列車ダイヤは列車の動きを示している。縦軸が時刻、横軸が距離で、列車は斜めの線で描かれる。しかし鉄道会社にはもうひとつ、「箱ダイヤ」と呼ばれる図表がある。こちらは縦軸が駅、横軸が時刻、正確には手順となる。線は縦と横を組み合わせた四角い線だ。四角だから箱ダイヤ。箱ダイヤは列車ではなく、乗務員の動きや車両の動きを示す。ひとつの線が業務のひとまとまりを示し、それを「仕業」という。

単線の列車ダイヤ。黒い線は列車を示す。乗務員は実際には赤い動きとなる

たとえば、列車ダイヤで上の図のように表された路線があるとする。これは列車の動きを示しているけれど、乗務員はいつも列車と行動を共にするわけではない。列車は走り続けられても、乗務員は休憩が必要だ。トイレや食事の時間も設定しないといけない。長距離路線では、運転士も車掌も受け持ちの区間があって、その境目で交代するわけだ。主要駅では乗務員交代の様子を見かける。

ある乗務員の箱ダイヤ。出社した駅から乗務して、受け持ち区間を乗務した後、出社駅に戻る様子を示している

この乗務員の動きを示す図が箱ダイヤだ。鉄道会社は列車ダイヤと同時に箱ダイヤをいくつも作成し、仕業を設定する。乗務員は仕業に合わせてスケジュールを組んで仕事をしている。同様に、鉄道車両も仕業が作られる。機関車や電車を効率よく使い、走行距離を管理して点検の実施時期などを計画する。

箱ダイヤは一般に公開されないし、もちろん時刻表にも乗っていない。鉄道ファンの中で、ひとつの路線の全駅を乗降りしようとする人が、箱ダイヤで行程を組んだりする程度だ。しかし今回、良い題材が現れた。11月7・8・14・15日に開催された鉄道演劇『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』だ。劇団「シアターキューブリック」が手がける鉄道演劇で、いままでに銚子電気鉄道、樽見鉄道、高松琴平電気鉄道(ことでん)の公演を成功させてきた。今月はひたちなか海浜鉄道湊線が舞台だ。茨城県のローカル鉄道で、JR常磐線勝田駅と太平洋岸の阿字ヶ浦駅を結ぶ14.3kmの単線非電化路線である。

ひたちなか海浜鉄道湊線の休日ダイヤ(2015年11月)。単線のローカル線だ

鉄道演劇は、走行中の列車の中で公演される。役者は動く車両の中で演技し、観客も同じ車両の座席で楽しむ。観客は「他の乗客」というエキストラ役でもあり、舞台に入り込んだ不思議な感覚になる。物語については別の機会に紹介するとして、この演劇では、役者たちの動きが重要だ。往路が前半、復路が後半。全区間を乗り通す役者もいれば、途中の駅から登場する役や、片道しか乗らない役もある。

そして、1日3回の公演がある。観客は単純に往復するだけだ。しかし、公演時間が重なっている。役者は往路・復路を組み合わせて、ひとつの物語を完成させる。その複雑な動きについて、乗務員管理の手法と同じ箱ダイヤで解いていこう。

『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』公演列車を色分けしてみた

まず、ひたちなか海浜鉄道の公演列車を色分けしてみた。演劇は定期列車に舞台となる車両を増結するため、ダイヤの変更はない。赤が第1回、橙が第2回、緑が第3回公演だ。観客は同じ色の列車で往復する。たとえば第1回の観客は、勝田駅9時32分の列車に乗って前半を楽しみ、阿字ヶ浦駅に9時59分に着く。ここから幕間の時間になって、駅周辺を散策する。その後、阿字ヶ浦駅12時39分発の列車で後半を楽しみ、13時6分に勝田駅に到着して終幕となる。

しかし、役者は観客とは異なるスケジュールで動く。終点でとんぼ返りして、また勝田駅から前半を演じて阿字ヶ浦駅にやってくる。途中駅で乗車する役者、降りる役者もいる。つまり役者たちはつねに動いている。観劇しない乗客も、期せずして役者の「回送」と乗り合わせているわけだ。

さて、『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』の役者は6名。それぞれをA・B・C・D・E・Fとすると、役者A・B・Cは全線往復する。役者Dは金上駅から乗車し、阿字ヶ浦駅まで乗る。しかし復路は殿山駅から乗り、日工前駅で降りる。役者Eは往路が那珂湊駅から乗って阿字ヶ浦まで、復路は殿山駅から那珂湊駅まで。役者Fは往路だけ、磯崎駅から阿字ヶ浦駅までだ。それぞれの動きを箱ダイヤで表してみよう。

役者A・B・Cと役者Dの箱ダイヤ

各色の線が演技中。黒い線は移動を示す。往復の全区間を演じる役者A・B・Cは列車に乗りっぱなしだ。前半を演じてとんぼ返り、また前半、前半と演じ、後半、後半、後半を演じる。第3回の前半の折返しが第1回の後半で、ここは休みなし。役者はとんぼ返りだけど、劇中では2時間半が経過している。時差を考慮した演技が求められる。

役者D・Eは途中駅から乗り、途中駅で降りる。降りた後、次の場面で乗車する駅までの移動となる。うっかり降りる駅を間違えてしまったら、すべての回が台無しだ。タクシーでリカバリーするのだろうか? 劇場とは違った緊張感があるだろう。

役者E・Fの箱ダイヤ

役者Fは演じる区間は短く、乗車区間も短い。ただし、この役どころは終点の阿字ヶ浦駅でも演技が続くため、乗ってきた列車でとんぼ返りできない。次の列車に乗り、次の公演列車を待つ。なるほど、なぜこの役者さんが磯崎駅から乗るかといえば、那珂湊駅まで行ってしまうと、公演列車とすれ違ってしまい、乗れないからだ。

劇場の演劇は、退場した役者たちが舞台の袖で次の出番を待つ。鉄道演劇の場合は、出番が途切れた役者が、列車を迎えに行かなくてはいけない。シナリオも演出も、列車ダイヤの知識が必要だ。

観客に列車ダイヤの知識は要らないけれど、観劇した後、箱ダイヤを作って役者の動きを分析してみるとおもしろい。『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』は本日(11月15日)が千秋楽。次回公演はどの路線になるだろう? 鉄道路線によってダイヤも違う。次回の「物語と列車ダイヤのコラボレーション」が楽しみだ。