【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

先日、僕は無意識にある大失態を犯してしまった。朝のオネショである。

最初は信じられなかった。だから、股間を手で触って臭いをかいでみたのだが、哀しいかな間違いなくオネショだった。僕は慌てて飛び起き、あらためてパジャマのズボンを目で確認する。すると、股間の大部分が明らかに変色していた。35歳の初冬のことだ。

確かに、寝る前に水分を摂りすぎた。いつもの晩酌は焼酎のロックを2杯までと決めているのだが、昨晩は調子に乗って3杯、4杯といたずらに杯を重ねてしまった。しかしそれにしても、僕は35歳のオッサンなのだ。オネショをした記憶なんて、小学校低学年まで遡らなくてはならない。そんな子供じみた情けない失態を、なぜ今ごろになって再びやらかしてしまったのか。気が抜けていたのか、あるいは早くも老化現象か――。

不幸中の幸いは、そのときすでに妻のチーが仕事に出かけていたことだ。つまり、このまま僕が速やかにオネショ処理をすれば、チーにばれないまま、失態を闇に葬り去ることができる。正直、チーにばれるのは怖い。血が出るぐらい、怒られるに決まっている。

よし、ズボンとパンツを洗おう。僕は素早く全裸になった。ズボンとパンツだけは怪しまれるだろうから、上着はもちろん、他の適当な衣類も一緒に洗うことにしよう。まずは風呂場で丁寧に手洗いする。ふと目の前の鏡を見ると、全裸でオネショ処理をする35歳の寝起きのオッサンの姿が映っていた。我ながら、みじめすぎる。

その後、洗濯機に突っ込んだ。あとは洗剤を入れて、スイッチを押せばOKだ。今ごろ会社にいるチーは、我が家でこんなことが起きているとは夢想だにしていないだろう。

しかし、そこで思わぬハプニングが発生した。新しく買い換えた洗濯機の使い方がわからない。全自動式のくせに、スイッチを入れても洗濯を開始しないのだ。

普段の山田家では、洗濯はチーの専任仕事である。チーは洗濯術に細かいこだわりがあるため、僕がまったく手を出せずにいた分野なのだが、ここにきてそのツケが回ってきたようだ。最新式の洗濯機は、僕が知っているそれではなかった。独身時代に使っていた古い洗濯機は、粉洗剤を入れてスイッチを押せば簡単に動いてくれたが、もうそんな時代ではないということか。そもそも初めて見るようなスイッチがたくさんあるのだ。

しかも我が家には、僕が子供のころから親しんできた粉洗剤は一切なく、すべて得体の知れない液体洗剤ばかりで、さらにいくつかの種類があった。これも僕にはまったくわからない。どの洗剤を使えばいいのだろう。適当に粉をふったら、OKじゃないのか。

ますますパニックになった。洗濯機をよく見ると、「洗剤は洗剤ケースに入れるべし」との注意書きを発見した。これにも激しく動揺した。洗剤ケースって、いったいなんだ。洗濯物に、直接ふりかけてはいけないのか。おのれ、文明の進歩め――。

かくして、僕は30分以上も洗濯機と格闘した。その間、なぜかずっと全裸だったが、不思議なことに寒さは感じなかった。きっと焦りで体が火照っていたのだろう。

すると、ひょんなきっかけで洗濯機が突然動き出した。とはいえ、使い方がわかったわけではない。開き直って適当にスイッチを押しまくっていたら、いつのまにかそうなっただけだ。ちなみに液体洗剤の種類や洗剤ケースの場所は最後までわからなかったため、勘で選んだ洗剤をそのまま衣類にふりかけた。あとは野となれ山となれ、だ。

いずれにせよ、ようやく胸を撫で下ろした。これで隠蔽工作は無事完了するだろう。さあ、気を取り直して仕事だ。僕は服を着て、書斎で執筆仕事を開始した。

果たして、そのまま夜になった。僕は依然として書斎で執筆仕事に没頭しており、オネショのことなどすっかり忘れていた。ほどなくして、会社から帰宅したチーが書斎の向こうで大きな声をあげた。「なんで勝手に洗濯してるの!?」

しまった、取り込むのを忘れていた――。僕は慌てて書斎を飛び出し、咄嗟にチーに言い訳した。「いや、たまには洗濯を手伝ってあげようと思って……」

すると、チーは訝しげに言った。「あんた、オネショしたでしょ?」

「なんでっ」思わず声に出してしまった。我ながら、素っ頓狂なリアクションだ。これじゃあ、ほとんど認めたようなものじゃないか。一方のチーは深い溜息をついた。「なんとなく、そんな気がしたから言ってみただけなんだけど、図星みたいだね」と、人を小馬鹿にしたような笑みを口の端に浮かべていた。妻の勘とは、恐ろしいものである。

「ごめんなさい」。僕は頭を下げざるをえなかった。死ぬほど情けなかったが、これ以上言い訳しても勝てるわけがない。チーは僕の顔色の変化を見抜く術に長けているのだ。

「まあ、自分で洗濯したわけだし、良しとするか」。チーは35歳のオネショ男をせせり笑いながらも、僕の努力は認めてくれた。「ところで、ベッドのシーツは大丈夫だった? 」 「うん、それは大丈夫だったよ」僕は胸を張って答えた。

しかし、真っ赤な嘘である。本当はシーツもオネショで濡れてしまったのだが、それも洗濯するとさすがにばれると思い、マイペットとリセッシュをふりかけるだけで簡単に処理した。チーはいまだにこのことを知らない。僕も気にせず、そこに寝ている状態だ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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