前回は農業融資について解説いたしました。今回はコベナンツについて取り上げます。
新聞・雑誌をはじめとした報道では、コベナンツという言葉に対し財務制限条項が訳語として当てられることが多いです。筆者は「資金供給者側のリスク負担の前提が覆ることを防ぐために、企業行動を一定の範囲内に制限し、かつ、継続的にモニタリングできるようにするための約束事」だと理解しています。コベナンツに関する教科書『財務制限条項の実態・影響・役割―債務契約における会計情報の活用』の冒頭のはしがきでは、「本書で取り扱うものは、財務制限条項と呼ばれる「約束事」である。これは、企業間の債務契約に設定されるもので、簡潔に言えば、資金の貸し手が借り手に対して「してほしいこと」あるいは「してほしくないこと」を表現したものである」と紹介されています。さらに詳しく見ていきましょう。
続けて上記の教科書から引用します。「財務制限条項(financial covenant)とは、債務契約に付される「約束事・誓約」(covenant)のうち、特に借り手企業の財務諸表ないし会計情報に依拠したものを指す。融資機関(債権者)は、貸出債権の安全性を確保すると同時に、借り手企業の財務健全性を客観的に判断・把握することを目的に財務制限条項を活用する」と書かれており、コベナンツという言葉は財務制限条項よりも広い概念であることが理解できます。日本証券業協会が2024年7月に公表した『「社債市場の活性化に向けたインフラ整備に関するワーキング・グループ」報告書』においても、コベナンツは社債の「発行会社に課せられた一定の義務や誓約」だと述べられています。
コベナンツの内容については先述の報告書の中でコンパクトにまとめられており、教科書の内容も加味した上で、3パターンに分類できると考えられます。
【1】借り手企業の特定の行為を制限し、債務履行能力の低下を防ぐことを企図する「インカランスコベナンツ」
【2】社債権者の投資判断に重大な影響を及ぼす事象が生じた場合に、借り手企業に対し債権者へ報告を行う義務を課す「レポーティングコベナンツ」
【3】一定の財務指標の維持を求める「財務維持コベナンツ」
報告書によれば、インカランスコベナンツの代表例は「担保提供制限」「負債の制限」「支払制限」「投資等の制限」「資産の処分に関する制限」「関連当事者との取引に関する制限」「チェンジオブコントロール条項」です。エクイティファイナンスで求められることがある内容も含まれています。レポーティングコベナンツは、「期限の利益の喪失事由」「経営・業況の重大な変化」「財産・資産の変化」等の特定の事象が発生した場合の迅速な報告、コベナンツの対象となる財務指標の定期的な報告(有価証券報告書等による開示)を義務付けます。
財務維持コベナンツについては教科書に例示されており、「純資産維持」「利益維持」「有利子負債関連」が挙げられている外、変わり種では「在庫回転日数」を基準にすることもあります。有利子負債関連指標について掘り下げると、「EBITDA倍率」「残高」「負債比率」「ICR(インタレスト・カバレッジ・レシオ)」「DSCR(デット・サービス・カバレッジ・レシオ)」が利用されます。
借り手企業がコベナンツに抵触した際の対応として、報告書では「期限の利益の喪失」「繰上償還」「利率の引上げ」「ウェイバー(権利放棄)」の4つの対応が挙げられていますが、実務ではパターン分けが多く複雑になるので、今回の記事では説明を割愛します。
昨今コベナンツに関する議論に触れる機会が増えたのは、社債市場を活性化したいという動きがあることに伴い、直接金融と間接金融との間に債権者保護の観点で格差が存在することが課題視されているからです。2023年4月にユニゾホールディングスの社債がデフォルトした事案もディスカッションの契機となっています。報告書では社債コベナンツとローンコベナンツという用語が提示されていますが、社債間限定同順位の担保提供制限条項のみが付与されていた社債と、シンジケートローンの事例で顕著ですが多様なコベナンツが付与されてきた融資との間に差異があり、融資の債権者に社債権者が劣後している状況が従来の姿でした。
公募の領域では社債の投資家を保護する方向に議論が進んでいますが、私募の領域ではコベナンツライトを志向する金融商品(Siiibo証券が提供する私募社債)も登場しています。特にスタートアップにおいてはコベナンツの実効性を確保すること自体が困難であり、信用リスクはコベナンツ以外の手段でカバーする方が合理的であるという考え方が採用されています。起業家のニーズが満たされており、資金調達の選択肢が広がってきたと言えるでしょう。
企業行動に制約を受けるイメージが強くなりがちなコベナンツですが、設定することで金利を優遇する融資商品を用意している金融機関も存在します。コベナンツを上手に活用すれば企業側も利益を享受できる可能性があるので、過度に忌避しないことをお薦めします。
コベナンツに関する説明は以上です。次回はシンジケートローンについて情報を整理します。
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