【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

ある土曜日の朝、妻のチーは目覚めるなり、なぜか不機嫌だった。目はしっかり開いているのだが、なかなかベッドから起き上がってこず、布団の中でゴロゴロしながら頬を膨らませていた。眉間には深い皺が寄り、口元も尖っている。怒っているときの顔だ。

「おはよう。なんで怒ってるの? 」。先に起きていた僕は、不思議がって声をかけた。

すると、チーは僕を睨みつけながら言った。

「洗濯しようと思ってたのに、ああいうこと言われたらむかつくんだけど」。

はあ? いったい、なんのことだ。さっぱりわからない。大体、僕もさっき起床したばかりなのだ。この日初めての会話で、いきなり前触れのないクレームを垂れられても、対応のしようがないだろう。そもそも洗濯って、いつのことだ。

その後、チーの話を聞いていくうちに、怒りの原因が就寝前の僕にあったということがわかった。昨夜、僕がそろそろ寝ようとしたとき、たまたま洗濯物がどっさり溜まったカゴが目に入ったため、咄嗟に「わあ、すごい洗濯物」と言った。もちろん、深い意味はない。街でタモリを偶然見かけて、「あ、タモリだ」と思わず口にしたような感覚である。

ところが、そんな僕のリアクションを洗面所で聞いていたチーは、胸の奥からみるみる怒りが湧いてきたという。チーとしては別に怠けていたわけではなく、週末にまとめて洗濯しようと自分なりに計画を練っていたらしい。そんな矢先に「わあ、すごい洗濯物」という夫の無神経な言葉が聞こえてきて、計画に水を差された気分になったとか。

しかも、どこでどう深読みしたのかわからないが、チーは僕のなにげない言葉を「早く洗濯しろよなー。この怠け妻がーっ」と、悪い意味で解釈したから余計に厄介だ。小学生が宿題をやろうとしていたときに、親から「早く宿題やりなさいよー」と容赦なく注意されると無性に腹が立つという、あの懐かしい現象に似ている。

かくして、その朝のチーの怒りは、実は昨夜の就寝前から密かに始まっていたのだ。そして、それは文字通り寝ても覚めてもおさまらなかった。本人曰く、夢の中でも僕に怒っていたという。だから朝目覚めるなり、いきなりクレームを発したというわけだ。

しかし、僕としては言いがかりもいいところだ。こっちは前述したタモリ的な感覚で「わあ、すごい洗濯物」と言っただけなのだ。そこにチーが深読みしたような、妻に対するダメ出しの意味などまったくない。見た物を素直に言葉にしただけである。

だから、当然反論した。たったあれだけの言葉を悪い意味で解釈するとは、チーはいくらなんでも卑屈すぎる。言葉狩りだ、言葉狩り。僕はあっというまに熱くなった。

一方のチーも引くことを知らない性格だからか、俄然ファイティングポーズをとってくる。「深い意味がなかったとしても、わざわざ洗濯物に反応したところが嫌っ」。

いくらなんでも無茶な抗議だ。指摘ポイントが細かすぎる。見た物に対する素直な反応も許容されないなら、こっちは言葉を発することさえ怖くなってしまう。したがって、僕も負けるわけにはいかなかった。自分は絶対に間違っていないはずだ。

大体、昨夜の怒りを就寝中もずっと引っ張り、それを朝起きるなり、いきなりぶつけてくるという、ある種の執念深さみたいなものも気に入らない。せっかくの土曜日の爽快な朝を、台無しにされた気分だ。普通、健全な夫婦の朝の第一声は「おはよう」だろう。同じクレームをするにしても、せめてそういう朝の空気を読んでからにしていただきたい。

果たして、そんな些細な火の粉から始まった僕とチーの夫婦喧嘩は、その後なんと一時間以上も続いた。いやはや、我が夫妻の強情さは筋金入りだ。後半のほうの僕は荒々しく怒声を張り上げ、一方のチーは涙を流しながらの切実な反論だった。それでも互いに一歩も譲らず、喧嘩の時間は延々と伸びていく。僕は姉と妹に挟まれて育ったからか、女性の涙を見ても簡単に狼狽しない。性格が悪いのかもしれませんね。

いずれにせよ、傍から見たらかなり深刻な夫婦の危機だと思われるだろう。すわ、借金問題や浮気問題でも発覚したのか――。そう思われてもおかしくない壮絶さだった。

しかし実際のきっかけは、御存じの通り"洗濯物"である。こうやって振り返ってみると、自分でも死ぬほどつまらないことだと思えてくる。しかもそんなことが原因で、僕らは土曜の朝の貴重な時間を罵声と涙に費やしてしまったのだ。ああ、馬鹿馬鹿しい。

結局、その喧嘩は互いに喧嘩疲れしてきたのか、徐々に勢いがなくなり、やがて自然と収束した。おまけに、その後は一転して笑いあいながら、2人で朝昼兼用のブランチタイムである。僕は何事もなかったかのように自慢の手作りチャーハンをチーに振る舞い、チーもチーでそれをおいしそうに食べた。穏やかな日常にあっけなく戻ったわけだ。

夫婦喧嘩は犬も喰わない。これは「夫婦喧嘩は放っておいても、勝手におさまるのが常であり、他人がいちいち口を出すものではない」という意味の諺だが、確かに僕らにもあてはまることかもしれない。実際、我が家の愛犬・ポンポン丸は、夫婦喧嘩が始まるといつも部屋の物陰にそっと身を隠す。勝手に収束するのを待っているのだろう。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
山田隆道公式Twitter


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