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初恋、初体験、結婚、就職、出産、閉経、死別……。
人生のなかで重要な「節目」ほど、意外とさらりとやってきます。
そこに芽生える、悩み、葛藤、自信、その他の感情について
気鋭の文筆家、岡田育さんがみずからの体験をもとに綴ります。
「女の節目」は、みな同じ。「女の人生」は、人それぞれ。
誕生から死に至るまでの暮らしの中での「わたくしごと」、
女性にとっての「節目」を、時系列で追う連載です。
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二十歳過ぎれば、ただの人

自分の価値は、自分で決める、自分が決める。子供の頃はそう思っていた。進歩的な家庭教育の賜物であるとも言えるし、井の中の蛙、幼さゆえの思い上がりであるとも言える。 たとえば子供の頃のほうが、テストの点数をずっと気にしていた。私にはこの漢字テストで100点満点を取る力がある。私は私の価値をそう認識している。けれど実際には取れない。どうしてそんなことが起こるのだろう? 私の能力はもともと90点分しかなくて、足りない10点分の価値は、私が見誤っていたのだろうか? なぜだ、なぜなのだ……!

大人になった今は、小学生でも間違えないような計算ができなかったり、中学生のとき暗記した世界戦争について何一つ憶えていなかったり、赤点で廊下に立たされるような出来事がいくら続いたって、結構へっちゃらである。泣きたくなるほどへっちゃらで、だからヘラヘラ笑っていられる。神童や天才児だったわけでもないのだから、満点なんて取れてもマグレのうちだ。過去の出来事についてもそんなふうに考えが改まった。

自分が愚かな怠け者であること、ちょっと何か身につけても全部ザルのように抜け落ちてしまうこと、同じ失敗を繰り返すこと、隣の誰かよりも劣っていると思い知ること、そのどれもが、許せなかった幼い一時期がある。本来ならば100点満点が取れたはずなのに、いったい何が私の価値を減じさせたのだろうか? と考えて、漠然と他者に責任転嫁することもしょっちゅうだった。

自分の価値は、自分で決める。自分がどんな人間かは、自分が一番よくわかっている。物心ついて、自意識が肥大し、上り調子でそんなふうに考えている時期がたしかにあった。ずっと右肩上がりだったその線グラフが、ポキリと折れた瞬間もあった。折れてみた後で初めて、今まで登っていた坂道がピークを迎えたのだと気づく。

あねさんと生徒会長

女子校の文化祭は部外者の入場を厳しく取り締まり、在校生の署名入りチケットがないと校門をくぐることも許されない。色気付いた生徒たちは、家族や親戚の分だと偽って発行したチケットを、恋人や男友達に渡して招待する。我々その他大勢の生徒はとくに呼ぶ相手もいないのでチケットを余らせてしまい、彼氏持ちから「どうせ使わないなら」無記名のまま譲ってほしいとせがまれる。こうして非モテが定量化される。もちろんタダでとは言わない。こうして非モテは換金もされる。

誰か雌のリア充の手に渡ったチケットが校外の誰か雄のリア充に手渡され、文化祭当日は結構な数の血気盛んな男子たちが、禁を破って女子校構内をうろつくこととなる。高校一年生のときの文化祭といえば、私は文芸部の部長として展示の設営や接客、同人誌の頒布に追われて忙しく過ごしていた。そしてその合間に、生まれて初めて他校の男子にナンパされた。

雌のリア充から雄のリア充の手に渡ったチケットが、巡り巡ってダブついて、どこかで非リア充の雄にも行き渡ったのだろう。という感じの男子だった。詰襟の着こなしは可もなく不可もなく、黒髪に眼鏡で勤勉そうな、ごく普通の冴えない男子高生だった。ルーズソックスもうまく履きこなせていない冴えない女子高生だった私に言われたくないだろうが、彼が私に目をつけたのも、何となく理解できる。

自信満々の笑顔とともに私を呼び止めたその男子高校生は、まず懐から名刺を差し出した。名前の左上には、とある有名な大学の、聞いたことがない付属高校の、生徒会長であると書いてあった。我が校の文化祭もちょうど近々開催なので、今日は「取材」に来たのだと、彼は言った。背後にはもう二人の男子生徒がいて、おそらくは副会長と書記だったりするのだろう。

三人組の男子に文芸部の展示を適当に解説して回った後、なかなか立ち去ろうとしない生徒会長が、「取材のお礼に我が校の文化祭へも招待したいので、連絡先をくれないか」と言ってきた。仕方なく、適当な紙に自宅の電話番号を書いて渡した。控え室でメモを作っていると、休憩中の後輩たちが目を輝かせながら「先輩、今の人にナンパされたんスか!」「どこの高校ですか! デートするんですか!」「電話番号、渡すんスかああああ!」と食いついてきた。

そのとき急に、素っ裸で往来に立たされたような恥ずかしさが襲ってきたのを、よく憶えている。

当時の私は自分自身のことを、男でも女でもない存在だと思っていた。制服以外でスカートを穿く機会はなかったし、靴やカバンなどもメンズブランドをよく買って、カラオケでは男性ボーカルばかり歌っていた。男になりたいとか男物が好きだというのではなく、女になれないし女物に違和感があったから、そうなった。

女子校生活が10年も続けば、よほど注意深く「女の子らしさ」を維持しない限り、自然と性別があやふやになる。学内では心にサラシを巻いて「男役」として振る舞っていた。そのほうが生きやすかったからだ。私と同じく、あまりの男っ気のなさに自分が女であることを忘れてしまったような後輩たちに聞かれた「ナンパされたんスか!」は、そのサラシがほどけていくような言葉だった。

恋とは似て非なるもの

ああそうか、本物の人間の雄がやって来て、雌としての私を値踏みして、それで連絡先を交換しようというのだな。これは、女子校の中で「男役」である私の下駄箱に同性の後輩たちがラブレターを投げ入れるのとは、別の現象なのだ。不思議な感覚だった。

自分ではまったく受けたつもりのない試験の、合格通知だけをいきなりもらったような気分である。周囲は祝福してくれるが、何を喜んでいいのかわからない。100点満点を取るなんてすごいわね、と言われたって、私にはそもそも、自己採点の基準がない。「男役」としてのポテンシャルは自覚していたけれど、「女」としての価値を自分で測定してみたことがなかった。

普段は滅多に接する機会のない同世代の男子と偶然親しくなって、見知らぬ学校の文化祭に誘われる。そのこと自体はとてもワクワクする。声を掛けてもらって嬉しかったし、行ったら楽しいに違いない。恥ずかしく思ったのは、別のところだった。ここで私は、この男の品定めに女として応じたことになる。他者に決められた自分の価値を、承諾することになる。

ああそうか、学校で繰り返し受けさせられるテストも、素人がアイドルに生まれ変わるというオーディションも、トレンディドラマで観る恋愛も、全部、そういうことだったのか。私の価値を、私以外の誰かが決める。人生はその繰り返しなのだ。100点満点が取れるかどうかを決めるのは、私自身じゃなくて、私のことをまったく知らない、別の誰かなんだ。

そう思った途端に、恥ずかしくて顔が赤くなったのは、自分がその年齢になるまで、そんな世の中の仕組みにほとんど無自覚でいたからだ。後輩たちがはやしたてるように、そのナンパな生徒会長が異性としてカッコよかったからではない。いやむしろ、そこまでカッコよくないから赤面した。えー、あいつに決められたらたまったもんじゃねーよぉー!

まだ携帯電話もない時代、流行りのポケベルも持っていなかった。何度か自宅に電話がかかってきて、そのたびに大騒ぎして親から受話器を奪い取り、少し話をしてから切った。もう連絡してこないでほしい、と私から断りの電話を入れたのは、新宿西口の公衆電話からだった。ドキドキしながら初めてこちらから電話を掛けると、向こうの家でもまったく同じ、親と子の大騒ぎが起きていた。

これ以上、あなたの求めには応じられない。くどくど伝えると、「そうですか、わかりました」と言って、あっけなく電話は切れた。彼はあちこちの文化祭で、もっと大勢の女の子に数えきれないほどの名刺を配っていて、自分はそのうちの一人に過ぎないのだということがよくわかった。向こうはただ、手当たり次第に女子をナンパしただけだ。自分から積極的に電話もしてこなかった私のことなど、メモに走り書きした名前さえ忘れて応対していたかもしれないのだった。

かくして、デートもキスもセックスも何もなく、ただただ「ナンパ」の象徴としてのみ、この男は私の人生に一石を投じたのである。同時期に、もっとずっと好きになった片想いの相手というのもいるのだが、そんな「節目」は私だけのものとして取っておく。

大人になるほど、わからない

この生徒会長を境に、あちこちで「ナンパ」を受けては、「私の価値が、この男に決められることを、承諾できるだろうか?」と我が身に問うてきた。自分から惚れ込んで好きになった男の子に、自分の価値を少しでも高く見せたい、40点分しかない能力を120点くらいだと錯覚させたい、と思い悩んでいるときの気持ちとは、まるで正反対の冷たい感情だった。君が何者でも構わないから、僕に束の間の楽しみを提供してくれ、とお茶に誘ってくるのが、ナンパの基本姿勢だ。生涯を共にする運命の相手を探す男など、道端には滅多にいない。

その後、大学へ進学すると、今でいう「意識高い」系の学生がうじゃうじゃ集まっていて、校章や校旗の図版、サークルの肩書きなんかを刷り込んだ手作り名刺を持ち歩いては、社会人の真似事をして配り合っていた。私は彼らのことが大嫌いだった。どうしてまだ学生のくせに、誰彼構わず名刺を渡すんだ。本当にその人と深く知り合いたいと思っているなら、相手の価値基準に合わせて個別に柔軟にアプローチを変えていくべきだろう。自分でもわからない自分のことを、ゼロから丸ごと理解してもらえるように。

自分で自分の価値を決められると考える、あらかじめ価値を釣り上げて売り出すことができると考える、オールマイティーの最強札を持っていると信じて疑っていない人が、見知らぬ女の子たちに、まず生徒会長の名刺を出す。そして「僕に選ばれた君が、僕の価値を決めてくれていいんだよ!」と言うのだけど、よく考えてみるとその物言いは、初手から他者による相対評価に聞く耳持たない態度である。

自分の価値は、必ずしも自分だけで決められるわけではない。あちこちで好き勝手に値踏みされ、品定めされて、自分でもびっくりするような評価が、ついたりつかなかったりする。自分のことは自分が一番よくわかっている、なんて幻想なんだな、と思った。他人からどんなふうに見えているかなんて、わかっているようで、わかっていない。そして、お互いに対する認識のズレを手探りで少しずつ調整して合わせていく作業は、おそろしく手間がかかる。

「ナンパ」を境にすっかり自分の絶対的価値がわからなくなってしまった私は、初めて会う人に手渡す名刺に、何をどこまで刷り込めばよいのか、大人になった今でも、よくわからない。他者に価値を判断してもらう、そんな行為のやりとりを意識しすぎたせいか、高校一年生くらいから突然、試験でやたらと緊張するようになり、成績が下がった。「私なら、きっと満点が取れるに違いない」とテストに臨んでいた子供の頃の無根拠な自信を、今は懐かしく感じるばかりである。

<今回の住まい>
五人家族で住む小さな一軒家で、犬を飼い始めたのはこの頃だった。妹がどうしてもと欲しがって連れてきた小さな仔犬が、ぐんぐん大きくなって最終的には老いた父親のよき相棒となり、数年前、大往生した。普段は幸福そうにおとなしく寝てばかりいるのだが、数年に一度、散歩のときにド派手な大脱走を試みるという不思議な癖を持っていた。玄関先の壁紙をかじってボロボロにしたこともある。映画『ショーシャンクの空に』を観ると彼のことを思い出す。

<著者プロフィール>
岡田育
1980年東京生まれ。編集者、文筆家。老舗出版社で婦人雑誌や文芸書の編集に携わり、退社後はWEB媒体を中心にエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』『嫁へ行くつもりじゃなかった』、連載に「天国飯と地獄耳」ほか。紙媒体とインターネットをこよなく愛する文化系WEB女子。CX系の情報番組『とくダネ!』コメンテーターも務める。

イラスト: 安海