さきごろ、ICCパートナーズは「ICCサミット KYOTO 2018」を開催した。前回に続き、社員のモチベーションについて議論したプログラム、「社員/チームの可能性を引き出すためのマネジメントの秘訣とは?」を紹介する。
「凸凹力」を活用
井手氏:まず「凸凹力」を説明する前に、簡単にヤッホーブルーイングについてご紹介したいと思います。「よなよなエール」というビールを造っている、長野県の軽井沢にある中小企業です。
国内ビール業界は大手企業のシェアが圧倒的で、地方の中小企業が生存することは大変です。
井手氏:生き残るため、得意な部分をつくり、一点突破の戦略を採択しました。それがチーム力です。都市部と異なり、地方には人材が限られてますから、長所短所ある人材が集まったチームです。
苦手な領域を別の人間が補うことで、組織として力を発揮させています。
琴坂氏:人材の凸凹に合わせて、組織を変えることもありますか? 今の組織にフィットしない人材がいる場合、どう対処しますか。
井手氏:補完し合えるようにチームを再編成しますね。凹みはマイナスではなく、別の人間がそこを補う機会を与えているという考え方です。例えば、私は行動先行型ですが、そんな人間ばかりでは組織は成り立ちません(笑)。ですから、調整型のメンバーを入れて補完しいます。
ただ、感覚的な取り組みでなく、ストレングスファインダーを使い、全社員の資質を抽出し、情報公開しています。
琴坂氏:その仕組みをもう少し深堀したいですね。ストレングスファインダー以外には何か仕組みはあるのでしょうか?
井手氏:組織である以上、個々に役割分担はあります。ただ、本人がその役割にフィットしていない場合、やる気スイッチが入りません。
それを解消するため、業務の20%をチーム横断型のPJに参加できるようにしています。PJで楽しみや成功体験を得ることで、本人の資質を強くしたり、自覚していなかった潜在資質が顕在化したりしますね。
石井氏:資質は仕事により変化することはあるのでしょうか?
井手氏:研究では、基本的な資質は大きくは変わらないとされていますが、環境で若干上下するそうです。私自身、10年前の上位資質の順序が入れ替わっています。ただ一番強い資質は変わっていませんね。
琴坂氏:資質の凸凹を認め、それを属人的でなく、仕組みとして伸ばすのですね。
井手氏:常識に囚われると、人は羞恥心により行動を止めます。ところが、常識を越えて強みが出ると、「あいつは変わってる」「ヤバイ」と言われ、それが可能性を引き出すと思います。
石井氏:理想は長所を見ることですが、実際は短所が目につきやすいです。そのあたりについてどう思いますか?
井手氏:短所ばかり着目する人もいますが、もっと長所を見ようと社内で浸透させていますね。
「なぜストレングスファインダーなのか」(聴講者の質問)
井手氏:昔、辞める社員が多く、チーム作りに悩んだ時、チームビルディング研修を受けました。そこでストレングスファインダーを知り、理論や効果にすごく納得できたのが理由です。
動物園の檻をなくす
渡邉氏:私のキーワードに入る前に、琴坂さんへ質問があります。琴坂さんはヨットマンとしても有名ですが、海上でのチームマネジメントの要諦は何でしょうか?
※オックスフォード大学大学院経営学研究科に在籍中、ヨットセーリングの大学代表となる
琴坂氏:特に有名というわけではないですが(笑)。ヨットもその航海の目的によって要諦は変わりますね。例えば、オックスフォード大学のヨット部の大学代表艇は、8人の乗組員全員が船長を出来る能力を持っているので、レース中は全員が全体感を理解していて、チームに今どのような選択肢があるか、何をするべきかを完全に理解していました。
そのため、全員が何も言葉を発せずとも、直面した状況に対する選択肢までを合意できるのです。全員が選択肢を暗黙的に合意している土台の上で、スキッパー(船長)が選択肢を選び、その実行のために他のメンバーが寡黙に動く、軍隊に近いマネジメントでした。もちろん、リラックスしたクルージングだとまた変わります。
渡邉氏:琴坂さんはビジネスと大学、両方の世界に通じています。企業組織と学級組織の違いは何でしょうか?
琴坂氏:二つとも組織なので、上下関係があり、目的意識があるのは同じです。ただ、大きく異なるのは、学級組織はメンバーが離脱しやすいですね。ボランティアやNPOでもそうですね。
渡邉氏:ありがとうございます。それではTakramについて少しご紹介します。デザイン・イノベーション・ファームで約40人の組織です。デザインで企業変革を助けるのが仕事です。
トヨタ自動車は1月にCESで「e-Palette Concept」のコンセプトムービーを発表し、高い評価を得た。このムービー作成したのがTakramだそうだ。
渡邉氏:コンサルティングファームやローファームに近く、一人ひとりが何らかの突出したスキルを持つ、凸凹したメンバーばかりの集団で、まるで動物園です。このため、組織デザインのポイントは「いかに動物を解き放つか」です。
それぞれ、個人事業主としても活躍できるほどのスキルを持っていますが、チームや越境の力が増すよう、組織として活動しています。
琴坂氏:どうマネジメントされていますか?
渡邉氏:言葉にすると、個が自分らしい能力が存分に発揮できるような、しなやかな組織づくりを行うことがテーマですね。
琴坂氏:どのような方法でしょうか?
渡邉氏:まずミッション、ビジョンを確実に共有します。その後は、性善説で個々に仕事を任せ、判断を委ねています。特に学び続けられる組織、ラーニング・オーガナイゼーションであろう、ということにこだわっています。
例をあげると、社員は年間好きなだけ書籍を購入して良いとして、Slackで購入理由をシェアします。そして相互の学びの内容とモチベーションをウォッチし、議論を交わします。
渡邉氏:分野ごとの優秀な専門家はいつの時代も必要とされます。ただ社会は複雑化して、一人で解決できる問題は減ってきています。十人十色といいますが、一人の色より十人の色の方が描ける絵の選択肢も増える。優秀な人が集まることで解決できる問題の種類は増していくので、それを組織としてどう行うかを考えています。
井手氏:皆さん優秀な方ばかりですが、基本一人で働くのでしょうか? それともチームとしてでしょうか?
渡邉氏:基本チームで働きます。3~6名のメンバーでPJチームを組み、ある一人が全体のリーダーシップを取りますが、どこかで個々の能力が発揮されます。映画『オーシャンズ11』(ワーナー・ブラザース)がイメージに近いですね。
「プロフェッショナル集団にマネジメントは必要なのか?」(聴講者の質問)
渡邉氏:チームマネジメントより、タレントマネジメントに近いと思います。組織の中で感じる幸せもありますが、個々の目指す方向性が異なってもいる。ミッション・ビジョンをそれぞれで解釈して、内発的動機を見つけてもらう形ですね。
井手氏:弊社も似たような部分があります。マネジメントの響きは管理を連想させますが、動物(凸凹人材)は管理を嫌がりますよね。ですから、僕らもミッション・ビジョンは作りますが、その枠の中で自由に動いてもらう。
ただ枠からはみ出るのはNGだし、チームで動くから長所・短所は理解しようとか伝えてます。最終的には管理しないとか(笑)。
琴坂氏:この問題は、創造性と生産性のトレードオフですね。ちなみに自由と檻の境界線はどう考えていますか?
渡邉氏:セールスの数値は追いますし、一人ひとりの目標も設定します。ただ、目標の達成は目的ではなく、あくまで目安というのがTakram流ですね。いい仕事をしていると自ずと数字もついてくる。
琴坂氏:その方法だと、数値達成できる場合は問題ないでしょう。ただ、数値達成できない時はいかがでしょうか?
渡邉氏:個々の成長速度は異なるので、誰かのパフォーマンスが落ち込むことはあります。そのときは他が助ける。組織の全体でパフォーマンスが落ちることはありませんね。またメンバーの個性を尊重し、副業、兼業もOKとしています。所属組織が複数あるメンバーもいます。
琴坂氏:そのような組織では上下関係はあるのでしょうか?
渡邉氏:経営陣や会社全体の目標を追うディレクターもいます。ただ、役職はあくまで事務的なもので、日々の業務ではあまり関係ありません。大事なことは日々のプロジェクトでリーダーシップを取れるかどうかで、Takramではこの役割を「リード」と呼んでいます。
ある経験値とスキルに達するとリードになれる。自分の専門分野に合わせてデザイン・リード、ソフトウェアエンジニアリング・リードなどと自由に名乗れます。ただ、常にプロジェクトリーダーを担わなければいけないということもない。
他の人がリードするプロジェクトでメンバーとして活躍することもできます。リードは運転免許のようなもので、運転しても、しなくても自由です。
羽田氏:社員の方は、個人で活躍できるのに、Takramに集まるのはなぜでしょうか?
渡邉氏:社会の問題が複雑化して、個人では解決できなくなっています。そのような環境で、個々のメンバーは常に学習したい、成長したいと考えています。専門性が異なる仲間が集まるので、互いに学びを得られることが大きい。プロジェクトごとに越境学習している形ですね。
ただ、全く同じ興味範囲の人がいないので、自分の考えを理解してもらえずモヤモヤもする。デザイン活動を通して、「社会が未だ見ぬ新しい価値」を実装し、そのプロセスをお互いに目撃し合っているような。
TakramはHPで自らを「仮説を立て実験を行う集団です。」と定義している。筆者の印象では、自らの組織も仮説に基づく実験対象としているようだ。
琴坂氏:ところで採用要件はいかがでしょうか?
渡邉氏:ミッション、ビジョンの共有は絶対で、そこにスキルも必要ですね。小さい組織ですし、充実した研修制度があるわけではない。新卒社員を採用して0から育成することはありません。
井手氏:私たちの採用要件は「ミッション・ビジョンの共有」と「優秀な人材」です。が、以前は「ビール好き」も加えて、2つの要件を満たせば採用しました。
すると、「ビール好き×スキルが高い、でもミッション・ビジョンを共有しない」人材が集まり、社内のベクトルが混乱し、チームとしての活動ができなくなりました。だから、今は要件を減らしました。
石井氏:ミッション・ビジョンとビールのつながりは何でしょうか?
井手氏:ミッションは「ビールに味を! 人生に幸せを!」で、個性的なビールを造り、日本のビール文化を変えようです。
ところが、「俺が好きなビールを造れたらいい」という人材が入ってきて混乱しました。それ以降、どんなに優秀でもミッションにフィットしないと採用しません。
「『優秀な人材×ミッション・ビジョンを共有×ビールが飲めない』人材が応募したらどうする?」(聴講者の質問)
井手氏:100人単位の採用説明会を行うと、数名はいますね。「社員は全員ビール好きで、ビールを造る会社です。それでも興味があるなら応募してください」と伝えると、応募はしませんね(笑)。
石井氏:ビール以外で、別事業の可能性はないのでしょうか?
井手氏:今後もビール一筋です。大手酒造会社さんが手がけない領域を一点突破し、ビジネスとして大丈夫なのか? と心配されるほどの変人集団になりたいですね。
次回は議論から導き出された結論を紹介したい。