ギリシャが再び危機に陥らないためには、財政改革を進めると同時に経済そのものを再建させこと、つまり成長戦略が欠かせません。ところが現在のギリシャにはその成長戦略がないのです。アテネでは、そのことを実感する光景にいくつか出会いました。

時間がかかり過ぎのパルテノン神殿の修復工事

まず、有名なパルテノン神殿です。アテネの中心部、アクロポリスの丘の上にそびえ立つパルテノン神殿は古代ギリシャ文明の象徴的存在であり、世界遺産にも登録されています。多くの観光客が訪れ、アテネ市民にとって心の拠り所となっている存在ですが、実はもう30年以上も修復工事が続いています。私はこれまでにギリシャを3度訪れ、そのたびにパルテノン神殿も見に行っていますが、工事用のクレーンや建築足場のないパルテノン神殿を見たことがありません。修復工事中であっても、その美しさや荘厳さを間近で見ることができるので観光客は満足なのですが、それでもクレーンのない姿を見たいものです。

パルテノン神殿の修復工事は30年以上続いている(筆者撮影、以下同)

パルテノン神殿の修復工事は1975年にギリシャ政府が保存委員会を設置し、1983年から工事が始まりました。スタート時点ですでに大幅に遅れていたわけですが、その後、延々と工事が続いているのです。2000年にいったん工事終了と伝えられたこともありましたが、EU(欧州連合)も参加する形で工事が再開され、現在に至っています。旅行者の間からは「パルテノン神殿の修復工事終了とスペインのサグラダファミリア完成のどちらが早いか」と皮肉る声も聞かれるほどです。

もちろん修復工事はきわめて重要なものですし、パルテノン神殿は痛みも激しいため工事には慎重さが求められますので、ある程度時間がかかるのはやむ得ないところです。しかしそれにしても時間がかかり過ぎというのは否定できないでしょう。少し様子を見ただけですが、工事作業員の数は少なく、彼らの動きもきびきびしているようには見えませんでした。

その様子を見ながら、姫路城の修復工事との差を感じてしまいました。「平成の大修理」とうたった姫路城の工事は、天守閣の瓦の入れ替えや漆喰壁の塗り直しなどが5年半にわたって行われましたが、その間、天守閣の横に公示見学用の建物を建設して工事の様子を見ることができるようにしていました。職人のきびきびした作業が組織的効率的に進められていましたが、パルテノンではそのような工夫や熱意はあまり感じられませんでした。

観光資源を積極的に活かす努力が足りない点が、ギリシャの弱点

修復工事が非効率だというだけでなく、観光資源を積極的に活かす努力が足りない点が、ギリシャの弱点だと感じます。観光はギリシャにとって基幹産業で、2014年には欧州各国や世界中からやってきた外国人の数は2203万人に達しました。しかし世界各国・地域の外国人訪問者数ランキングをみると、ギリシャは15位にとどまっています。ギリシャのイメージから見れば、もっと順位が上位でもおかしくないと思うのですが、もともと恵まれた観光資源にあぐらをかいている印象です。観光資源を磨いて魅力度を向上させ、観光客の満足度を高めるようなサービスや受け入れ態勢を充実させれば、もっと観光業を発展させ、ギリシャ経済全体の成長にも大きく寄与するはずなのですが、残念なところです。

世界各国・地域への外国人訪問者数ランキング(2014年)

成長戦略の欠如を絵にかいたような光景は他にもありました。旧アテネ空港跡地です。ギリシャでは2004年のアテネ五輪に向けて2001年に現在の新空港が開港し、それに伴い旧空港が閉鎖されたのですが、それ以来14年余りもの間、滑走路など広大な空港跡地は全く使用されないまま雑草が生えて放置され、空港ビルも荒れ放題で廃墟のようになっているのです。このことは以前、もう一つの連載「経済ニュースの"ここがツボ"」(第13回など)でもご紹介した通りですが、今回も3年前と全く変わっていませんでした。変化と言えば、跡地周辺の警備がやや厳しくなったことぐらいでしょうか。

広大な土地が放置されたままの旧アテネ空港跡地

旧空港はアテネの中心部から車で20分程度の便利な場所にあり、しかもエーゲ海を望む景勝地です。これほど恵まれた立地条件なら、観光はもちろん、レジャー開発や商業施設、コンベンションやスポーツ関連施設、住宅建設など、いくらでも開発の可能性があるはずで、ギリシャ政府も旧空港を民営化して跡地再開発を進める方針は一応打ち出していました。しかし計画の具体化はいっこうに進まず、結果的には手つかずのまま14年を無為に過ごしたのでした。まさに貴重な経済資源を無駄にしている典型例と言えます。このような、よく言えばのんびりとした、厳しく言えば非効率な経済運営と改革努力の欠如が経済危機の原因ともなったのです。

民営化はギリシャの財政改革の柱、その一つがピレウス港の民営化事業

民営化はギリシャの財政改革の柱の一つとなっており、動き出したものもあります。その一つがピレウス港の民営化事業です。同港はアテネ郊外にあるギリシャ最大の港で、エーゲ海の島々とアテネを結ぶ旅客船やクルーズ船の発着の他に貨物の中継港となっており、民営化事業の目玉の一つとして前政権時代から入札を進めていました。チプラス現政権になってからいったんは民営化事業全体をストップしましたが、EUとの財政改革合意によって具体化し、今年1月に、中国の国営海運会社、中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)が1500億ユーロ(約1900億円)買収することが決まりました。

中国の国営海運会社「コスコ・グループ」による買収が決まったピレウス港(青色のクレーンがコスコの運営)

コスコはすでに2009年に、港の一部を構成するコンテナふ頭の運営権を取得して、桟橋や大型クレーンを増設してきました。車でコンテナふ頭の近くまで行ってきましたが、コスコの運営する青色のクレーンが林立し、際立った存在感を見せていました。それが今度は旅客を含む港全体を買収することになったわけです。現地を訪れた時はまだコスコによる買収は決まっていませんでしたが、地元ではすでに有力と見られていました。

これは中国の「新シルクロード構想」の一環でもあります。ピレウス港はアジア・中東方面からスエズ運河を通過して地中海側に出て欧州やアフリカに向かう中継点にあり、中国はぜひ手に入れたかったものでした。買収後は中国で生産した工業製品をピレウス港で陸揚げして、鉄道で欧州各地域に輸送する計画です。

また豪華客船用の発着桟橋の整備と不動産開発を一体的に進めることなども計画しているそうで、まさにギリシャが進めるべき成長戦略事業の柱を中国が担おうとしていると言えます。民営化事業の具体化という点では歓迎すべきことですが、中国がギリシャに戦略拠点を築くことにもなるわけで、警戒する声も出ています。

このようにギリシャ経済再建への取り組みは始まっていますが、それらの成果が出るまでには時間がかかります。その間に景気を回復させ、危機が再燃しないように財政改革を進めなければなりません。チプラス政権とギリシャ国民が経済再建に向けた成長戦略を構築し、改革への努力を持続できるかがカギとなるでしょう。

(※岡田晃氏の人気連載『経済ニュースの"ここがツボ"』ギリシャ関連の解説記事は以下を参照)

第13回14回15回32回33回34回35回36回

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。