚生年金保険・健康保険)に加入できる事業所の規模要件が現行の従業員500人超の企業から段階的に引き下げられます。

2022年10月からは100人超規模の企業まで適用、2024年10月からは50人超規模の企業まで適用となります。また、勤務期間1年以上見込みの要件が撤廃され、フルタイム勤務者と同様の2カ月超の要件が適用されます。その他の要件に変更はありません。

現行 今回の改正
週労働時間20時間以上 変更なし
月額賃金8.8万円以上 変更なし
勤務期間1年以上見込み 撤廃(フルタイムの被保険者と同様の2カ月超の要件)
※2022年10月施行
学生は適用除外 変更なし
従業員500人超の企業等 50人超規模の企業まで適用範囲を拡大
(2022年10月)100人超規模の企業まで適用
(2024年10月)50人超規模の企業まで適用

※出典:厚生労働省「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の概要」

これまで、国民年金第1号被保険者、あるいは第3号被保険者だった短時間労働者は、その期間の年金は基礎年金のみとなり老後の経済基盤が弱くなります。今回の改正で、厚生年金に加入できれば、報酬比例の上乗せ給付が受けられることで、老後の保障を厚くできます。また、企業の健康保険に加入することで、傷病手当金や出産手当金の支給を受けられるようになります。保険料は労使折半の負担となります。

2.在職中の年金受給の在り方の見直し

働きながら年金受給を受ける高齢者が増えることを鑑みて、次の2つの見直しが行われました。

(1)在職定時改定の導入

これまで、在職中の老齢厚生年金受給者(65歳以上)は、保険料を納めても、退職後または70歳になって厚生年金被保険者の資格を喪失するまでは、その分の年金額は反映されませんでした(退職改定)。

今回の在職定時改定が導入されたことで、65歳以上の在職中の老齢厚生年金受給者の年金額を毎年10月に改定し、それまでに納めた保険料を年金額に反映することになりました(在職定時改定)。

これによって、年金を受給しながら働く高齢者の経済基盤の充実が図れるようになりました。

  • 出典:厚生労働省「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の概要/2.①在職定時改定の導入」

(2)在職老齢年金制度の見直し

60歳から64歳に支給される特別支給の老齢厚生年金を対象とした在職老齢年金制度について、支給停止とならない範囲を拡大しました。これまで、支給停止が開始される賃金と年金の合計額の基準は28万円でしたが、47万円に引き上げます。

働き過ぎると年金額が減ることで、就労意欲が削がれることがありましたが、支給停止となる基準額が引き上げられたことで、安心して働けるようになります。

65歳以上の在職老齢年金制度の支給停止となる基準額はこれまでと同じ47万円です。

対象者 賃金と年金の合計額(現行) 賃金と年金の合計額(改正後)
60歳~64歳 28万円 47万円
65歳以上 47万円 47万円(変更なし)

※出典:厚生労働省「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の概要」

3.受給開始時期の選択肢の拡大

現在60歳から70歳の間となっている年金の受給開始時期の選択肢を、60歳から75歳の間に拡大します。

※改正後の繰下げは2022年4月1日以降に70歳に到達する方が対象となります。

繰上げ・繰下げによる減額・増額率
・繰上げ減額率=0.5%※×繰り上げた月数(60歳~64歳)
・繰下げ増額率=0.7%×繰り下げた月数(66歳~75歳)
※繰上げ減額率は令和4年4月1日以降、60歳に到達する方を対象として、1月あたり0.4%に改正されます。

  • 出典:厚生労働省「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の概要」を元に筆者作成

4.確定拠出年金の加入可能要件の見直し

確定拠出年金の加入可能年齢を引き上げとともに、受給開始時期等の選択肢が拡大されます。

(1)確定拠出年金(DC)の加入可能年齢の引き上げ(2022年5月施行)

確定拠出年金の種類 現行 改正後
企業型確定拠出年金(企業型DC) 65歳未満の厚生年金被保険者 70歳未満の厚生年金被保険者
個人型確定拠出年金(個人型DC(iDeCo) 60歳未満の公的年金の被保険者 65歳未満の公的年金の被保険者

(2)受給開始時期等の選択肢の拡大

確定拠出年金の種類 現行 改正後
確定拠出年金(企業型DC・個人型DC(iDeCo))※2022年4月施行 60歳から70歳の間で受給開始時期を選択 60歳から75歳の間で受給開始時期を選択
確定給付企業年金(DB)※2020年6月5日施行 60歳から65歳の間で支給開始時期を設定できる 60歳から70歳の間で支給開始時期を設定できる

※出典:厚生労働省「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の概要」

確定拠出年金制度(DC)とは
加入者ごとに拠出された掛金を加入者自らが運用し、その運用結果に基づいて給付額が決定される年金制度です。掛金額(=拠出額)が決められている(=Defined Contribution)ことから、確定拠出年金(DC)と呼ばれています。

確定給付企業年金(DB)とは
労使合意によって将来の給付額を設定し、それに必要な掛金を事業主が拠出していく(加入者の拠出も認める)、運用が予定どおりにいかない場合には事業主が追加拠出するという確定給付型の企業年金制度です。基金型企業年金と規約型企業年金の2種類があります。基金型は、別法人として設立された企業年金基金が、規約型は企業等が、年金資産を管理・運用して年金給付を行います。

この他、確定拠出年金における中小企業向け制度の対象範囲の拡大(従業員規模100人以下から300人以下に拡大)、企業型DC加入者のiDeCo加入の要件緩和など、制度面・手続面の改善が図られています。より多くの人が確定拠出年金を利用できるようになるでしょう。

年金制度改正法が与える影響

ここまで大きく4つの改正ポイントをみてきましたが、老後の経済基盤の充実のために、より多くの人が長い期間にわたって多様な働き方を可能にするための改正であることが分かります。

特に、厚生年金保険・健康保険の適用拡大は、短時間労働者の将来の保障を充実させることができます。短時間労働者の多くを占める女性や高齢者にとってメリットとなるでしょう。

また、在職定時改定の導入や在職老齢年金制度の見直しは、年金を受給しながら仕事を続ける高齢者にとって、働くモチベーションの維持につながります。

年金の受給開始時期も75歳まで選択できるようになるので、平均寿命の延びを考えて老後を先延ばしにする、高齢化社会を生き抜くための一つの策となるでしょう。

このように、今回の改正は長く働くことでメリットを得られる仕組みになっていることから、これまでのような"定年"からすぐに"老後"にはならずに、定年後、再雇用で働いたり、新たな働き方(転職や短時間労働など)を見つけたりすることが一般的になってくるのではないでしょうか。それは、年金だけの生活となる本当の老後をいかに先延ばしにできるか、という問題でもあります。

老後を先延ばしにすることは必要な老後資金を減らすことができるので、定年後のライフプランは重要です。長く働くことでメリットを受けられる制度の改正はこれからも続くと思われます。この機会にセカンドキャリアを考えてみてはいかがでしょうか。