"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、仕事の質の向上を目指すビジネス茶道の第一人者である水上繭子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。
第6回は、世田谷区豪徳寺のイタリアンレストラン&カフェ「クアドロ・フェリーチェ」のオーナー、姫野省二さんにお話を伺った。長年、飲食を経営・サービス面から見つめてきたなかで、ホールスタッフや店長といった業務についてどのように考えたのか、伺っていきたい。
アルバイトからイタリアンの店長そしてオーナーへ
宮崎県から上京し、19歳でアルバイトとして飲食業の世界に入った姫野さん。5年ののち、当時の店長の紹介で広尾のイタリアンの名店「ラ・ビスボッチャ」に入り、本格的にキャリアをスタート。途中、結婚を機に日本橋にあるミシュランガイド 2つ星のスペイン料理店「レストラン サンパウ」など他の店舗も経験しつつも20年にわたり「ラ・ビスボッチャ」を支え、同店の店長も務めた。
当初はシェフを目指していたそうだが、ホールでサービスを続けるうちにいつのまにかその奥深さ、楽しさに気付き、以来20年以上にわたりさまざまなレストランでサービスに関わってきたそう。いわば飲食サービスや店長業務のプロといえる姫野さんが「一度は自分の店を持ちたい」と始めたのが、「クアドロ・フェリーチェ」だ。
「クアドロ・フェリーチェ」で目指したこと
こうして開店された「クアドロ・フェリーチェ」。内装や食器、メニューの選定には料理教室をやっている奥様の姫野理南子さんも大きく関わっているといい、ヴィーガン、グルテンフリー、アレルギー対応のメニューなどにも柔軟に対応。安全な素材にこだわった、産地直送の旬の魚介類やお肉、国産のイタリア野菜や在来種野菜を合わせたシェフ自慢のコースを、一期一会の食器やオーガニックワインとともに楽しめる。
だが、開店に当たり、姫野さんにはどうしても譲れない点がいくつかあったそうだ。それは「都心から1本で行ける郊外」「30席程度の広さ」。お客様がくつろげる空間、お店として長く続けられる規模を目指した。
そしてもう1つは、家族や周囲の人との時間と接点を作ること。飲食業は一般的な会社勤めとは働く時間や休日が異なる。だが、自分の店であればある程度就業時間やお休みもコントロールが可能。子どもと一緒に居る時間を作ることは、姫野さんが「クアドロ・フェリーチェ」を始める大きな動機付けになったようだ。
ホールスタッフはシェフとお客様を繋げる仕事
店長時代には、オーナーとスタッフの板挟みに苦労したという姫野さんは、優秀なホールスタッフの条件として「相手(お客様/スタッフ)を思いやれること」を挙げる。
「技術的な部分は経験を積めば覚えられます。ホールスタッフは、シェフとお客様を繋げる大切な役目を担っていますから、人を思いやる気持ちを持って、互いの想いをかみ砕いて伝えられることが1番大切だと思います」
姫野さんはこのように優しく語った。レストランのサービスは、おいしいご飯を楽しんで食べてもらうというシンプルな部分にある。そして、お店に来る理由、シチュエーションも1人1人異なる。提供する側の理想よりも、お客様に寄り添った応対を心がけたいのだという。“食べる”という行為は一生繰り返すこと。そのうちの大事な1回を楽しんでもらうための心配りを感じた。
私、水上の茶道教室に通う生徒さんの中にも飲食店で働く若者がおり、貴重なお休みの時間を使ってお稽古に通っている。姫野さんのお話を聞いていると、きびしい飲食業のホールスタッフにも、姫野さんのような未来が待っているのかもしれないと感じた。
チャンスがあったら物おじせずにチャレンジを
自宅では日本茶ばかり飲んでいるという姫野さん。「味にはこだわりがない」といいつつも、色々な日本茶の銘柄を試していると楽しそうに語る。自然体でさまざまなものを楽しむその人柄に見せられた人が多いからこそ、姫野さんを様々な人が支えているのかもしれない。最後に姫野さんは、飲食業を志す若い人に次のような言葉を贈った。
「飲食業であっても、仕事の基本は同じだと思います。場合によっては上司に注意されて嫌なこともあるでしょう。しかし、なぜそのようなことを言われているのか、相手のことをよく考えて続けていれば誰にでもチャンスはあります。物おじせずに、そして考えすぎずに、チャレンジしていきましょう。漠然とした目標であっても、思い続け、スタッフやオーナー、お客さまとの信頼関係を築いていけば、きっとそこにたどり着くことができます」