トランプ氏勝利、日本への影響は?

トランプ次期米大統領が早くも日本を大きく揺さぶっています。世界の首脳の中で最も早く安倍首相と会談し友好ムードを演出したのもつかの間、21日には「就任初日にTPP(環太平洋経済連携協定)から脱退する)と明言し、日本を困惑させています。しかしその一方で、市場ではトランプ氏の経済政策への期待が膨らんで、株高・円安が一段と進んでいます。果たしてトランプ大統領の登場は日本にどのような影響をもたらすのでしょうか。

まず市場の動きから見てみましょう。日経平均株価はトランプ氏の勝利が決まった9日(日本時間)に919円安の1万6,251円まで急落した後、翌日には1,092円高と大幅反発し、その後も上昇を続けています。21日には10カ月半ぶりに1万8,000円を回復しました。10日から22日までの9営業日のうち下落したのは1日だけ。しかもその日の下げ幅はわずか4円でした。その間の上昇幅は1,911円、上昇率は11.8%に達しています。

米国の株価も上昇が続いています。代表的な株価指数であるダウ平均株価は連日最高値を更新し、1万9,000ドル台をつけました。前号で見た通り、トランプ氏が打ち出している大規模な公共投資と大幅減税、規制緩和などへの期待が高まっていることが背景で、株価上昇の勢いが止まらない雰囲気になっています。

米大統領選後、ニューヨークの株価より日本の株価のほうが上昇率が大きい

ここで興味深い現象が起きています。ダウ平均株価の上昇率は、8日から23日までで4.1%でした。これでも相当な上昇ですが、トランプ氏のおひざ元であるニューヨークの株価より日本の株価のほうが上昇率が大きいのです。

その原因は円安です。為替相場は、トランプ氏勝利直後に一時1ドル=101円台まで一気に円高となりましたが、その後は一転して円安となっています。日本が休日だった23日の海外市場では112円台まで円安が進みました。これは、トランプ氏の経済政策が米国経済の成長に効果があるとの見方からドル買いが強まっているため、ドル高、つまり円安が進んだのです。

米大統領選後、101円台まで一気に円高になったが、その後一転して円安に

円安は輸出産業の収益を改善させ、日本の景気全体を好転させます。これをうけてトヨタ自動車や日立製作所など輸出企業の株価上昇率がより大きくなっており、日本の株価全体を一段と押し上げることになっているわけです。

円安を受けてトヨタ自動車、日立製作所など輸出企業の株価上昇率がより大きくなった

ドルは円に対してだけでなく、ユーロなど他の主要通貨に対しても高くなっています。本質的には円安というよりドル高です。本連載の前号で、トランプ氏の経済政策とドル高が1980年代前半のレーガン時代に似ていると書きましたが、その様相がますます強まっていると言えるかもしれません。

日本との関係で見ると、当時もレーガノミクスの効果で米国の景気が好転し、その余波が日本にも及びました。当時の日本は2度にわたる石油危機の影響で景気低迷が続いていましたが、米国国内の景気回復とドル高・円安のおかげで輸出が急速に増加し景気が好転していきました。

今後しばらくの間は、その当時と似たような展開になるのではないかとの期待が市場には広がっています。しかしその一方で、懸念と不安を拭えないのも事実です。

保護主義という最大の懸念

懸念の一つが、トランプ次期大統領がいつまでドル高を容認するかという点です。その"前例"はレーガン時代にありました。レーガン大統領の1期目(1981~85年)はドル高でしたが、輸出が不利になってきたことや金利が高くなりすぎたことなど、次第にドル高の弊害が目につくようになってきました。こと、などです。そこでレーガン大統領は2期目に入った1985年に為替政策をドル安誘導に転換したのです。その年の9月、先進5カ国(米、日、西独、英、仏)の財務大臣・中央銀行総裁がニューヨークのプラザホテルに集まって、ドル高是正(つまりドル安誘導)で合意(いわゆる「プラザ合意」)、各国が猛烈な勢いでドル売り協調介入に踏み切ったのでした。その結果、円相場は1ドル=240円台から2年後には120円台まで一気に円高が進んだという歴史があります。

トランプ氏も、いずれドル安路線をとる可能性がありそうです。「米国に生産と雇用を取り戻す」と主張しているトランプ氏が、ドル安に転換させて米企業の輸出増加を図ろうと考えてもおかしくありません。日本に対しても、通商交渉を有利に進めるために円高プレッシャーをかけるというのは、かつて貿易摩擦の激しかった1990年代に見られた光景です。

こうした考え方は保護主義につながるもので、これがトランプ氏の経済政策で最も懸念されるところです。保護主義の問題点は前号で指摘した通りですが、21日のビデオ演説で「就任初日にTPPから脱退する」と表明しました。トランプ氏は勝利決定後は過激な発言を控えていましたし、人事ではTPPに前向きと言われ知日派でもある投資家のウィルバー・ロス氏を商務長官に起用することを検討していると報道されるなど、現実路線への軌道修正に期待が出ていました。

それだけに21日の「TPP脱退」明言で、トランプ氏の翻意は困難になったこと、保護主義的な考えが強いことがあらためて印象づけられた感があります。米国のTPP脱退は、TPPの存在意義をないに等しいものにするだけでなく、新たに2つの問題を生じさせることになります。

第1は、世界的な保護主義の拡大と自由貿易の後退につながるおそれがあることです。トランプ氏の考えの基本となっている「米国第一」はある意味では当然のことで、それが米国経済の成長をもたらす可能性がある半面、自国の利益を最優先する保護主義になりやすいものです。

保護主義がいかに世界経済にとってマイナスになるかは歴史が示しています。1929年に米国で株価が大暴落したことをきっかけに世界大恐慌が起きましたが、各国は不況に対応して自国産業を保護するため輸入品に高い関税をかけるようになりました。各国が他国の関税に対抗して、また関税をかけるような形で世界貿易の縮小を招き、それが世界大恐慌を深刻なものしたのでした。これはやがて第2次世界大戦を引き起こす経済的背景の一つとなったのです。

今日でも、トランプ氏の保護主義が、欧州などでも広がりつつある移民排斥やEUからの離脱などの動きを勢いづかせることになりかねないことが危惧されるところです。

第2は、中国との関係です。TPPによるアジア太平洋地域での自由貿易圏形成は中国に対抗、あるいは中国への経済的けん制の意味合いも持っています。しかしTPPが頓挫するか米国抜きになれば、がぜん中国の存在感が増すことになります。中国が中国主導の貿易圏づくりに力を入れてくることが考えられます。

このことはTPPの問題にとどまらず、安全保障の問題でもあります。トランプ氏は国際的な問題への関与を減らし日米安保体制を見直す発言もしていましたが、そのことは東アジアでの米国と日米同盟による抑止力を低下させることにつながりかねません。その機をとらえて中国が南沙諸島や尖閣諸島周辺などの海洋進出を一段と活発化させる可能性がありますが、そのへんについてトランプ氏がどのように考えているかは明確ではありません。

トランプ氏の主な政策と日本への影響

以上のように、トランプ氏の政策や考え方には日本にとって景気などで期待できる反面、通商・貿易や安全保障などでは心配な面が多いというのが現実です。トランプ氏の政策の全体像はまだ明確になっていないところが多く、私たちは当分の間ほんろうされることになるのでしょうか。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。