若手のビジネスパーソンは悩みだらけ。「将来が見えない」、「自分が何に向いているか分からない」。自分の正解を探す人へ、人生のドン底を経験した元アイドルで今はライター・作家として活躍する大木亜希子さんが気になる本を紹介。この連載が不安な心を少し楽にしてくれるかもしれません。

  • 『コピーライターじゃなくても知っておきたい心をつかむ超言葉術』(ダイヤモンド社)

私には、グラビアアイドルとして活動していた経験がある。しかし、お金を頂きながらプロとして身体を鍛えたり精神を鍛えたり、妖艶に魅せるテクニックを習得するには、イマイチ覚悟が足りなかった。

そして、そんな曖昧な気持ちなのがいけなかったのだろう。

いつからか事態は、どこへ向かっているのか収拾がつかない状況にあった。「なりたいタレント像」を持たぬまま、なんとなくグラビアの仕事を続けるうちに、いつからか雑誌社からお呼びがかからなくなった。

ところが、チャンスはおとずれる。

ある日グラビアDVDを出せることが決まり、そのままグアムで撮影し、秋葉原で発売記念イベントもさせてもらえることになった。ぽつりぽつりと報道陣も集まってくれて、なんとなく「ここが正念場」という雰囲気になる。

「このDVDの見どころは?」
「どんなところに注目して見てほしいですか?」
「自分が一番お気に入りのシーンは?」

あらゆる質問が記者から飛び交う中、全身の血が煮えたぎった私はピンと閃いた。

「今この会見で自分を覚えてもらうために、印象的なキャッチコピーが必要である」と。そこで私が打ち出したのは、「お尻チェリーガール」という謎のフレーズであった。

DVDのパッケージ写真を見る限り、私の尻は小さなサクランボが2つ並ぶようにビキニからプリッとはみ出ており、それを利用することにしたのだ。

「サクランボみたいなお尻に注目してほしいですね! 今日から私のことを、『お尻チェリーガール』って呼んでください」

そう大きな声で叫び、記者達に必死でアピールした。すると、自分の身体的な特徴を切り取ったことが功を奏したのか、翌日のスポーツ新聞各紙には私のイベント記事が並び、「お尻チェリーガール」という言葉ももくろみ通りに使われた。

それは私にとって初めての「言葉を用いた成功体験」で、自分の人生を彩るためには言葉が武器になると学んだ瞬間でもあった。

生きていく限り人は、仕事も恋愛もあらゆる局面において、「言葉のオーディション」に勝ち抜いていかなければならない。なぜならば、言葉を駆使することで他者とのコミュニケーションが生まれるからである。

言葉を意識しない全人類が読むべき

『コピーライターじゃなくても知っておきたい心をつかむ超言葉術』(ダイヤモンド社)は、今まで言葉を意識せずに生きてきた全人類に読んでもらいたい本である。

本著は冒頭、夏目漱石のあるエピソードから入る。英語教師をしていた漱石は生前、「I LOVE YOU」という英文を「月が綺麗ですね」と訳していたとされている。

そんな都市伝説を引用しながら、著者は読者に問いかける。「あなたなら、『I LOVE YOU』をどう訳しますか?」と。

私ならば、どのように訳すだろうか。おそらく「あなたを思うと、いつも気が狂いそうになります」という重めな表現一択なのだが、いずれにせよ人柄が表れる。

さらに著者は、「伝わる」ということは、すなわち「思い出せる」ということが重要であると語っている。例えば大人数が一堂に会し、それぞれが自己紹介してしばらく経過した頃、「そうだ、あの人ならきっとそれについて知っているはずだ」と思い出せるキャラであるということ

それこそが、自分という存在が相手に「伝わった」ということになるのではないかと言うのだ。たしかにその仮説に基づけば、私の「お尻チェリーガール」の一件にも納得がいく。

あの時、お尻というパーツに絞って、私という人間を報道陣に覚えてもらおうと思案したのだ。そして結果的に、それがうまくいった。その項では、このような一文が続く。

「あれもこれもと足し算するように伝えると、『書かないと不安なのかな』と見る相手も本能的に感じとる。自分の特徴を洗い出して、足して、足して、足して、勇気をもって思い切り引き算する。」(25ページより引用)

いわば「保険かけすぎ」状態はNGだと著者は言う。これは、すなわち「生きる」という行為と同義語なのではないだろうか。

大人は「言葉の持つ力」を学び直すべき

例えば恋愛において、「私はあなたの優しくて賢くて頭が良くて皮肉屋な部分が好き」と言われるよりも、「私はあなたの皮肉屋なところが好き」と言われたほうが、よほど嬉しい。

そのほうが、ストレートに気持ちが伝わる。

愛の告白だって、仕事の営業だって、どれだけ少ない"手数"で的確に相手に思いを伝えられるかが勝負なのである。もちろん、その中にも微細な感情のヒダを織り込み、相手の感情に訴えかけられるオリジナリティが必要だ。

こうした絶妙なニュアンスは、義務教育で満足に教えてくれるものではない。だからこそ大人は、もう一度「言葉の持つ力」について学ぶ必要があるのだと思う。

本著には、「痒いところまで手が届く」言葉の知恵と実用的なライフハックが詰まっている。著者が、コピーライターとして日々真剣に"言葉"と向き合っている阿部広太郎さんであるという点も申し分ない。

この本のタイトルにある通り、まさに我々は今「言葉術」が求められる時代を生きている。

さらにSNSが発展する今、デジタルな文字で自分の人となりを表現する必要があるという点においても「1億総コピーライター」時代といって過言ではない。言葉を制するものだけが自分の人生を生き抜くことができるのだと、本著は教えてくれた。