「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。
このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。
そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「無料体験コーナーの独占」だ。
37歳の男性・Oさんは自他ともに認める家電マニアだ。主要メーカーの最新製品は、アプリやメルマガなどを通じてもれなくチェック。少しでも気になる製品があれば近所の家電量販店を訪問し、店員から詳細なスペックを聞いたり、実際の使用感を試してみたりして、気に入った製品を購入している。
ある日、前々から買い替えたいと思っていた掃除機の新製品が大手メーカーから発売されたということで、いつものように行きつけの家電量販店に足を運んだ。実はOさんには、この店で家電製品を見回る以外に「ある楽しみ」があった。それは、マッサージチェアコーナーでの無料マッサージ体験。いくつかお試し用のマッサージチェアが並ぶ中でも特にお気に入りの1台があり、広い店内をひとしきりチェックした後、そのマッサージチェアで日ごろの疲れを癒やしてもらうのがOさんのこの店舗における「ルーティン」となっていた。
この日は目的であった掃除機を購入した後、上機嫌でマッサージチェアコーナーへと向かった。だが、お気に入りの1台はある中年女性が使用していた。「仕方ない。もう少し後でまた来よう」と思ったOさんは、店内で20分ほど時間をつぶしてから再度マッサージチェアコーナーを訪れた。すると、先ほどの女性がまだ利用していた。この店では、無料のマッサージ体験は10分間と決められているため、釈然としない気持ちでOさんはその場を離れ、それから10分後改めてマッサージチェアコーナーへと向かった。だがそこで目にしたのは、依然として同じ中年女性が気持ちよさそうにマッサージを受けている姿だった。
30分以上にわたるであろう、マッサージチェアの「独占使用」は看過できないと思ったOさんは、意を決してその中年女性に「失礼ですが、このマッサージチェアをずっと使われていませんか? このお店では無料体験は10分までと決められているのですが……」と話しかけた。目をつぶってマッサージを楽しんでいたその女性は、ふと目を開けてOさんを一瞥すると何事もなかったかのようにまた目を閉じた。この態度にイラっとしたOさんは「あなたね……」と声を荒らげて注意をしようとした。その瞬間、中年女性はカッと目を見開き「うるさいわね! これは今私が使っているのよ! 買おうかどうか迷っている最中にごちゃごちゃ言わないでよ! あんた何様なの!?」と周囲に響きわたるような大声でOさんに言い放った。
近くにいた他の客や店員が「何事か」といった様子でOさんと中年女性の方に目を向けたため、ばつが悪くなったOさんはその場を離れて店を後にした。帰り道、Oさんは「なんか、あの店にはちょっと行きづらくなってしまったな……」と肩を落とした。と同時に、「俺は何も悪いことはしていないのに……なんであの女のせいでこんな目に遭わないといけないんだ?」と怒りが沸々とわいてきた。
このようなケースでは、中年女性の行為は法律違反にあたるのだろうか。安部直子弁護士に聞いてみた。