今回は、新規事業プロジェクトメンバー発令の場面で、後ろ向きな反応の部下への対応CASEから考えていこう。
パワハラやセクハラなどハラスメント防止の法整備が進むなか、企業には貴重な人材の採用・定着・育成を進める前提条件として、ハラスメントのない職場づくりが求められる。しかし、多くの上司層は、アンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)などから、意図せずハラスメント・リスクを犯しがちだ。また、ハラスメントの指摘を恐れ、上司と部下のコミュニケーションが希薄化し、かえってハラスメント・リスクが高まる傾向も懸念されている。
そこで、経営者・管理者には、ニューノーマル時代の「上司力」の一つとして、ハラスメント予防の心得と方法を身につけることが不可欠となる。本シリーズでは、上司が職場で当面しがちな場面事例をもとに、ハラスメント・リスクにいかに適切に対応するか、実践的に検討する。 今回は、新規事業プロジェクトメンバー発令の場面で、後ろ向きな反応の部下への対応CASEから考えていこう。
CASE「社員の義務を果たしなさい!」
【上司】(チームの定例ミーティングにて)「先日の経営幹部会議で新規事業プロジェクトの実施が決まった。会社の命運を左右する大きな仕事だ! ついては、AさんとB君にメンバーとして加わってほしい。来週早々にも第1回会議があるので、よろしく頼むよ」
【Aさん】「新規プロジェクトの噂は聞いていましたが、まさか自分が加わるとは考えていませんでした。新たな担当を持つには、不安があるのですが……」
【上司】「そんな消極的なことでは困るな。会社命令なわけだから、前向きに取り組んでもらいわないと」
【Aさん】「でも、私に務まるでしょうか。今の担当業務もそれぞれ大事な節目の時期で、早々には手放せませんし。新たな事業の趣旨もよく伺っていませんので……」
【上司】(声を荒げて)「君はいつもそうした後ろ向きな発言が多いな。このチームに大きな期待がかかっていることがわからないのか! 自分のことしか考えない無責任な態度は問題だぞ。ちゃんと給料をもらっているんだから、社員としての義務や責任を果たすのは当然だろう」
【Aさん】「……(そんな言い方、ひどい!)……」
《解説》
経営層が、新規事業実施の意思決定を行った。所管の管理職の立場なら、社運を賭けたプロジェクトの一翼を担うのは、自分にとってもチームとしても名誉なことだ。そこで上司のあなたは、将来を見込んだ部下を抜擢し、チーム内の体制を整え、円滑なスタートを切ろうとした。
しかし、意中の部下からは消極的な反応が返ってきた。あなたは心穏やかではないが、会社命令なので速やかに対応しなければと考える。他の部下へ示しもつかないため、消極的な部下を強く叱責し翻意を促したが……。
ハラスメント・リスク
やや極端な事例に感じられたかもしれない。しかし、こうした言動には至らないまでも、この上司のような心情を抱いた経験はないだろうか。この事例のように、自分が前のめりになっていたり、思いが強い場合など、とっさに部下を叱責しがちだ。
しかし、この事例の状況で、部下に対し声を荒げて「いつも後ろ向きだ」「自分勝手だ」と述べるのは不適切である。特に、メンバーの前で相手の人格を傷つけたり侮辱する言葉を使うことは、「精神的な攻撃(脅迫、名誉棄損、侮辱、ひどい暴言)」のハラスメントにあたると指摘される恐れがある。そうでなくても、部下とのその後の信頼関係を傷つけるものだ。
上司の依頼に対し、部下は不安を投げかけている。したがって、ここで相手の姿勢を「やる気がない」と決めつけ、一方的に叱責するのは拙速だ。
上司のアンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)
このケースで、上司が部下に不快な感情を覚え、ハラスメントと受けとられる発言をしがちな背景には、上司の仕事や部下に対するアンコンシャス・バイアスが考えられる。
「会社や上司が指示した仕事を重んじ、精励するのが部下の務め」「どんな仕事にもまず前向きに取り組むのが、会社員の義務」といった固定観念だ。また、「今どきの社員は、自分がやりたい仕事しかやろうとしない」「新たな仕事は負担と考え避けたがる」といった無意識の偏見も考えられる。
しかし、こうした上司が長らく培ってきた価値観は、部下側の真意や感覚とズレている可能性があり、事例のようなハラスメント・リスクに発展する場合が考えられる。では、部下の言動はどのような価値観によるものなのだろうか。
(1)新たな仕事の意味や目的をきちんと理解したい
そもそも人は、往々にして新しいことに対する不安を抱くものだ。また上からの指示命令に単に従うだけでは、本当によい仕事は担えず、成長も望めない。優秀な社員ほど、仕事の目的をしっかり理解したうえで創意工夫をしようと考えている。
CASEの部下【Aさん】は、新たな仕事を頭から拒否してはいない。そこで、「新規事業がどういう経緯と目的で決まったのか」「自分が担う意味は何なのか」を知り、不安を払拭したいと考えている可能性がある。
特に近年の若手は、社会貢献意識の高さから仕事の意味を問う傾向が高まっている。また終身雇用が保証されないなかで、自分のキャリアにとっての仕事の意味を上司世代以上に真剣に考えていることも考慮すべきだろう。
(2)現在進めている仕事と上手に調整したい
また、本人にとっては、現在自分が担っている仕事と新たな仕事との関係づけや、優先順位などを整理することも必要になる。「新たな仕事を担当するには不安もある」との発言には、自分のなかでうまく両立できるかどうかの見通しを持てなければ、責任をもって引き受けられないという気持ちを読み取ることもできる。
何のリアクションもなく安易に引き受けてしまう姿勢に比べ、むしろ慎重で信頼できる態度とも考えられるだろう。
ハラスメント予防の心構え(あり方を定める)
(1)仕事の目的を共有する
上司がとるべき行動の第一は、新しい仕事の目的を部下と十分に共有することだ。組織がどのような社会貢献や顧客貢献への理念や方針をもっているのか。いま組織を取り巻く経営環境や顧客ニーズをどうとらえているか。そのうえで、今回の新規事業がどんな意味や目的をもち、どのような経緯で決定されたのか、丁寧に伝えることだ。
何よりもまず、上司自身がこの点をしっかり理解し、納得していることが大事になる。
(2)仕事・役割に動機づける
行動の第二は、新たな仕事がチームにとってどのような意味をもつか、さらに、本人のキャリアにとってどのような位置づけの仕事となるのか、上司としての考え方や期待をしっかり述べることだ。
本人が自分だから挑戦すべき仕事として納得でき、自分の成長にとってもプラスに感じられるように、内発的に動機づけることが大切である。その上で、新たな仕事と今の仕事との関係づけや優先順位など本人が悩んでいるなら相談に乗り、必要な調整を図ることも大事になる。
日常的な予防を図る(やり方を変える)
(1)日頃から部下の仕事と思いを把握する
この事例は、経営層からの指示をきっかけに生じた課題だが、大切なことは、上司が日頃から部下の仕事の状況や興味や関心などを把握しておくことだ。定例ミーティングなどで仕事の進捗状況や課題を把握し、必要な相談に応じることで、本人の課題意識や思いを理解しておこう。
また、いつでも報連相(報告、連絡、相談)がしやすい関係をつくっておくことも大事だ。働き方改革が進み、リモートワークが増えるなど、オフィスで顔を合わせる機会が少ない場合には、メールやチャットなどのITツールでコミュニケーションの経路を確保しておくことも有効だ。
(2)日常的に上層部に対する報連相を行う
中間管理職の立場にある場合には、上司が経営層と現場を繋ぐコミュニケーションの要の役割を担うことも大切だ。まずは、上層部の方針や関心事をタイムリーに把握し、日頃から部下にわかりやすく翻訳して伝えておくこと。また、現場の部下たちの状況から、経営判断に必要な情報を恒常的に経営層に伝えておくことだ。
こうして、経営と現場が乖離しないように「意志ある翻訳エンジン」を担うことも、現場上司の大切な役割だと心得よう。