フランスで植物遺伝学の博士号を取得したフンさん。しかし、母国ベトナムで長く農業に携わり、見えてきたのは、農薬の大量使用でした。「自分の子供にも安心して食べさせられる野菜をつくりたい」。一念発起して始めたオーガニック野菜栽培は、外国人や意識の高いベトナム人に大好評です。ベトナムにおける食育のパイオニアとして、植物たちと向き合いながら、今まで得た知識を惜しげもなく周囲に還元しています。

グエン・バ・フンさん/ベトナム・ダラット市在住/63歳/Organik Vietnamの共同経営者

■これまでのキャリアの経緯は?

ベトナム戦争中に大学で植物遺伝学を学びました。1975年の戦争終結後は電車やブルドーザーの運転手などでお金を稼いだ時期もありましたが、その後は専門を活かし、長らく国営の野菜生産会社で働いていました。1989年にフランス国立農学研究所大学で学ぶ機会を得て渡仏。植物遺伝学で博士号を取得し、1995年にベトナムに戻りました。

帰国後は国内の外資系農業会社などで働いていましたが、ベトナムで農業関連の仕事を続けてゆく中で、農薬の過剰消費を多く目にしました。大量の農薬は、消費者はもちろんのこと、生産者や環境にも良くないのではないかと心の中で疑問が大きくなると共に、オーガニック栽培への関心が高くなってゆきました。

2006年に同じ志を持った現在のビジネスパートナーであるフランス人と出会い、オーガニック野菜の生産・販売を行うOrganik Vietanam社を設立。植民地時代にフランス人が避暑地として開発したベトナム中部のダラット市で、オーガニック野菜の栽培を行っています。先に述べたとおり、私の専門は植物遺伝子学。情熱はあったものの、オーガニック栽培については素人。専門書を片手に一から勉強し、畑で実践。更に改良を重ねるという、トライアンドエラーを繰り返しながら前進してきました。そのかいあって、2014年にオランダ発の国際認証検査機関、コントロールユニオン社からオーガニックファームの認定を受けることができました。この認定を保持しているのは、ベトナムでは当社だけです。

収穫した野菜はオゾンを使って殺菌洗浄し、梱包した後にホーチミン市やハノイ市などへ直送しています。インターネットでオーダーした野菜を玄関までお届けするサービスは、日本人始め在住外国人に大変好評です。

自社ファームで植物と真摯に向き合うフンさん

■ベトナムでオーガニック野菜の需要はどれくらい?

現在、当社の顧客の9割近くが外国人です。ベトナムの人たちにも、オーガニック野菜の良さをもっと理解してもらい、シェアを広げてゆくのが今後の課題です。

先に述べた通り、残念ながらベトナムで生産されている野菜の多くは沢山の農薬が使われています。まだまだ貧しいこの国では、食品購入の際に価格が優先されることが多いのです。食の安全に対する知識も不足しており、オーガニックや食育という概念自体が浸透していませんし、政府もそのことに対し協力的ではありません。そのため、私たちが取り組もうとしていることを理解してもらうのに、とても時間がかかりました。現在も啓蒙活動には時間と労力を割いており、農家や大学のセミナーで講義をしたり、畑を無料で案内するツアーを開催したりしています。日本企業の方も私の畑を訪れていますよ。

販売に関しては、インターネットを使った個人宅へのデリバリーサービスに加え、ハノイ市とホーチミン市の複数の店へ卸しをしているほか、ホーチミン市の外国人が多く住む地区でアンテナショップを持っています。

■現在のお給料はどうですか?

純粋に給与だけで比較すると、会社勤めをしていた頃の方が高いです。しかし、今働いているのは私が情熱を持ってパートナーと設立した自分たちの会社。いわば自分の子供のような情があります。そんな会社を自分たちの力で大きくしてゆく喜びは、給与の大小だけでは味わえないものです。

■今の仕事で気に入っているところ、満足を感じる瞬間は?

今までの経験を通じて培ったオーガニック栽培に関する知識を、地域社会に還元し、みんなとシェアできる時ですね。当社では農薬を使わず野菜栽培をするために、たとえば、虫よけは赤唐辛子やニンニクから抽出した天然由来のスプレーなどを使用。肥料も科学肥料ではなく、畑から出た野菜くずから手作りします。こういった情報を近隣の農家へ指導し、食の安全について啓蒙してゆくことも私の大きな仕事ですし、とてもやりがいを感じています。

また安心・安全な野菜を広めることで、ベトナムの子供たちの未来を守っていかなければという使命感と自負を持って毎日仕事ができることにも大変満足しています。

■逆に今の仕事で大変なこと、嫌な点は?

忙しすぎるところでしょうか。ご存知かもしれませんが、植物には週末という概念はありません(笑)。だから私も、基本的に休みがないんです。離れて暮らす家族や友人と過ごす時間が十分に取れず、時折孤独を感じてしまうこともあります。

■日本人のイメージは? あるいは理解しがたいところなどありますか?

とても規律正しいイメージがあります。震災の後も、被災者同士が助け合い、お互いを尊重しながら生活している映像を目にし、本当に素晴らしいことだと感じました。理解しがたいこととなると、まだ日本の方と一緒に仕事をしたことがないので分かりません。ただ現在、日本の会社とのプロジェクトも進行中なので、それが決まればすこしは色々見えてくるかもしれませんね(笑)。

■最近、気になる日本のニュースはありましたか?

言葉は良く分かりませんが、NHKは時々見ます。農業についての映像などが流れると、やはり食い入るように見てしまいますね。さまざまな映像を見る度に、日本の技術は進んでいるなと感じます。

■ちなみに、今日のお昼ごはんは?

お昼は大体、自宅に帰って妻と一緒に食べます。家族を大切にするベトナム人ではそれほど珍しいことではないですよ。この日は妻お手製のベトナム料理。カーコートーという魚の煮物は日本人にも人気があります。粘り気が少なく、サラサラとしているベトナム米は、最後にスープをかけて頂くのが一般的です。

奥さんお手製の魚の煮物と空芯菜のスープ。自分で栽培した日本品種のキュウリには、唐辛子入りの醤油をつけて

■休日の過ごし方を教えてください。

先に述べたように、植物に週末休みはありませんから、私も定休日はないんです。年に唯一の休みは旧正月(テト)の4日間です。この休みは娘たちが住むホーチミン市を訪れ、家族で過ごします。家族のつながりが強いベトナムにおいて、旧正月の家族団らんだけは絶対に欠かすことのできない重要なイベントです。

それ以外は毎日朝8時から夜8時まで仕事をして、アフター8だけが休息時間です。束の間の休息時間は、テレビや映画を見たり、音楽を聞いたりしながら妻とゆっくり過ごします。

工場内は従業員のユニフォームなどを含め、衛生管理を徹底

■将来の仕事や生活の展望は?

安全なオーガニック野菜をベトナムでも浸透させ、子供たちの未来を健康で明るいものとすることです。今後も勉強を重ねながら安心・安全で高品質の野菜作りに取り組み、将来的にはベトナム発のオーガニック野菜を外国に輸出できたら最高ですね!

仕事で海外滞在も何カ国か経験していますが、日本には行ったことがないので、いつか訪れてみたいです。行って日本の農業についても実際に見て・触れて、色々な情報をシェアするのも私の大きな夢です。

サラダ用の野菜は専用のクリーンルームで洗浄後にパッキング。安心して食べられると在住外国人に大人気