トランプ氏が大統領選で勝利してから約1カ月半。トランプ次期政権への移行準備は着々と進み、株価は政策期待から上昇が続いていますが、その一方で通商・貿易や外交については具体的な政策が不透明で懸念は相変わらずです。

そんな中、約10日間の短期間でしたが、米国に出かけて現地の空気を探ってきました。

ワシントンDCで見たホワイトハウス

ホワイトハウス前では新大統領を迎えるための仮設スタンドの建設工事が進んでいる

まずワシントンDCを訪れました。ホワイトハウスの前では、1月20日に新大統領を迎えるための仮設スタンドの建設工事が急ピッチで行われていました。ただ警備は予想したほど厳重ではなく、準備が淡々と進められている印象でした。たまたまホワイトハウスのビルに入居する日系企業を訪問した際、その同じビルに政権移行チームがオフィスを構えていると聞いたのですが、そのわりにはビルの入館者チェックは他のビルと同じ程度で、こちらが逆に拍子抜けするほどでした。

トランプ新政権の政権移行チームが入居しているビル(ワシントンDC)

政権移行チームの主な仕事は、新政権の人事や政策の具体化を準備することです。これまで主要閣僚人事はほとんどが決まりましたが、ワシントンで話題になっていたのは、閣僚より下位の幹部人事が難航しているらしいということでした。米国では政権が交代すると政府の上級幹部職員がごそっと入れ替わりますが、その数は約4,000人にのぼるといいます。

通常の政権交代時には、新政権の下で仕事をしたいという多数の幹部候補生が民間から応募してくるのですが、今回は応募が少ないというのです。また応募者が過去にトランプ氏を批判していなかったかを一人一人調べてふるいにかけているそうで、数多くの応募者が書類選考で落とされているという話も耳にしました。

トランプ政権の政策にはさまざまな不安が指摘されていますが、政策の内容もさることながら、それを支える足元の体制にも不安を抱えてのスタートになるかもしれません。

新政権の前途への不安という点では、トランプ氏が経営する企業との関係を問題視する声も多く聞かれました。その代表例が「トランプ・インターナショナルホテル」です。議会議事堂からホワイトハウスに向かう大通りに面した一等地にあり、今年9月にオープンしたばかりです。ちなみに大統領就任式当日のパレードが通常ルートなら、トランプ新大統領はそのホテルの前を通ることになります。

同ホテルはもともと米国政府が所有し郵便局として使われていましたが、トランプ氏の会社が政府から借り受け、ホテルに改造したものです。建物は19世紀に建てられた石造りの歴史的建造物で、宿泊料金が一泊800ドル(約9万4,000円)という高額が話題となっていました。しかし今回トランプ氏が大統領に就任することから、政府が所有建物を大統領の経営する会社に貸しているという関係になり、新たな問題が生じているのです。

これは「利益相反」と呼ばれるもので、場合によっては訴訟が起きる可能性もあるそうです。トランプ氏は米国各地で不動産事業を手がけ関連企業も数多くありますので、他にもこうした問題が出てくることは十分考えられます。トランプ氏は「大統領就任後は会社経営から退き、経営は息子に任せる」との意向を明らかにしています。しかしそれを正式に表明すると見られていた記者会見を直前になって延期しました。

こうした点について米メディアは強く批判しています。すでに選挙中から各メディアはトランプ氏への批判を繰り返してきましたが、現在でもその空気は継続しているようです。ちょうどワシントン滞在中に、最大の焦点だった国務長官にエクソンモービルCEO(経営最高責任者)のレックス・ティラーソン氏の指名が発表されましたが、それを報じるテレビは、同氏について「ロシアの友人」「共和党内に懸念」とのニュースタイトルを流し、共和、民主両党の議員が出演してこの人事を批判していました。

ワシントンでは、大統領選でクリントン候補の得票率が90%以上でしたので、トランプ新大統領に批判的な声が多かったのは予想通りでしたが、それを差し引いても米国内の分断の根深さを垣間見た数日間でした。

景気の良さが印象的だったニューヨーク

続いてニューヨークに移動しましたが、こちらでは景気の良さが印象的でした。ニューヨークに着いた次の日、気温はマイナス7度台、体感温度はマイナス12~13度という寒さで、その夜から翌朝にかけて大雪となりました。そんな中でも、5番街は買い物客や観光客であふれていました。

ニューヨークは寒波に見舞われ、セントラルパークは雪化粧となった

5番街はニューヨークの中でも最もにぎわう大通りで、高級ブランド店が立ち並んでいます。特にクリスマス商戦が繰り広げられる12月は例年、大変な人出となりますが、今回は例年にも増してにぎわっている感じがしました。平日の昼間にもかかわらず歩道は行き交う人の多さで渋滞状態となり、なかなか前へ進めません。ブランド店や高級百貨店の店内はどこも混雑していました。

その5番街の中でも超一等地と言える一画に、あのトランプタワーが建っています。その前で記念撮影をする人たちと徒歩規制の警備で、周辺は一段と混雑していました。

ニューヨーク五番街のトランプタワーの前には多くの人が集まり、観光新名所のようになっている

私は十数年前にニューヨークに駐在し、その前半期はITブームで未曽有の好景気と言われたものですが、今回の光景はその当時と変わらないほどの印象でした。タクシーはなかなかつかまらず、ようやく乗車できても道路はどこも渋滞で「地下鉄に乗れば良かった」と何度も後悔しました。ニューヨーク・マンハッタンの道路渋滞とタクシーの捕まえやすさの程度は、米国の景気を肌感覚でつかむうえで昔から私が目安としている"指標"の一つです。

大手高級百貨店「サックス・フィフス・アベニュー」の店内は買い物客でごった返していた(ニューヨーク五番街)

ただ、好調な消費も見かけほどではないとの指摘もありました。街角の人出の多さほどは小売店の売上高は伸びていないというのです。その理由の一つがネット消費の増加です。ウインドーショッピングは楽しむけど、実際の買い物はネットで注文というわけです。「それが証拠に、店から出てきた客は多くても、店の買い物袋を手に提げていない人が多いでしょう」とある店員が教えてくれました。実際に観察してみると、街を行き交う大勢の人の中で手提げ買い物袋を持っている人は意外に少ないように見えました。この傾向は日本も同じですが、米国が先行しているのかもしれません。

好景気継続のためのポイント3つ

いずれにしても、ニューヨークの街角の様子だけで米国の景気全体を断定するわけにいかないことは言うまでもありません。しかしマクロの数字も消費の堅調を裏付けています。ニューヨーク滞在中に、11月の小売売上高が発表されましたが、それによると前月比では0.1%増にとどまったものの、前年同月比で3.8%増と堅調な伸びを示しました。帰国後に発表された他の経済指標もまずますの結果となっており、特に27日に発表された12月の消費者信頼感指数は15年4カ月ぶりの高水準を記録しました。

株価もトランプ次期大統領の経済政策への期待から上昇が続いており、ダウ平均株価は2万ドルの大台に迫っています。トランプ氏が打ち出している政策のうち特に市場が期待しているのは、(1)今後10年間で1兆ドルの公共インフラ投資(2)法人税、個人所得税の大型減税(3)規制緩和――などです。これらが実行されれば、かなりの景気押し上げにつながるわけで、この期待が株価を上昇させ、それがまた消費を支えていると言えます。

ダウ平均株価は2万ドルの大台に迫る

この流れを持続できるかどうかは、トランプ次期大統領次第と言ってもいいでしょう。ポイントは次の3つです。

第1は、市場が期待している国内経済政策を実行に移せるかどうか。これまでにトランプ氏が掲げた政策をそのまま実行しようとすれば多額の財源が必要となりますし財政赤字を拡大させることになります。与党である共和党はもともと「小さい政府」を標榜しており、財政拡大路線には慎重です。もし共和党の反対で、政策規模が縮小することになれば市場は失望し株価は一転して下落する可能性があります。

第2は、やはり保護主義的政策です。これまでもたびたび指摘してきた通りですが、保護主義は世界経済全体にとってにマイナスであり、結局のところ米国自身にも跳ね返ってくるものです。これが最も懸念される点です。

第3は、前述のようにトランプ政権の運営です。トランプ氏のビジネスとの利益相反問題、政権の人事・体制の問題など不安材料が少なくありません。国務長官人事など批判もあります。新大統領がそれらをうまく束ねてスムーズな政権運営を行えないような状況になれば、新政権は行き詰まってしまう恐れがあります。

トランプ新大統領は来年1月20日に就任します。それまでにはもう少し方向性が見えてくることに期待したいところです。

※写真はいずれも著者撮影

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。