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初恋、初体験、結婚、就職、出産、閉経、死別……。
人生のなかで重要な「節目」ほど、意外とさらりとやってきます。
そこに芽生える、悩み、葛藤、自信、その他の感情について
気鋭の文筆家、岡田育さんがみずからの体験をもとに綴ります。
「女の節目」は、みな同じ。「女の人生」は、人それぞれ。
誕生から死に至るまでの暮らしの中での「わたくしごと」、
女性にとっての「節目」を、時系列で追う連載です。
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イケナイコトカイ?

片方の手のひらにすっぽり隠れる大きさの小さなオモチャを、ふと思い立って盗もうとしたことがある。大手製薬会社のノベルティで、水色のプラスチック製、用途は忘れたが平べったいハート形をしていた。特別に欲しかったわけではない。友達の家で遊んでいるとき、一人きりになるタイミングがあった。今のうちに部屋にある何かを盗んで持ち去っても、誰にも気づかれない。今なら「完全犯罪」が可能なのだと気づいて、つい実践してみたくなったのだ。

下着の中に隠そうと、試しにパンツのゴムに挟んでみると、プラスチックの肌触りはひんやり冷たく、立ち上がって歩く前につるつると動いた。こんな不安定なものを身につけて、親の迎えが来るまで素知らぬ顔で過ごすのは難しそうだ。諦めかけたところへ友達が戻ってきた。もう服の下からオモチャを取り出せない。口から心臓が飛び出しそうになった。それから、おそろしく不自然な体勢でトイレに立ち、鍵のかかった個室でオモチャをスカートのポケットへしまいなおし、どうにか元あった場所へ戻すまでの数十分間、生きた心地がしなかった。

あれは9歳か10歳の頃だろうか。一度でいいから自分も「盗み」をしてみたかったのだ。怪人二十面相にアルセーヌ・ルパン、あるいは『キャッツ・アイ』に『怪盗ルビイ』。スリル満点の大仕事をやり遂げる大泥棒は、いつだって子供のヒーローである。衆人環視の前でボールを消し去ったり、ハンカチを抜き取って花束に変えてみせたりするマジシャンにも憧れた。他者を出し抜くあざやかな手口。私だけが知る秘密のカラクリ。そんなものが欲しかった。水色のオモチャを掌中にすることで、手に入る気がしていた。

でも、実際の私は不器用で浅はかで小心者で、大胆不敵な怪盗や義賊、あるいは魔術師とは、まったく違う人間だと思い知った。オモチャを隠し持ったまま、堂々と顔を上げることすらできない。怖かった。友達にバレることや、警察に捕まることより、「自分の手に負えないことをしでかしてしまった」のが怖かった。

もっとうんと幼い頃から、遅刻の言い訳をでっちあげたり、仮病を使ったりすることはあった。周囲の大人が取り合わずに聞き流した小さな嘘については、罪の意識などまったく持っていない。一方で妙に馬鹿正直なところがあり、知ったかぶりや見て見ぬフリができずに「そんなことしちゃいけないんだよー」と他者を咎めては、級友に煙たがられていた。

水色のオモチャの窃盗は、私が生まれて初めて「罪」だと自覚して、それでもした、イケナイコトだ。実際の成功失敗に関わらず、友達の家からは価値ある品物が損なわれ、私の心からも何か大事なものが奪われて、たとえ品物を戻したところで「二度と取り返しがつかない」のがわかった。誰も傷つけない仮病や遅刻の言い訳とは違う。「罪」の味は自分の舌にこそ苦かった。

テレクラモグラネグラ

小学校高学年になると、新たな犯罪に手を染めるようになった。今度は組織的かつ計画的な犯行だ。同じクラスの友達と数名で、公衆電話からダイヤルQ2のツーショットダイヤルにアクセスし、素性を偽って電話口に出てきた大人の男性客と会話してデートにこぎつけ、待ち合わせ場所に現れた人物を物陰から特定して嘲笑う。スケベ心を丸出しにした大人がのこのこ顔を出したところを懲らしめる、この遊びを「もぐら叩き」といったような隠語で呼んでいた。

要するにテレクラを使った「釣り」である。ツーショットダイヤルとは、女性客は無料、男性客は有料で電話を掛け、見ず知らずの相手と一対一の会話を楽しむサービスのこと。当時、さまざまな犯罪の温床として社会問題となっていた。援助交際という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)する前、1991年頃のことだ。

揃いのランドセルを背負った私たちは、街中で配られる卑猥な色のビラを片手に、この「タダで遊べる暇潰し」に興じた。途中で子供のいたずらとバレれば、怒った相手は電話をブチ切ってしまう。鼻息荒くいきなりテレフォンセックスを持ちかけてきたり、来週会おうと電話番号を訊きたがる男にも用はない。どれだけ会話を引き延ばし、いかに架空の女性像を信じ込ませ、その日の放課後のうちに指定場所まで呼び出せるかが、ゲームのキモだった。

たとえば我々がでっちあげた「少女」像は、中央線沿線に住む16歳の高校2年生。声が幼いのがコンプレックス。身長は154センチで、背の割に胸は大きいが、スリーサイズは内緒。肩まである髪は生まれつき茶色っぽく、牧瀬里穂に似ていると言われる。都内の女子校に通っているが、バスケ部も授業もサボりがちの劣等生。今日すぐ遊んでくれるお兄さんを探している。年上好きだけど、彼氏にするなら23歳以下限定。ゲームセンターに行きたい、映画はイヤ。制服から私服に着替えて、30分後くらいに渋谷か新宿駅で待ち合わせはどう?

お互いに外見の特徴を伝えあって電話を切り、通学定期券の圏内に住む子だけが指定場所を偵察に行った。待っているのは大抵がどう見ても20代には見えない中年男で、「キショイ! デブじゃん!」「誰が石黒賢似だよ!」などと物陰に隠れてゲラゲラ笑い飛ばす。意外にカッコイイ大学生風の男が来れば、「えっ、あんな人でもカノジョいないんだ、まさか本物の慶應ボーイ?」「でも小学生に騙されてやんのー、バッカでぇー」と、それはそれで大騒ぎである。

待ちぼうけを食らって激昂した大人に見つかれば、捕まって想像を絶する酷い目に遭わされる危険性だってある。しかし実際に現地まで来る男たちはみな「少女」の話を信じ込んでいたから、バレることはなかった。これぞ「完全犯罪」だ。イケナイコトだとわかっていた。それでも、した。すごく楽しかったのだ。

気分はシナリオライター

この遊びを発案したグループの中心人物は、今で言う「脱オタ」組だった。宮崎勤の逮捕以後、オタクに対する世間の風当たりが一気に強くなり、かつて一緒に漫画やアニメにハマッていたはずの級友たちは、いっせいに光GENJIやウッチャンナンチャンなど男性芸能人のファンに転向していった。ちょうど10歳を過ぎて色気付く年頃に重なったのもあるだろう。少女漫画雑誌を捨ててローティーン向けファッション誌を買い、下敷きやラミカの代わりにアクセサリーやコスメを揃えはじめ、「えー、高学年にもなって、まだアニメなんか観てるのー? 生身の男に興味はないの?」と、オタクのまま生き続けることを選んだ我々を蔑んだ。蔑むために、側に置いていた。

ブスでオタクでノロマでダサい私は、彼女たちをピラミッドの底辺から支える引き立て役だ。ドッヂボールでは外野、ドロ警では見張り、トランプでは人数合わせ。対等な立場で発言が許されるのは、この「もぐら叩き」くらいだった。実際の電話口に出るのは仲間内で一番大人っぽい声の子だが、私はその人物設定を練り上げる係として重宝された。「駅での待ち合わせ」に誘い出すなら「クリスマス・エクスプレス」のCMみたいな美少女がいい。もう少し不良っぽく話したほうがエロい。大人向けの小説や漫画を貪り読んでいた私は、男心をそそるリアルな「少女」像を作り出すのに熱中した。

我々は、小学生にしてすでに「女」である自分に価値があることを、それがもう数年後、女子高生や女子大生になったときに最高値をマークすることを、ちゃんとわかっていた。冴えない男を往来でビンタしたり、熱烈なプロポーズをこっぴどく拒絶したり、出世街道やお立ち台や玉の輿に乗って高笑いしたり、そんなトレンディドラマに描かれる「女」たちのように。急ぎ足で大人の階段を上りはじめた我々にとって、これは「生身の男を手玉に取る」快感を手軽に味わえるゲームだった。

コロッと騙された大人の男を「バカだなぁ」「ざまあみろ」と声に出して笑うとき、復讐心が満たされるような気持ちもあった。制服を着て電車通学していると、朝の満員電車でほとんど毎日のように痴漢被害に遭う。どんなにちゃんとした格好の大人でも、一皮剥けば人間のクズだ。痴漢と同じくスケベ心に翻弄される男どもを笑いながら、「騙される大人が悪い」と思った。待ち合わせをすっぽかされるなんて、よくあることでしょ? 見ず知らずの「女子高生」と約束して、いきなりデートしてエッチなことできると思ってるほうが、頭おかしいんじゃないですか?

マリア様がみてる

街中の電話ボックスに小学生が長時間たむろしていると目立つので、校舎の玄関ホールにある公衆電話を使うことが多かった。ホールの奥には聖母子像が鎮座していて、その眼差しに見つめられながら「性」を売り物に「罪」に手を染めるのは痛快だった。おい、神様、裁けるもんなら裁いてみろよ。そんなふうにも思った。

母校では、善悪の判断基準はつねに神の子イエズス・キリストとともにある。教師たちは校則にもとづき生徒を指導したが、道徳の授業を受け持つ修道女たちは、服装の乱れから不正行為まで、「神様は、あなたがたの犯した過ちを悲しんでおられます」とだけ教え諭した。これがどうにもモヤモヤする。人と人の間で定められたルールを破れば「罪」に「罰」が与えられる、という理屈はわかる。しかし「神様が悲しむ」と言われたって、ちっとも心に響かない。

ちょうど同じ頃、保健体育の授業で性教育が始まった。キリスト教においては、出産時に女が味わう痛みは、アダムとイヴが犯した原罪への罰とされる。毎月毎月、股の間から血が流れるのが「赤ちゃんを産むための準備」ならば、これもまた私たちが耐えるべき「罰」なのか、と思った。男性顔負けの自立心を養い、勤勉を是として社会進出が奨励される校風の中で、「女は、女であるというだけで、あらかじめ汚れた罪深い存在である」という価値観もまた刷り込まれていった。

ブスでオタクでノロマでダサい。女子校生活の時点でピラミッドの底辺にいる私は、卒業したらもっと大きな男女混合ピラミッドの、最底辺の最底辺まで落ちるだろう。そりゃあ勉強は頑張るけど、「女」ってだけで背負うハンデが多すぎやしないか。修道女の話を聞き、聖書を読めば読むほど、「どうせ、いずれは地獄に堕ちる身だ」としか考えられなくなっていた。

理由なき反抗。禁じられた遊び。大人に言わない秘密を持つこと。強者を出し抜き、逆手に取って利用すること。あの頃の私たちが夢中になったのは、そんなゲームだ。「高学年にもなって、まだアニメなんか観てるの?」と私を嘲笑った級友のように、私は、過去の自分を嘲笑っていた。友達の家でプラスチックのオモチャを盗んだくらいでドキドキしてたなんて、とんだお子様ね! 「罪」とは、「二度と取り返しがつかない」こと。それはいったい何だろう。待ちぼうけを食らわされた男たちがロスした時間のことなんかどうでもいい。私たち自身が、イケナイコトをして、それを楽しんで、永遠に失うものって何だろう?

それは、幼く無垢でいられた子供時代、そのものだよ……。タイムマシンに乗ってそんな模範解答を伝えに行ったところで、反社会行為に夢中のガキどもからは「ハァ? バッカじゃないの?」と笑い飛ばされるに決まっている。当時の我々にとって、それは宝物なんかじゃなく、むしろ、何よりも早く手放したいものだった。親が選んだ子供服を脱ぎ散らかすように、とっとと捨てたくてたまらなかった。「じゃあ、大人になることは、罪なの?」と問い返されたとき、どんな顔をしたらいいのか、私にはまだその答えがわからない。

<今回の住まい>
ダイヤルQ2のアダルトチャンネルが爆発的人気を博したのは「自宅の固定電話から店舗型テレクラと同じことができる」からだったという。1991年、我が家の電話は、ジーコジーコとダイヤルを回す黒電話だった。というか、最初にネット回線を引き込んだ後も、21世紀になっても、電話は黒電話だった。壁から伸びた電話線を手繰って、子供部屋の入り口まで引っ張るのが精一杯だった。コードレス電話の子機を自分専用として使っている子が大層羨ましかったものだ。

<著者プロフィール>
岡田育
1980年東京生まれ。編集者、文筆家。老舗出版社で婦人雑誌や文芸書の編集に携わり、退社後はWEB媒体を中心にエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』『嫁へ行くつもりじゃなかった』、連載に「天国飯と地獄耳」ほか。紙媒体とインターネットをこよなく愛する文化系WEB女子。CX系の情報番組『とくダネ!』コメンテーターも務める。

イラスト: 安海