「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。

このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。

そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「確信犯的バイオテロ」だ。

  • プロジェクトのことを一番理解しているのは俺なんだ。だから、インフルエンザでも出社してプレゼンテーションをしなければいけないんだ……

    プロジェクトのことを一番理解しているのは俺なんだ。だから、インフルエンザでも出社してプレゼンテーションをしなければいけないんだ……

大手広告代理店に勤める43歳の男性・Kさんは、社内でも一目置かれる存在。現在は花形部署の部長であり、クライアントからの大型案件受注のために社内横断で編成されたプロジェクトチームのリーダーも任されている。競合他社とのプレゼンテーションに勝利し、見事受注となれば2~3年後の役員への昇進も夢ではない――。意気揚々と競合プレゼンへの準備を進めていたが、最近どうも体の調子がおかしい。うだるような高熱や咳などに悩まされるようになったため、病院で受診したら「インフルエンザウイルスに感染しています。1週間は会社への出勤を自粛してください」と医師から告げられた。

本来ならば医師の指示に従うべきだが、ライバルたちとの「決戦」は3日後に控えている。「このプロジェクトのことを一番理解しているのは俺なんだし、プレゼンに成功すれば会社の利益にもつながる。周囲には『たちの悪い風邪をひいてしまった』とごまかせばなんとかなるはずだ――」。そう思ったKさんはインフルエンザとわかっていながら会社に強引に出社し、その結果、Kさんの部署ではインフルエンザが流行してしまった。

このようなケースでは、Kさんは何らかの法律違反に問われるのか、問われないのか。安部直子弁護士に聞いてみた。

出社自体は法律違反ではない

Kさんの社会人のモラルとしての問題は別にあるとして、Kさんがインフルエンザにかかっている事実を隠して出社したこと自体で、直ちに何らかの法律違反に問われることはありません。

一定の感染症に感染した従業員の就業を制限または禁止する法律として、労働安全衛生法第68条や、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」といいます)第18条2項の規定がありますが、これらの法律は、季節性のインフルエンザ(一般的なインフルエンザ)には適用がありません(ただし、新型インフルエンザの場合は感染症法第18条2項の対象となります)。したがって、Kさんがインフルエンザに感染したことを隠して出社しても、出社したこと自体を禁止する法律はないため、法律違反にはならないのです。