連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
新興国経済の変調が目立っています。中国の景気が急速に減速して行き詰まりを見せているのをはじめ、ブラジル、ロシア、インドネシアなど有力な新興国が軒並み経済不振に陥り、その影響が日米欧の先進国にも波及してきました。少し前までは世界経済の牽引車と言われた新興国経済は、今や世界経済にとって最大のリスク要因となっています。
一人っ子政策の撤廃も中国指導部の危機感の現れ
まず中国経済についてはこの連載でこれまで何度か書いてきましたが(第35回、第38回など)、このほど発表された7-9月期の実質GDP(国内総生産)は前年同期比で6.9%の伸びにとどまり、リーマンショック直後の2009年1-3月期以来、6年半ぶりに7%を下回りました。
中国政府は今年の成長率目標を7%としており、そのラインを割り込んだインパクトは大きいものがあります。しかもこれは一時的な現象ではなく構造的なものです。高度成長によって膨らんだバブルが崩壊して金融機関や国営企業が膨大な不良債権を抱えていると言われているほか、所得格差拡大、環境問題なども深刻化していることが背景です。
7-9月期GDPの発表後、中国人民銀行は利下げを発表しました。利下げは、株価急落の始まった6月以降で3回目、金融緩和を開始した昨年11月以降では6回目です。これだけ矢継ぎ早に利下げを繰り返しても経済悪化を食い止めることができないでいるわけです。
報道によりますと、中国共産党は一人っ子政策を撤廃し、すべての夫婦に第2子の出産を認める方針を打ち出しました。これまで30年余り続けてきた一人っ子政策によって働き手の人口が減少し、それが経済成長低下の要因となっているからで、それほどに中国指導部の危機感は強いと言えるのです。
中国だけでなく、ロシア、ブラジルも
中国だけではありません。ロシアは原油価格の急落が響いて昨年末から経済が急速に悪化し、現在も不振が続いています。ロシアが経済成長を遂げたのは1990年代後半から原油生産が増加したことが大きく貢献しており、原油の輸出が同国の輸出全体の3割、天然ガスなども含むエネルギー輸出では7割も占めるほどになっていました。
ところが原油価格の急落がロシア経済を直撃したのです。ウクライナ情勢をめぐるEUとの関係悪化もロシア経済に影を落とし、今年4-6月の実質GDPは前年同期比でマイナス4.6%となりました。今年は年間でもマイナス成長になるのは確実な見通しで、これはプーチン大統領の在任期間で初めてのことです。
ブラジル経済の不振も深刻です。実質GDPは今年に入り1-3月期、4-6月期の2期連続でマイナスに陥り、年間でもマイナス成長となる公算が大きくなっています。失業率は悪化する一方、物価上昇率は10%近くに達しており、通貨レアルは今年に入ってから約28%も下落、史上最安値をつけています。
同国では経済低迷に加えて閣僚などの汚職疑惑が広がり、ルセフ大統領の支持率が8%台に急落しています。同大統領は2011年に初の女性大統領として就任しましたが、その頃の人気ぶりと様変わりです。こうした政治の混迷がさらに経済にも悪影響を及ぼしている状況で、来年のリオ五輪開催を控えて懸念が広がっています。
新興国が世界経済最大のリスクとなった4つの理由とは!?
以上の3カ国にインドを加えた4か国が「BRICs」と呼ばれていたことを皆さんは覚えているでしょうか。この4か国のアルファベットの頭文字をとって名づけられたBRICsは、台頭する新興国のリーダー格として2000年代後半ごろからもてはやされるようになりました。そして、新興国は先進国に頼らなくても自力で経済発展を遂げ、先進国の景気が悪化してもそれに影響されないという「デカップリング(非連動)論」が一世を風靡したものでした。
しかし現実は、先進国の米国や日本などは景気回復が続いているのと対照的に、新興国経済が大きく落ち込んでいます。BRICsという言葉もほとんど聞かれなくなりました。新興国経済の低迷にはそれぞれの国によって固有の背景もありますが、共通する理由が4つあります。
第1は、もともと新興国経済は脆弱性を抱えていたことです。各国とも短期間に急速に経済成長を遂げたことから、経済が過熱しやすくインフレになりやすい傾向があります。また国民の生活水準が向上したことは確かですが、それでもなお全体として所得水準が低く格差も拡大しています。このように経済基盤がまだ弱いまま、外的な要因によって影響を受けると振幅が大きくなりがちな特徴をもっています。
第2は、原油価格の下落による影響です。ロシアがその典型例ですが、他にも中東などの産油国も影響を受けています。また原油下落と並行して、金や鉱物資源の価格下落も進行しており、それらを多く産出する新興国経済に打撃を与えています。
第3は、中国経済の減速が他の新興国に影響を与えていることです。たとえばブラジルは実は、皆さんの想像以上に中国との経済関係が深いのです。中国の経済成長に伴ってブラジルの食糧や鉱物資源などが中国に多く輸出されるようになりました。ブラジルなど中南米はかつては「米国の裏庭」と言われていましたが、今ではブラジルの貿易相手国の1位は米国ではなく中国です。その中国の経済が鈍化しているため、ブラジルの輸出が減り景気悪化を加速する結果になっているのです。
これは中国との経済関係が深い新興国に共通する現象です。ブラジルだけでなく、原油や鉱物資源を中国に輸出するオーストラリア、中東などがそれに該当します。また中国を製品の輸出先として依存している韓国、マレーシア、シンガポール、台湾などのアジア各国も影響を受けやすい国々と言えるでしょう。
第4は、米国の利上げの動きです。FRB(米連邦準備理事会)は米国の景気回復が進んだことから2013年に、それまで実施していた量的金融緩和を終了する考えを示唆し、2014年10月に実際に終了しました。そして次のステップとして、近いうちに利上げするものと見込まれています。これが世界のマネーの流れを変えたのです。
米国が量的緩和を実施していた時期は、量的緩和によってあふれ出した大量のマネーが新興国に流入し、それが新興国経済を潤していました。ところが量的緩和が終了し、次は利上げとなると、そのマネーの供給が従来より絞られることになり、新興国からマネ-が流出する結果となるわけです。あるいはそれを見越して新興国の株価と通貨が下落するという現象が続いています。
新興国経済の変調が日米欧の先進国にも影響
こうして苦境に立つ新興国経済ですが、その影響は日米欧の先進国にも及んできています。ここ2~3カ月、日本や米国の株価下落が続いていましたが、その一因となったのが新興国経済への懸念でした。欧州では景気低迷の長期化に対応して、ECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁は10月、「金融緩和について議論した」と語り、12月頃の利下げの可能性を示唆しました。またFRBが10月の利上げを見送ったのも、中国など新興国経済への懸念があったからです。
ただ、欧米のこうした姿勢が市場に安心感が与えたのも事実で、その後、日米欧の株価は世界的に上昇に転じています。一部の新興国の株価も下げ止まり感が出てきており、今後は一段の悪化には歯止めがかかる可能性も出てきました。
日本にとっても中国をはじめ新興国の動向は気がかりなところです。日銀は10月末に発表した展望レポートで「リスク要因は中国をはじめとする新興国経済の減速の影響」と指摘し、新興国経済を注視する姿勢を示しています。私たちも引き続き新興国経済から目が離せない毎日が続きそうです。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。