二つの火山が美しい8の字を造形

伊豆諸島の島々は、基本的に火山島である。三宅島の噴火と全島民避難は記憶に新しいところだろう。伊豆大島の三原山も最近では1986年秋に大噴火を起こしているし、第20~21回でお伝えした青ヶ島も黒潮の海へ突き出た勇壮な二重カルデラの頂上だ。

ここ八丈島も、その例に漏れない。しかもこの島は、二つの火山の噴火によって、美しい8の字形に造形されている。"八"丈島が"8"の字の形をしているのは、もちろんただの偶然であるけれど。

その姿はひょうたんにも似ていて、あの『ひょっこりひょうたん島』のモデルであるという説もある。ただし、モデルだと主張している島は全国いくつもあるし、制作者側も具体的なモデルについて言及はしていないから、実際のところはわからない。

八丈島空港のロビーに飾ってあった「昭和60年10月」撮影の空中写真。完全な横倒し状態で写っているが、実際の南北軸に合わせると、左側がもっと上に持ち上がった斜め8の字の状態で海に浮かんでいる

話を戻そう。八丈島を形づくった二つの火山が、八丈富士と三原山である。左に40度ほど傾いた8の字の左上の円、すなわち島の北西部に位置するのが、名前のとおり富士山に似た美しい円錐形の姿を持つ八丈富士。その位置関係から西山とも呼ばれている。 もう一方、島の南東すなわち8の字の右下の円に相当するのが三原山で、こちらは東山とも呼ばれる。実際に八丈島に滞在していると、八丈富士が北山で三原山が南山……でもいい気はするが、島の人からするとそういう感覚ではないのだろうか。

島の歴史としては、まず三原山のほうが先に噴火を始め、後に海底火山だった八丈富士が噴火して陸地となり、二つの山がつながって、この素敵な海上芸術ともいえる8の字形が誕生した。東西の海上から眺めると、女性の二つの乳房のようにも見える。かつて八丈島が「女護ヶ島」と呼ばれたのも、その姿に源があるのかもしれない。

八丈富士中腹の「ふれあい牧場」から見た山頂方面。山頂と反対側を向けば、三原山方向の雄大なパノラマが広がっている。この牧場の少し上辺りを通って八丈富士をぐるりと一周する快適な自動車道路がある

八丈植物公園の駐車場付近には、八丈島の全体像をかたどったオブジェのようなものがある。手前の岩塊が三原山、右奥が八丈富士だ。写真では少々見えづらいが、八丈富士の左、芝生の海には小さな八丈小島を表す石も置かれている

火山の活動で生まれた島であるから、温泉があって、三原山周辺に散在している。海を見下ろす見晴らしが自慢の「みはらしの湯」(休業していたが2008年11月20日に再開)、滝の流れを間近に感じられる森の中の湯「裏見ヶ滝温泉」、八丈島の檜や杉がふんだんに使われた「ふれあいの湯」などなど、湯めぐりも実に楽しい。700円で各温泉を一日に何度も利用できる温泉一日周遊券も発売されている。

(上)滝の水が流れる森の中にポツンと露天風呂が設けられた裏見ヶ滝温泉。10時から21時まで入れて、入湯料はなんと無料。ただし男女混浴なので水着着用が義務(右)裏見ヶ滝温泉から道路を挟んで反対側の森を5分ちょっと上っていくと、かわいらしい裏見ヶ滝にたどり着く。名前のとおり、裏側から落ちる水を眺められる滝だ。よく"恨みヶ滝"と勘違いされるらしい

火山と温泉の島である八丈島では、地熱も豊富に得られる。地下にあるその地熱=マグマのエネルギーを利用するため、東京電力では三原山の山麓に同社初となる地熱発電所を建設した。運転開始は1999年のこと。敷地内には「TEPCO八丈島地熱館」が設けられ、無料で見学できる。展示物もなかなか興味深い。温泉めぐりにとどまらず、せっかくだからここを訪れて地熱発電の勉強もしてみたらいいと思う。八丈島を生み出した地球のパワーを実感できることだろう。

東京電力の地熱発電所。八丈島の豊富な地熱エネルギーを利用した、自然にやさしい発電システムである。八丈島は風が強いことを前回書いたが、ここにはその風を利用する風力発電の巨大な風車も建てられている

本地熱発電所の地熱貯留層は約300度、10MPa(メガパスカル)=約100気圧という高温高圧空間で、水滴の周りには一瞬で蒸気の膜が生まれる。その様子を体感できるのが地熱館内にあるこの展示物だ

地熱館の入場時にもらえるバッジを、地熱貯留層内でかかるのと同等の圧力でプレスできる展示物がある。右の平らな状態がプレス前、八丈富士と三原山が盛り上がったのがプレス後である

島寿司、明日葉……楽しい島グルメ

前回も書いた民宿「あしたば荘」は、島の南部・中之郷にある。夕飯には八丈島の郷土料理「島寿司」が出てきた。島寿司は、2005年の八丈島来訪時にそのうまさでクセになった。今年の旅でもどこかで絶対に食おうと思っていたが、宿の食事で出てきてくれたので大満足。八丈の島焼酎をチビリチビリとやりながら、満喫したのであった。

あしたば荘でいただいた島寿司。今回のネタは、メダイ、メジマグロ、メカジキの3種である。甘めのシャリにヅケと辛子というのは実によく合い、もちろん島焼酎も進む。本来は保存向けにヅケとしたのが始まりらしい

八丈の島寿司は、ヅケにした魚を、ワサビではなく辛子で握るのが特徴。「あれ、そういう寿司、那覇空港でも売ってたな」と思い当たる人がいるかもしれない。そう、那覇空港で"空弁"として人気の大東寿司が、まさにその八丈風島寿司である。

なぜ遠く離れた沖縄で、八丈島と同じ食べ方をしているのかといったら、これには歴史がある。1900年前後から、八丈の住民たちが南大東島、北大東島、沖大東島といった大東諸島に移民し、開拓を行った。ゆえに大東諸島で食される島寿司は、八丈島と同じくヅケで辛子……となったわけなのだ。

ヅケと辛子でない島寿司もある。島中部・三根の「あそこ寿司」では両方を食し比べることができる。あそこ寿司では、普通の島寿司は予約なしでOKだが、ヅケの島寿司は要予約なのでご注意を

八丈島名物といったら、どんなものが思い浮かぶだろう。食べ物では明日葉、くさや、民芸では黄八丈といったところが挙げられるか。

くさやは、やはり強烈である。好きな人にはたまらないがそうでない人にはシビアな郷土料理だ。2005年の来島時はくさや未経験の人と同行したが、「食べてみたい!」とチャレンジ精神旺盛な答えをもらったので食べさせてみたら、案の定……ひと口ふた口で挫折していた。僕はどうかというと、案外いける。ただし胃の中に落ちたくさやは、その後もしばらく口中からにおいを放ち続けるが。

ちなみにそのときくさやを食したのは、名店の誉れ高い郷土料理屋「梁山泊」。ここで食った島寿司も実にうまかった。八丈や青ヶ島の焼酎も数多く用意されているので、宿の外で呑みたい向きにはおすすめの店である。

八丈島の伝統工芸として名高い黄八丈。三根にある「八丈民芸やました」では黄八丈織り体験ができる。黄八丈をかたどった「黄八丈サブレ」も八丈島土産として人気の品だ

明日葉も八丈島の名産としてよく知られるところ。写真はやはり三根地区の「合月」でいただいた、明日葉の粉を練り込んだうどんと、明日葉の天ぷらである。同店では明日葉づくしを楽しめる

「梁山泊」は、今回は訪れるチャンスを逸した。また次回の来島時にはぜひうかがいたい。ちなみに同店の島寿司(ヅケ)も要予約……だけれど、予約なしで運よく食べられることもある。でも予約しておいたほうが無難

さて、八丈島は、前回も書いたように年平均気温が18度と、それなりに暖かい土地柄だ。そこで八丈島観光協会では「東京都亜熱帯区」というナイスなコピーを使っている。もちろん実際には南の楽園とまではいえないし、沖縄と比べると亜熱帯と表現するのも気は引けるのだけれど、このコピーはステキかなと思える(でもやっぱり……東京都亜熱帯区を名乗るなら小笠原だろう、とは正直思うんだけれど)。

それでもたしかに、島内ではヤシやソテツを見かける。空港の近く、島のど真ん中にある都立八丈植物公園もおもしろい。温室では熱帯・亜熱帯性のさまざまな植物を見られるほか、広い敷地内には写真や資料が展示されたビジターセンターあり、オオタニワタリが生い茂る散歩に最高な林の道あり、キョンと触れられる広場あり……と、子ども連れでなくても長い時間楽しめる。

八丈島では至るところで見かけるフェニックス・ロベレニー。観賞用として栽培され、八丈島の基幹作物そして最大の"輸出品"となっている。地元では単に「ロベ」と呼ばれることが多い

左、八丈植物公園の駐車場付近から見た雄大な八丈富士。たしかに"亜熱帯区"風情バリバリな光景である。右の写真は公園内にある八丈ビジターセンター

ところで、「キョンって何だ?」と思った人がいるにちがいない。キョンは、中国南部や台湾に生息するシカ科の動物である……などという真面目な解説より、かつて山上たつひこの漫画『がきデカ』に親しんだ世代なら、こまわり君のギャグ「八丈島のきょん!」でおなじみだろう。実在の生き物だとは思っていない人も多いかもしれないが、八丈島できちんと生きている。ただしここのキョンは、"飼われている"というのが正しい。本来日本にいなかったキョンだが、実は千葉県にも移入され、野生化したキョンが千葉の山中を少なからず徘徊しているらしい。

かわいらしいキョン。目の下に分泌物を出す眼下腺というものがあって、それが目のように見えるため、ヨツメジカとも呼ばれている。こまわり君世代はぜひ"八丈島のきょん!"を実体験してみよう

次回からは酒と海産物に恵まれた巨大な国境の島、佐渡編をお送りします。