小さなひよこが、「王様」になった。

雛人形や五月人形の老舗として知られる吉徳(※)が、70周年企画として発表した「ひよこの王様」。もともと長く愛されてきた小さなひよこに、王冠とマントをまとわせたぬいぐるみです。

ひよこなのに王様。小さいのに王様。まだ鶏にもなっていないのに、王様。でも、立派なマントをまとって堂々とした姿がサマになっている。そのなんとも言えない可愛さは、SNSでも大きな話題になりました。

なぜ、吉徳のぬいぐるみは素朴でシンプルなのに、人の心を惹きつけるのか?

今回は、吉徳でぬいぐるみ事業を担当する、営業部・次長の三橋さん、デザイン室・室長の小坂さんに、老舗人形店ならではの「ぬいぐるみづくり」についてお話を伺いました。

  • デザイン室・室長小坂さん

    デザイン室・室長小坂さん

※社名の正式表記は「吉德」(「德」は旧字体)ですが、本記事では「吉徳」と表記します。

小さなひよこが、王様に?

吉徳のぬいぐるみの中でも、特に多くのファンに愛されている「ひよこ」。誕生のきっかけは、動物園のふれあいコーナーでした。

動物園のふれあいコーナーには、ひよこ、モルモット、ウサギがいることが多いですが、当時、吉徳ではひよこのぬいぐるみを販売していませんでした。飼育員から「ひよこはないの?」という声を受けて、ひよこのぬいぐるみを作ることになったのだそう。

「とくにこだわったのは色とデフォルメ加減です」と話すのは、吉徳のぬいぐるみ部門で商品の企画・立案からデザインを担当する小坂さん。

「当時の担当デザイナーが、実際のひよこを観察した上で、リアルさにこだわって作った商品です。真っ黄色ではなくて少し濁った黄色の生地を使い、形状にもできるだけリアルさを残しています」(小坂さん)

最初に火がついたのは、動物園のふれあいコーナー横のショップでした。ひよこを山盛りに置いてディスプレイしてみたところ、急に売れ行きが伸び始めたのだとか。その後もSNS上でたびたび話題になり、落ち着いたかと思えば、また誰かの投稿をきっかけに注目される。そんなことを繰り返しながら、10年以上愛される存在になっていきました。

「普通にラインアップのひとつとして取り入れたものが、10年以上経っても、弊社の中で出荷数がダントツトップになっています」と、ぬいぐるみ部門の営業や生産管理を担当する三橋さんは話します。

「ずっと大切にしてくださっている方もたくさんいて、私は以前、かなり黒くなってクタクタになった『ひよこ』を持っている男の子を見たことがあります。パッと見てすぐに『あ、うちのひよこだ』とわかりました。ご飯を食べているときに、横にちょこんと置いて一緒に食べていて。あんなになるまで大切にしてくれているんだと感動しました」(三橋さん)

そして今年、そのひよこは「王様」になりました。

70周年企画として登場した「ひよこの王様」について、小坂さんは「もともと小さい子が、立派な衣装を着ていたら、そのギャップがかわいいよね、というのが一番大きかったです」と振り返ります。

このギャップは実際に多くの人の心をつかみ、「ひよこの王様」はSNSを中心に大きな話題に。先行発売分はすべて完売となる大ヒットとなりました。

吉徳が大切にする「セミリアル」という可愛さ

では、そんな吉徳のぬいぐるみの「可愛さ」の秘密はどんなところにあるのでしょうか? 小坂さんはまず、「弊社のぬいぐるみは、良くも悪くも派手さがないというのが一番の特徴だと思っています」と話します。

とくに「ひよこ」をはじめとする野生動物シリーズで大切にしているのが、「セミリアル」という考え方です。

動物園のショップに置けるほどの本物らしさは残しながら、ぬいぐるみとして手に取りたくなる可愛さもある。リアル一辺倒でも、キャラクターのように大きくデフォルメするのでもない。その中間の、ちょうどよいバランスを探っていくといいます。

「リアルすぎず、でも可愛すぎず、というデフォルメです。目が大きすぎるとコミカルになってしまいますし、小さすぎるとリアルに寄りすぎてしまう。元の野生動物を見たときに感じる可愛さを、そのまま、ぬいぐるみに落とし込むことを心がけています」(小坂さん)

また、吉徳と聞くと「顔が命の吉徳」というフレーズが思い浮かぶ人もいるのではないでしょうか。その言葉は、ぬいぐるみ作りにも通じています。小坂さんによると、ぬいぐるみの印象を大きく左右するのは、やはり目の大きさと位置。

サンプルができると、いろいろな目のパーツを用意し、実際に当ててみながらデザイン、営業含めたチームメンバーで確認します。その作業について、「やりすぎてしまうと『吉徳の顔ではないね』となるんです。なにか明文化されているわけではありませんが、私たちの中に、“吉徳らしい顔”というものが刷り込まれているのだと思います」と小坂さんは話します。

近年では、ぬいぐるみに対しても「顔が命の吉徳さんだから、やっぱり顔がいいね」と言われることが増えたそうで、老舗人形店として培ってきた“顔”へのこだわりは、ぬいぐるみにも自然と受け継がれているようです。

可愛いだけでは商品にならない。商品化のための“落としどころ”

次に、商品の企画・立案から実際に商品化に至るまでの過程を聞いてみました。

まずはどの動物のぬいぐるみを作るのかを決め、資料写真を集め、完成イメージを作っていく。そこから、社内のパタンナーが型紙を起こし、立体化する作業を進めていきます。

吉徳では、一般的なデザイナーとは別に、型紙制作専門のデザイナー(パタンナー)が社内に在籍しています。小坂さんによると、これは同社の大きな強みでもあるのだとか。

「イラストだけでは工場に伝わらない部分が多くあります。たとえば、足の構造はどうなっているのか、前から見えない後ろ足の型紙をどう取るのか、といった部分です」

こうして、社内である程度のクオリティまで作り込んだうえで生産を依頼できるため、より求める形に近づけやすいといいます。

ただし、それで理想のデザインがそのまま商品になるとは限りません。生産管理も担う三橋さんは、量産における難しさをこう話します。

「デザインチームが作ったものを、そのまま工場で量産できるとは限りません。技術的に難しかったり、量産時にクオリティをキープできなかったりすることがあります」(三橋さん)

パーツが多ければ価格が上がり、工場で再現しにくい仕様であれば品質の安定にも影響する。そのため、デザイン、営業、生産の間で日々調整が行われているのだそうです。

「営業は売らなければいけない。生産は品質を保持しなければいけない。デザインは良いデザインを作らなければいけない。それぞれの役割がある中で、落としどころを探していくことが大切です」と三橋さん。

みんなに愛される「可愛い」の裏側には、理想と現実をすり合わせる細かな工夫が積み重なっているのです。

実家で見つけたぬいぐるみが、令和に復刻

吉徳のぬいぐるみは、動物シリーズだけではありません。近年注目を集めているのが、「レトロぬいぐるみこれくしょん」(以下、レトロシリーズ)です。

「ぬい活」ブームのきっかけにもなったコロナ禍には、ステイホーム中に実家を整理する人が増えました。そこで、昔持っていたぬいぐるみを見つけ、「これは吉徳さんのぬいぐるみですか?」と問い合わせる人が増えたそうです。

「ラベルに『FS』と書いてある写真を送ってくださり、『この子は誰ですか?』と聞かれることもありました。当時SNSを始めたばかりだったこともあり、古いカタログを見ながら、担当者が『キャンディーちゃんですよ』『クリーミーちゃんですよ』とひとつひとつにお答えしていました」(小坂さん)

さらに、ケンエレファントでのカプセルトイ商品化やサンリオとのコラボレーションをきっかけに、認知は広がっていきました。それらの商品でレトロシリーズと出会い、「元になったぬいぐるみが欲しい」と購入する人もいるそうです。

このレトロシリーズの今後について三橋さんは、「目標は、セキグチさんのモンチッチです。時代を越えて愛される先輩、『モンチッチ』のような存在になってくれたらいいなと、よく話しています」と目を輝かせます。

そっと横にいてくれる。吉徳のぬいぐるみの魅力

最後に、吉徳のぬいぐるみの魅力について、お2人に聞いてみました。

「弊社のぬいぐるみの特徴は、普遍的なかわいさがあり、顔が優しいことだと思います。吉徳のぬいぐるみは、強く主張するタイプの可愛さではありません。気づけばそばに置いておきたくなるような存在です。買ってくださった方がどんな気持ちのときでも、そばに寄り添ってくれる顔をしている。それが『吉徳の顔』というところにつながっているのだと思います」と小坂さん。

一方三橋さんは、ひとつの商品を長く売り続けられることも吉徳の強みだと話します。

「1代目の子がくたびれてきて、2代目が欲しいと思ったときに、弊社の商品は比較的また買えるものが多いんです。中には、1980年代からずっと販売している、“レトロシリーズよりレトロ”な商品もあります。時代に合わせて素材などが多少変わることはあっても、できる限り同じデザインを残してきました。世代を超えて同じ子がまた買えるというのは強みだと思います」(三橋さん)

そっと隣にいてくれる。当たり前のように、ずっと一緒にいたくなる。吉徳のぬいぐるみの“飽きのこない可愛さ”は、リアルと可愛さのあいだを丁寧に探り、同じ子を長く届け続けてきた、その積み重ねから生まれているのかもしれません。