地方出身者が地元の料理を食べたくなったら駆け込める、同郷の人との触れ合いに飢えたときに癒してくれる、そんな東京にある"地方のお店"を紹介していくこの企画。コロナ禍の昨今、せめておいしい地方の物を食べて各地を旅行した気持ちになりたい! という他県のあなたも必見です。


今回のテーマは埼玉県。東京周辺にお住まいの方からするとおなじみの県ですね。内陸に位置して、東京都、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県、山梨県、長野県の実に7都県に面する海なし県です。改めて調べるとすごいですね。

  • 秩父にはジビエなど山の恵みがいっぱい

    埼玉・秩父には山の恵みがいっぱい

秩父で有名なものって?

なかでも、今回は秩父に関係のあるお店に伺ったので秩父市にフォーカスしましょう。秩父といえば、酒飲みからすると世界的に有名になったウィスキー・イチローズモルトが思い浮かびますね。

それに、ユネスコの無形文化遺産に登録される秩父夜祭、ロケットを打ち上げる龍勢祭など有名なお祭りが残る地でもあります。変わったところでは、特撮番組で爆破が行われる有名な採石場のひとつがあるのも秩父。漫画やアニメの聖地として近年人気が高い場所としても知られています。

さて、今回お邪魔したのは新橋の「秩父」さんです。創業はなんと1953(昭和28)年! 今年で67年目……!? 戦後の新橋を見守り続けた名店です。

  • 手書きのメニューと写真などが並ぶ外観

新橋駅の烏森口を出てすぐのところに1971(昭和46)年に作られた「ニュー新橋ビル」というディープなスポットがあります。地下を含めた4フロアに大小さまざまな店舗がひしめき合い、何やらやたらワクワクする場所です。

地下のフロア、エレベーターを出てすぐのところにあるのが今回ご紹介するお店。暖簾に「千嶋」とありますが、これは隣の店舗の「千嶋」さんで、こちら側は「秩父」さんです。ちなみに経営は一緒とのこと(「千嶋」は2020年12月で閉業)。

  • たぬきと海亀がお出迎えする店内

中に入ると壁に所狭しと貼られたメニューが目に入ります。たぬきの焼き物や能面などの民芸品や、格子の窓もいい味出でてる。座席は栃の木で切り出して作った自慢のテーブル席が5つの20席。名物女将に会いたいと足繁くファンも多いんだそうです。

古き良き秩父の家庭の味

最初にいただいたのは「おなめみそ」(500円)。名前の通り味噌です。秩父では昔から麦の生産が盛んで、よくある米味噌ではなく、麦を利用した麦味噌が各家庭で作られていたそうで、まさに家庭の味なんだとか。和えて料理に使ったり、お味噌汁を使ったりする以外に、そのままでもいただくそうですよ。

  • たっぷりのネギといただく「おなめみそ」

こちらでいただく「おなめみそ」は、市販でよく見るものとは違い大豆の原形を残しています。また、麦味噌というのをあまり食べたことがないこともあり、独特な風味を感じますね。上に乗った長ネギをよくかき混ぜていただきます。まずは一口。

塩気は強め。濃厚でよく口にする味噌より香りも強いように感じます。モゴモゴしてると味噌が溶けて口いっぱいに旨みが広がります。

あー、これはお酒と一緒に食べるともっとおいしく感じる系ですね。うっかりすると健康を損なうくらいバクバク食べてしまう気がする……。たぶんご飯に乗せたら至高。キュウリに付けるのもいいね。箸を舐めてしまうほどおいしいというところから「おなめ」と言うそうですが、まさにそれです。

お次は「しゃくし菜」(500円)をお願いしました。「飯しゃくじ(しゃもじ)」に似ていることからこう呼ばれる秩父の特産品。それを漬物にしたものだそうです。

  • 歯応えの楽しい「しゃくし菜」

食べてみると、クセの少し弱めな野沢菜のような感じ。塩気は弱め。あと乳酸発酵特有の酸味を感じます。野沢菜より肉厚で茎の太さがあるので、ポリポリとした食感がよく、なんとなく食べ続けてしまう。

しゃくし菜は、寒暖差が激しい秩父のような土地でないとおいしく育たないらしいですよ。こちらももともとはお家で漬けて食べられていた保存食だそうですが、お土産物として売り出され、今ではすっかり秩父の名物のひとつになったんだとか。

調べてみると、おにぎりやチャーハンの具にしたり、お肉と一緒に炒めたりと、いろいろな料理にも活用するそうです。意外にも用途が広いんですねぇ。

新鮮なジビエを堪能

次いで「鹿刺し」(1,500円)が登場です。通常、生食は推奨されるものではありませんが、一度冷凍して、ルイベのような半解凍の状態でサーブされます。

  • 脂のない赤身が鮮やかな「鹿刺し」

部位は"もも"だそうで、野山を駆け回る鹿の後ろ足は、特においしいんだとか。一番醤油とウズラの卵に、添えられているニンニクと生姜を好みで溶き、まだ冷たいお肉を口の中で温めるようにしながら味わいます。

引き締まった赤身で上品なお肉の味を堪能することがでる一品。臭みもなく、におい消しのニンニクも生姜も要らないくらいです。

筋張った感じはなく、ただただ目をつぶって、じんわりと広がっていくお肉のうまみを堪能。ジビエの最高峰とも言われる鹿肉、秩父のお肉屋さんから直接仕入れているということでさすがのお味です。ありがとう秩父の山々。ありがとうおいしいを提供してくれて。

そしてラストは「猪鍋」(3,500円)です。こちらの猪も秩父のお肉屋さんから仕入れた現地のお味。上品な鹿肉もいいけど野生味を感じる猪のお肉も大好きだー!

  • 野菜とお肉がお鍋いっぱいの「猪鍋」

机の上にカセットコンロとお鍋が登場。鍋には猪肉以外に、豆腐、油揚げ、こんにゃく、しめじ、エノキ、シイタケ、春菊、ネギ、白菜、タケノコとかなり具沢山で、見た目から食欲をそそる。合わせ味噌ベースの出汁に入れて煮ていきます。このお肉と脂のくっきり分かれているのが特徴ですよねー。そしてこの脂がおいしさの決め手!

  • おいしく上手に煮えました

お肉もいい色になってきましたね。つついて様子を見ていると、すかさず女将さんが取り分けてくれます。恐縮です!

  • 味噌の風味がより一層食欲をそそります

脂から出た芳しい香り。牛でも豚でも味わうことのできないこの独特の香りがいいんですよね。人によっては獣臭く感じるかもしれませんが、味噌がいい感じにカバーしてくれるので、これくらいなら気にするほどの物ではありません。

「臭みも旨味」と思う筆者的には、もう少し……とも思うのですが、それだと鍋いっぱい食べるころには食べ疲れてしまいますからね。野菜もたっぷりいただけて大満足。寒さの厳しそうな秩父では、冬を乗り切るのには、このぐらいスタミナがつきそうなものが必要なんでしょうね。

秩父のお酒の話

  • 秩父の地酒といえば、「秩父錦」が定番!

「秩父」さんにはビールや焼酎もありますが、やはり秩父の酒蔵さんのお酒を飲まなければ! ということで、今回いただいたのは矢尾本店さんの「秩父錦 特別純米」(4,000円=四合瓶)です。こちらは山が近くとにかく水がいい秩父の水を仕込み水に使ったお酒。2020年「全国燗酒コンテスト」で「お値打ぬる燗部門」2年連続3回目の金賞受賞しているんだそうです。

味噌やお鍋など濃いめの味付けとバランスをとるように、しっかりと旨味がありつつスッキリとした後味が特長。囲炉裏にあたりつつ、おなめ味噌やしゃくし菜の漬物つまみに秩父錦を飲めたら最高でしょうね。などとしんみりさせてくれる雰囲気がこのお店や出てくる料理にはありますね。

ふるさとの味でおもてなし

  • 名物女将の千島よし江さん

「秩父」さんは、ニュー新橋ビルができる前から新橋でお店をされていたそう。創業当初は、まだまだ戦後でお肉を食べるのが難しい時期。秩父から馬肉などのお肉を毎日仕入れ、すき焼き屋としてにぎわったそうです。

女将さんの千島よし江さんは、前身のお店をされていた秩父市大滝村出身の旦那さんのところに嫁いできました。ニュー新橋ビルへ移転後、屋号を「秩父」に改め再出発されたんだとか。

「秩父はお水も野菜もお肉もなんでもおいしいんだ」と話してくれた千島さん。人の縁をたどり食材は可能な限り秩父の物を使っているそうです。67年間で新橋もだいぶ変わってしまいましたが、今でも変わらず名物女将が出迎えてくれるほっとできるこのお店。新橋に実家ができたような感じです。こんなお店さんもよかんべ?

<店舗情報>
「秩父」
住所:東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビルB1F
営業時間:15:00~23:00(現在は新型コロナウィルス感染症対策のため時間変更あり)
定休日:土曜、日曜

※価格は税別

取材・文=古屋敦史、構成=小山田滝音(ブラインドファスト)