"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上繭子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。

第8回は、企業のサービスとホスピタリティ向上のコンサルティングを行っている会社、Swan Style (スワンスタイル)の工藤静香さんにお話を伺った。幅広い人材育成・企業研修のコンサルティングを行ううち、人の心を掴むサービスとホスピタリティと茶道にはどのような共通点があるのだろうか。

  • 人材育成・企業研修のプロとして活躍する工藤静香さん(左)と、聞き手の水上繭子(右)

質の高いホスピタリティを提供できる人材を育成

「最近は、良い体験をしている若者とそうでない若者が二極化していると思うんです」

工藤さんはこのように前置きし、話を始める。良いサービスは、お客様として大事にされた経験が無ければ提供できない。ある層の若者は小さい時からさまざまな経験を蓄積し感性を育てているが、一方でそのような体験をまったくしないまま大人になり、会社でサービスを提供する側に回ってしまう若者が増えているという。

スワンスタイルは、このような若者に対して研修の中でサービスを疑似体験させ、質の高いサービスやホスピタリティを提供できる人材を育成している会社だ。モデルルームの受付だけでなく、営業マンや運営チーム、コンシェルジュ、リノベーションスタッフなど、不動産業界に特化した幅広い人材育成・企業研修のコンサルティングを行っている。

  • 株式会社SwanStyle 代表取締役 工藤静香さん

不動産業界での経験を活かし人材育成コンサルに

工藤さんのキャリアは、画廊を運営する会社の秘書からスタートした。だが会長は感情の起伏が激しい人物で、朝令暮改は当たり前。このような環境の中で感情や思考の揺れを読んで先回りし、パターン化して対応するかを学習したという。

その後結婚退職し、工藤さんは一度現場を退く。だが再び仕事をしたいと考えた工藤さんは人材派遣会社へ登録し、登録スタッフとして不動産業界で高級分譲マンションのモデルルームの受付やセールスを担当。仕事が楽しいあまりアルバイトから正社員となり、その後11年間、富裕層向けマンションギャラリーで働いた。

分譲マンションで人手が必要となるのは売り出し当初のみ。必然的に主な人員は派遣スタッフで賄われることになる。工藤さんはこの派遣スタッフの研修を担当し、その手腕は次第に高く評価されるようになっていった。そして2007年に独立し、スワンスタイルを設立する。

どんな職種であっても、工藤さんが研修で最初に教えるのはビジネスマナー、サービスマナー、接客だという。そのうえで、お客様のクレームには大きく2つのタイプがあると述べる。1つは感情をぶつけてくる相手。このような相手に対しては、クレームを受け止めて心理浄化を行う必要がある。もう1つは理論的に申し入れてくる相手。この場合は、事実を客観的にわかりやすく伝えることが大切だと語る。

「不動産業界のスタッフにはホスピタリティと理論的に伝えるスキルの両方が必要になってきます。以前はホスピタリティがしっかりしていればよかったのですが、最近はサービス業の方にも筋道を立てて交渉する力が必要とされています。レジデンスには運営上のルールがあり、ときには断ることも大事。着地点を見出す能力が求められているのです」

  • 長年培ってきたホスピタリティについて話しはじめる工藤さん

立ち振る舞い1つで相手の反応が変わる面白さ

現在は日本サービスマナー協会の認定教師なども取得している工藤さんだが、もともと正式な研修の学習をしたことはなかった。そんな工藤さんが以前から心がけていたことは「あいさつと笑顔」だと述べる。第一印象が良いと短時間で用件を聞きだせるのだという。

さらに、茶道を知って「立ち振る舞い」の重要性を再確認したと語る。茶道にはさまざまな所作があり、お辞儀1つにも意味がある。こういった立ち振る舞いによってお客様は心をしっかり向けられている、歓迎されていると感じるという。

「お辞儀の角度や顔の表情が異なったときに、こんなにもダイレクトに相手の反応が変わるのかと研究し始めると、マナーもとても面白いものになりました」

感性が優れている人は形を学び、それをアレンジして自分のものにしてしまう。アレンジをする中では失敗がつきものだが、それこそが研修の重要なポイントだ。「失敗を模擬体験させ、修正させる道筋を描かせることが大切です。失敗をロールプレイすることで落とし穴を知ることができるのです」と工藤さんは感性を養うことの意義について自論を述べる。

だが問題は冒頭でも述べられた、感性が育っていない人だ。このような人は研修の内容を受け取っても、ただロボットのように教えられたことを繰り返すだけになる。するとイレギュラーがあったときフリーズするか心が伴わない対応をしてしまう。感性が育っていない人をどのように教育していくのかは研修における大きな課題であり、工藤さんはそのために茶道を学び、日本文化を研修に取り入れているという。

  • 感性が育っていないとマナーを教えられてもイレギュラーに対応できないと工藤さんは言う

気配りをするだけでなく受け取れることも“マナー”

「日本文化というものは日本人のDNAにしみ込んでいるものだと思っていて、理屈抜きでその場にいるだけで感じるものがあるはず、いえ、あると私は信じたいのです。研修の中でそういう日本の文化に触れることで『これだったのか』と気が付いて、それを自分の仕事に置き換えるとどうなるのか振り返って考える、そういう時間を持ってほしいと私は強く思います」

工藤さんは日本文化を研修に取り入れた想いを真摯に話す。水上がビジネスパーソンに茶道を学んでほしいと思った理由もまさに同じだ。茶道を学ぶことで手先がきれいだとか、身のこなしが美しいだとか、そのような現実的なところを身に着けてほしいのではなくて、そういった型に気を配ることのどこに意味があるのかを知ってもらうことが大切だと考えている。

そして気配りを受け取る側にも教養や感性が必要で、人間関係の中で気を配ってもらったことに気付かずに通り過ぎてしまう可能性もある。相手がする気配りや心づかいをちゃんと受け取ることはされる側のマナーでもある。だれもが提供する側でもあり、される側であるのだ。仕事の場でもこういった視点があれば、良い人間関係、ひいては良い仕事が育めると思う。

  • 茶道では茶道具1つひとつを気配りのこころで選ぶ

必要なのは型を覚えてからそぎ落としていくこと

昨今は必要性が疑問視されるマナーなども増えてしまっており、ともすれば求められるマナーの重さに戸惑いを覚える方も少なくないと思う。過剰にマナーが求められると、マナーを破る人をきびしく見るようになっていってしまい、そうするとマナーの型を過剰に表すようになってしまう。型を教えることが研修の目的になってしまっている企業もあるが、本当に必要なのは型を覚えることではなく、その意味を考えることだ。

「私は最初にまず徹底的に型を教えます。そして身に付いた型に対して疑問符を投げかけながらそぎ落としていくんです。マナーが続いている意味を理解している人は、そのマナーをなくしたとき、その空間がどうなるのかを理解しています。日本文化をただ体験させるだけでは意味が無くて、仕事と紐付けをして業務に落とし込むというプロセスを実行していけば、きっと多くの方がその意味をわかってくださるでしょう。2020年のオリンピックは、日本文化を見直すチャンスだと思っています。おもてなしの心に通じる“マナー”が持つ本当の意味を訴求できるよう、私も頑張っていきたいと思います」