連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


欧州に押し寄せるシリアなどからの難民、対応に揺れるEU(欧州連合)

シリアなどからの難民が欧州に押し寄せ、EU(欧州連合)が対応に揺れています。この問題は人道的な観点はもちろんですが、EU統合の理念を揺るがしかねない事態となっています。

内戦で混乱の続くシリアやイラクなどからの難民は従来はトルコやレバノンなど周辺国に逃れていましたが、難民キャンプの収容能力を上回るようになってきたことや出身国に帰国できる見通しがなかなか立たないことなどから、最近はさらに欧州をめざして移動する人が急増しています。中東では世界保健機関(WHO)などの国際機関が難民支援を行っていますが、難民急増に対して支援が追いつかないことも、難民の欧州流入に拍車をかける背景になっているとみられます。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、中東やアフリカから地中海を渡って欧州に来た難民や移民は今年に入って41万1000人を超え(9月15日現在)、過去最高だった昨年1年間の21万9000人をすでに大幅に上回っています。難民の行き先では最も多いのがギリシャで28万8000人、次いでイタリア12万1500人などとなっていますが、これらは最終目的地というわけではなく、そこからさらに経済的に豊かなドイツやイギリスをめざす難民が多いのが実情です。

地中海を渡って欧州に流入した難民・移民数(2015年は9月15日現在)=国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)

先日、シリア難民の密航ボートが転覆して溺死した幼い子どもがトルコの海岸に打ち上げられたというニュースが世界に衝撃を与えましたが、他にも痛ましい事故が頻発しています。地中海を渡って欧州に入ろうとした船の事故で、今年に入って2900人の難民が死亡または行方不明となっています(UNHCR、9月15日現在)。

地中海での難民の死者・行方不明者数(2015年は9月15日現在)=国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)

EUのユンケル欧州委員長は難民の受け入れ分担を義務化するとの案を発表

こうした状況に対応してEUはすでに今年4月の首脳会議で、密航船の監視や救助活動の強化などのため、財源を3倍に増やすことで合意していましたが、難民の受け入れには消極的でした。6月の首脳会議では、加盟国が分担して難民4万人を受け入れる案が提示されましたが、義務化は見送られ、自主的な受け入れの方針にとどまっていました。

しかしトルコ海岸での幼児の遺体漂着などを受けて空気が変わりました。9月9日にEUのユンケル欧州委員長は難民の受け入れ分担を義務化するとの案を発表しました。EU28か国のうち22カ国で難民16万人を受け入れ、そのうちドイツが4万人余り、フランスが3万人余りと両国で約半数を分担し、そのほかの加盟国にも分担の人数を示して受け入れを義務化するというものです。

EUの難民受け入れ分担案(日本経済新聞より)

これには人道的な見地からの受け入れという背景とともに、「欧州は一つ」との理念を実行で示すという意味合いもあります。しかし前述のように今年に入ってからの難民流入はすでに30万人を超えており、今年の年間では欧州全体の難民申請件数は200万人近くに上るとの見通しも出ています。つまり16万人の受け入れ分担だけでは足りないのが現実なのです。

東欧諸国の反対が強く、加盟国の合意はなかなか得られないという実態

そのうえ、加盟国の合意はなかなか得られないという実態があります。ユンケル案の合意を目指して14日に開いた内務・法務理事会ではドイツやフランスなど多数の国が分担受け入れに賛成したものの、ハンガリー、チェコなど東欧諸国の反対が強く、合意できませんでした。

反対の理由は、ここでEUが受け入れを決めれば難民流入がさらに加速して混乱するというものですが、もともと東欧諸国は難民を受け入れる経済的余裕が少ないこと、難民にはイスラム教徒が多いことへの抵抗が強いことなどが背景にあります。難民受け入れに前向きなドイツやフランスなどはもともと中東やアフリカからの移民が多いのに対し、旧共産圏だった東欧はグローバル意識が薄いと言われています。

実はこれこそが、欧州統合の理念が問われている点なのです。「欧州は一つ」と言いながら経済的な格差は広がっており、それが意見の対立につながりがちです。それはギリシャ危機でも見られた現象でした。ギリシャ危機では欧州内の「南北」対立が顕著でしたが、難民への対応では「東西対立」の様相を見せています。

EUは結束して難民問題に対応できるのか?

しかし欧州統合の理念は本来そうした違いを乗り越えて一体化を目指すものであるはずですが、現実にはその違いは大きな壁となっているのです。欧州統合の理念を代表するのが、EU域内での自由な移動です。難民もいったんEU域内に入れば、そのあと他のEU加盟国には自由に移動できることになります。実際、彼らの多くはまずギリシャに入り、その後、バルカンを経由してオーストリア、ドイツをめざしています。

しかし報道によれば、経由地となっているハンガリーでは難民の通り道となっている鉄道の線路を封鎖したほか、不法入国した難民4300人を拘束したということです。難民受け入れに最も前向きなはずのドイツも国境での検問を導入すると発表しました。「難民流入のペースを抑えるための一時的な措置」としていますが、移動の自由というEU統合の根幹が揺らいでいることは確かです。

果たしてEUが結束して難民問題に対応できるのか、そして難民受け入れに伴う経済的負担や治安の安定などの課題をどう解決するのか、さらにそもそも難民流入の根本原因であるシリア情勢や中東の安定のためにEUがもっと力を発揮できるのか、EUそのものが試されていると言えるでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。