動植物の多様性が認められ、2021年7月26日に世界自然遺産に登録された西表島(沖縄県八重山郡竹富町)。「コロナ禍が明けたら観光したい」と考えている読者も多いのではないだろうか。そこで本稿では現地の人々に話を聞きながら「西表島の正しい歩き方」を探っていきたい。
西表島は、沖縄本島から400km南西に位置する離島。面積は東京都23区の半分で、そのうち9割は亜熱帯の自然林で覆われている。人口は2,451人(2022年11月末現在)。西表島には空港がないため、観光客は石垣島から出ている高速船で島に向かうことになる。
西表島と聞いて、はじめに頭に思い浮かぶのは絶滅危惧種の「イリオモテヤマネコ」ではないだろうか。そこで、まずは西表野生生物保護センターを訪れた。今夏(2022年7月)にリニューアルオープンしたばかりの同館には、島内の動植物、とりわけイリオモテヤマネコの生態について詳しく学べる展示が揃っている。対応してくれたのは、環境省 沖縄奄美自然環境事務所 自然保護官の内野祐弥氏と、同 希少種保護増殖等専門員の田中詩織氏。
内野氏によれば、西表島に生息しているヤマネコは現在のところ、わずか100頭ほど。しかし県道沿いでヤマネコを目撃したという情報は、年間で300~500件も寄せられているという。なぜだろうか。「カエルなどの小動物がクルマに轢かれ、それをヤマネコが食べに来るからです。そうした背景から、近年、交通事故に遭遇するヤマネコも増えています。2018年には9頭がはねられて死亡してしまいました」と内野氏。
館内に入ると、イリオモテヤマネコの剥製が迎えてくれる。田中氏は「これまでヤマネコの剥製といえば、オスネコばかりでした。そこで当センターのリニューアルにともない、メスの成獣と子ネコの剥製をつくって展示しています」と説明する。なお3頭とも昨年、交通事故に遭ってしまった個体だという。
隣りに展示されているのはイエネコ(普通の猫)の剥製。見比べると、なるほどヤマネコは耳先の形が丸いのが特徴で、尻尾もイエネコに比べていくらか太く短いようだ。
ヤマネコの毛皮に触れるコーナーもある。実際に撫でてみると、少しゴワついている印象だった。また、縄張りをアピールするためのマーキング(尿)の匂いを再現したコーナーもあり、ボタンを押すと鼻にツンとくる強烈な匂いが噴出した。このほか、子ネコの声、威嚇の声、発情期のオスの声も聞くことができる。田中氏によれば、怪我をして保護されて以降、ずっと動物センターで飼われていたヤマネコの声を録音したものだという。
ちなみにイリオモテヤマネコは、カンムリワシとともに西表島の生態系のトップに君臨している生物。フンを分析してみると、様々な生物の骨や毛が見つかるという。「豊かな自然が残る西表島のなかで選り好みせず、島の生き物を何でも食べていることが分かります。たとえば夏は虫、冬は渡り鳥といった具合。ハブ、コウモリも食べますし、泳ぎが上手なので魚や海老なども食べながら暮らしているようです」(田中氏)。
環境省では1992年よりイリオモテヤマネコを安全に捕獲できるボックスを島内30箇所に設置するなどして、生息状況についてのモニタリング調査を続けてきた。「個体を識別して、どの個体がどのエリアに現れたか、また繁殖の状況はどうか――、といったことを調査しています」と内野氏。ヤマネコの脅威となっているのは、交通事故、環境の悪化、ネコ特有の感染症、外来種による影響で、なかでもやはり、交通事故の死亡件数が多いそう。田中氏は「交通事故に遭遇してセンターに保護され、その後も自然に帰れなかったヤマネコは、飼育下で15歳まで生きました。でも野生下のヤマネコには様々なリスクがあり、長くても9~10歳くらいまでしか生きられません」と説明する。
こうした状況を受け、島でも様々な交通事故防止策を打ってきた。ヤマネコの目撃情報が多いエリアには看板を設置し、ドライバーには様々な方法で注意喚起を促す。また動物が道路の下を安全にくぐり抜けられるよう、島内には123箇所にアンダーパスを建設。そもそも動物が道路を横断できないよう、側溝の形を変える工夫も行っている。道路の視認性をよくするため、道端の草刈りなども定期的に実施中だ。
ちなみに筆者は、西表島の玄関口である大原港の近くにある「やまねこレンタカー」で借りたレンタカーで島内を移動したが、時速40kmを超えると警告のメッセージが流れ、また「昨年、このあたりでヤマネコの交通事故が発生しました」「この付近でイリオモテヤマネコの親子が発見されています。急な道路への飛び出しにご注意ください」といった注意喚起のメッセージまで流れるので驚いた。
しかし内野氏は、これだけでは事故は防げません、として次のように話す。「結局は人間が、どれだけ配慮できるかにかかっています。島内を運転するときに『ヤマネコがいつ道路に飛び出してきてもおかしくないんだ』という意識を持ってもらうことで、助かる命も増えることでしょう。今後、そうした意識をいかにドライバーに浸透していけるか。それが目下の課題です」(内野氏)。
取材協力: 竹富町