長い中断を挟みながらですが、本連載を始めてから2年経過いたしました。初回に「新規設立される法人数を考慮すると、件数が増加しているとはいえベンチャーキャピタルから出資を受けられるケースは稀であることがわかります」と書きました。2019年9月時点で公表されている数字をもとに、起業に関する最新の資金調達のトレンドを整理するところから再開いたします。

新規参入する企業数はおおむね安定

出資の難易度と融資の難易度がどのくらい異なるのか、気になる方が多いと思います。資金調達環境全体を体系的に網羅した文献は見つけにくいので、複数の調査を組み合わせて、全体像を朧気ながら描いてみます。

まず、新しく設立された法人の数の推移についてです。東京商工リサーチが毎年発表している「全国新設法人動向」調査から、直近5年の新設法人数を抜き書きすると下記の通りとなります。

対前年比で毎年±5%以内の変化ですから、新規参入する企業の数はおおむね安定していると言ってよいでしょう。

次に、ベンチャーキャピタルの投資状況を見てみます。一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターが毎年発表している「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」から、直近5年の投資件数を拾うと下記の通りとなります。

2014年から2018年まで一貫して増加しており、期間中に1.7倍程度の規模となっています。総じて、投資意欲が旺盛な時期が続いていると言えます。

新しい法人に対する融資の状況を、政府系金融機関も民間金融機関も包括したかたちでまとめている資料はなさそうです。Web公開されている統計の中から代替情報として、日本政策金融公庫国民生活事業の「国民生活事業のご案内」に掲載されている「創業前及び創業後1年以内の企業への融資実績(先数)」を参照します。

2015年から2016年にかけて融資件数は顕著に伸びておりますが、他の年は対前年比で毎年±2%以内の変化です。件数が大きく変動することは少ないと推察されます。

出資と融資の難易度は約20倍

「全国新設法人動向」は年を1月から12月までで区切るかたちで集計し、「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」は年を4月から3月までで区切っていて、「創業前及び創業後1年以内の企業への融資実績(先数)」は集計期間が不明(筆者は4月から3月までと推測します)のため、厳密には横断的に演算してはいけないのですが、雰囲気を掴むために敢えて比率を計算してみます。

出資を受けた企業の割合(「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」÷「全国新設法人動向」)

ベンチャーキャピタルの投資件数は創業年数に関係なく数え上げているため、実態よりも大きい数値と考えられますが、それでも出資を受けた企業の割合は100社に1社と判断して差し支えないでしょう。年々増えていることも確認できます。Coral Capital のJames Riney氏は2019年9月3日の記事にて「私たちは毎月300社以上の新しいスタートアップを見る機会に恵まれています。ただ、最終的にその中で投資を決めるのはわずか1、2社にとどまります」と発言しています。感覚的ですが、上記の比率と整合性があるように思われます。

融資を受けた企業の割合(「創業前及び創業後1年以内の企業への融資実績(先数)」÷「全国新設法人動向」)

日本政策金融公庫が発表している数字には、民間金融機関からの融資件数が含まれていないため、計算結果は実態よりも小さい数値と思われます。融資を受けた企業の割合はほぼ2割強であり、その水準は非常に安定的で経年変化がわずかです。

乱暴な議論となってしまいますが、上記の計算結果を踏まえると、出資と融資の難易度は約20倍異なると言えそうです。最新の資金調達のトレンドに関する考察は以上になります。次回は、連載の第6回「融資の申込時に提出する書類」で解説した内容を補完します。

※写真と本文は関係ありません

筆者プロフィール: 千保 理(せんぼ ただし)

株式会社情報基盤開発CFO(最高財務責任者)

ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。財務と広報を兼務し、融資を受けた金融機関向けに経営状況を伝えるデットIR(Investor Relations)と、報道機関を介して社会全体へ情報発信するPR(Public Relations)を担う。Microsoft Innovation Award 2015にて、株式会社情報基盤開発のデータ入力業務支援ソフトウェアAltPaperが優秀賞を受賞した際のプレゼンター。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、弥生株式会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。