前回はデットファイナンスの最新動向を解説いたしました。今回は、2010年代のデットファイナンスのベストプラクティスと2020年代への応用というテーマで情報をまとめます。バブル崩壊、阪神・淡路大震災、リーマンショック、東日本大震災等の経験を踏まえた上で、財務担当者として避けたい事態は3つあると考えます。「貸し剥がし」「過度な経営者保証」「全国的な信用収縮」です。それぞれについて見ていきます。

貸し剥がし

運転資金を短期の手形融資で借り換え続けていたり、当座貸越の期限を延長し続けることで調達していた場合、融資期間中の元本の分割返済(約定弁済)がなく資金繰りが楽になるメリットがありますが、契約期間の満了に伴う資金の引き上げに対して脆弱となります。運転資金の一部を長期融資で手当てすれば、短期融資の借り換え時に減額となるケースでも融資残高がいきなりゼロにはならないので、影響を緩和することができます。契約期間が長くなれば、次回の融資に向けての交渉期間も十分に確保することができるので、将来の見通しが立てやすくなります。

また、取引先の金融機関がひとつの場合は融資交渉の不調がすぐ経営危機に直結するため、複数の金融機関と取引することも財務基盤を強化することに繋がり、貸し剥がしへの対策となります。

過度な経営者保証

経営者個人の返済能力を超えた過度な経営者保証には、弊害があります。日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会を事務局とする「経営者保証に関するガイドライン研究会」から平成25年12月5日に公表された「経営者保証に関するガイドライン」に、経営者保証に依存しない融資を受けるための筋道が示されています。

ガイドラインの中で示されている企業側の行動指針は3点あります。

  1. 法人の業務、経理、資産所有等に関し、法人と経営者の関係を明確に区分・分離し、法人と経営者の間の資金のやりとり(役員報酬・賞与、配当、オーナーへの貸付等をいう)を、社会通念上適切な範囲を超えないも1. とする体制を整備する
  2. 財務状況及び経営成績の改善を通じた 返済能力の向上等により信用力を強化する
  3. 資産負債の状況(経営者のものを含む)、事業計画や業績見通し及びその進捗状況等に関する対象債権者からの情報開示の要請に対して、正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を開示・説明する

一方で、金融機関側の対応として「停止条件又は解除条件付保証契約、ABL、金利の一定の上乗せ等の経営者保証の機能を代替する融資手法のメニューの充実を図ることとする」と書かれています。上記の用語の解説につきましては、ガイドラインの脚注の内容を転記します。

  • 停止条件付保証契約とは主たる債務者が特約条項(コベナンツ)に抵触しない限り保証債務の効力が発生しない保証契約である
  • 解除条件付保証契約とは主たる債務者が特約条項(コベナンツ)を充足する場合は保証債務が効力を失う保証契約である
  • Asset Based Lending 流動資産担保融資

創業融資において無保証のメニューも登場しておりますが、経営者保証付きのプロパー融資や信用保証協会付きの融資はまだまだ一般的です。初回の融資で経営者保証を外すことができなかったケースにおいても、2回目の融資申込以降は企業側から条件改善の要望を金融機関側へ伝え続けることが大事です。その際に企業側が金利の上乗せを許容すれば、保証に関する交渉はスムーズに進みます。

融資の条件改善を目的として、相見積もりの要領で複数の金融機関と取引する方法も有効です。既存の取引先金融機関同士を競わせるよりも、新規取引を検討している金融機関と既存の取引先金融機関を競わせる方が効果的ですので、取引先金融機関を増やす際はチャンスを逃さないようにしましょう。

全国的な信用収縮

天災をはじめとした全国的な信用収縮が発生した際、公的な資金繰り支援は信用保証協会の枠組みを利用することが多いです。信用保証協会の審査は、既に取引があるケースの方が新規申込のケースよりも早いです。有事に備えて、信用保証協会付きの融資の残高を極力減らしながら、取引は維持する取組が求められます。そのためには、平時から融資条件の改善に努めてプロパー融資の割合を増やしておくことが必要です。

信用保証協会の保証は、一般保証、セーフティネット保証(経営安定関連保証)、危機関連保証に大別されます。いつでも申込できる一般保証とは異なり、セーフティネット保証は業績に関する利用条件が定められているのでタイミングが限定されます。危機関連保証は経済産業大臣が指定した期間内に利用する制度で、業績指標も利用条件を満たさなければいけませんので、利用シーンは限られます。セーフティネット保証や危機関連保証の利用ができる場合は、一般保証よりも優先して検討することで、将来的に追加で資金調達できる可能性を残すことができます。

上記の経験則を踏まえた上で中長期的なデットファイナンスの最適解を考えるとき、様々な意見があることに気付きます。代表例として、「低金利時代だから金額面で借りられるだけ借りた方がお得」「元本返済をせずに金利だけを支払う契約形態にした方が資金繰りは楽」「経営者保証をつけると事業が失敗した際に再起不能になるから無保証に拘るべき」といった主張がありますが、あらゆる状況に対応できる唯一解は存在しません。財務担当者が選択するポリシーによって、最適な融資条件が決まります。

貸出金利の下限を目指しつつ融資の金額を最大化したいと考える場合は、約定弁済する短期融資を繰り返す方針がマッチします。金融機関側から見た返済リスクを最小化することで、金利が低くなるように交渉します。貸し剥がしリスクが高いことが難点です。業績の伸びに合わせて融資残高がどのように変化するのかイメージすると、下図のようになります。

  • 短期融資(約定弁済)を繰り返す戦略

元本返済の負担を最小化したいと考える場合は、一括返済する短期融資を繰り返すパターンになります。期中の財務キャッシュフローは楽になりますが、金融機関側から見たリスクが先述のケースと比較して高くなるため、金利は高めになります。貸し剥がしに弱い点は、約定弁済する短期融資を繰り返すケースと同様です。事業成長と融資残高との対応関係は下図のようになります。

  • 短期融資(一括返済)を繰り返す戦略

貸し剥がしと天災への対策を講じつつ徐々に融資条件を改善していきたい場合は、長期融資を積み重ねる戦略になります。契約期間が長い分、短期融資を繰り返すケースよりも金利は高くなります。事業成長に伴う融資残高の変化は下図のようになります。

  • 長期融資を積み重ねる戦略

以上が2010年代のデットファイナンスのベストプラクティスになります。この考え方を2020年代に合わせて深化させるために、2020年から2021年にかけて起きたことをエッセンスとして加えます。

新型コロナウィルス感染症へ対応するために整備された政策パッケージの中で特筆すべきは、天災発生時の資金繰り支援において資金の供給源が3パターンあったことでした。3つの資金供給源は、(1)日本政策金融公庫および沖縄振興開発金融公庫、(2)商工組合中央金庫および日本政策投資銀行、(3)民間金融機関にグループ分けされます。金融機関のグループのそれぞれに対応した融資制度が用意され、返済能力が許す限り、全パターンを同時に利用することができました。

つまり、複数行取引を検討する際、例として日本政策金融公庫と商工組合中央金庫と民間金融機関の3社の組み合わせで融資を受けるかたちにすれば、緊急事態発生時にフルスペックで政府からの支援を受けることが可能になります。当該金融機関との融資契約が存在した企業の方が、融資を新規申込した企業よりも審査が迅速だった点を鑑みても、平時に3グループからの融資を受けて残高を維持しておくことにメリットがありそうです。

3グループの金融機関のうち、最初にアプローチするグループはどのように選べばよいでしょうか。ヒントは、新型コロナウィルス感染症対応融資で借り換えができたケースとできなかったケースを比較することで得られます。

民間金融機関の法人営業担当者にヒアリングしたところ、事業リスクが高くノンバンクから高金利で借り入れをしていたケース、言い換えれば、審査基準が銀行・信用金庫・信用組合とは異なる資金提供者から借りているケースにおいては、借り換えが難しかったとのことです。一方で、創業に関係する制度融資で調達した資金については借り換えが可能でした。金融機関側から見てリスクが高い融資でも、内容を見て借り換えの可否が決められていたと言えます。最初の融資を申し込む金融機関は、日本政策金融公庫でも民間金融機関でも、天災発生時の支援を受けられる点において差異はないです。

筆者の経験では、創業後の累積赤字が蓄積している期間に追加融資を受ける際、民間金融機関よりも日本政策金融公庫の方が間口は広い印象を持っています。謂わば、日本政策金融公庫は中小企業にとって最後の貸し手であり、業績悪化時に融資による追加の資金調達の可能性を残したいと考えるならば、創業融資は民間金融機関から調達して次に日本政策金融公庫から借りるという順序を推奨します。別の観点で、無保証の融資条件に拘りたい場合は、創業融資は日本政策金融公庫から借り2回目は民間金融機関もしくは商工組合中央金庫から借りるという順序になります。繰り返しになりますが、融資において何を重視するかによって戦略が異なってくるのです。

筆者が考えるデットファイナンスのベストプラクティスに関する説明は以上です。次回はカウベル効果について紹介します。