「政権投げ出し」批判は不適切

安倍首相が辞任を表明し、日本中に衝撃が広がりました。コロナ禍、戦後最悪の経済、米中対立激化など内外ともに厳しい情勢にあるだけに、安倍首相辞任によって大きな影響が出ることは避けられないでしょう。果たして今後の日本経済はどうなるのでしょうか。

ここでまず、安倍首相辞任について。首相は28日の会見で「病気と治療を抱え体力が万全でないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ることや結果を出せないことがあってはなりません。これ以上総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断しました」と述べ、「悩みに悩みましたが、コロナ対応に障害が生じることは避けなければならない。新体制に移行するなら、このタイミングしかないと判断しました」と苦渋の決断だったことを明らかにしました。

この会見では複数の記者が「政権投げ出し」と発言し、テレビでもそのような発言をする人がいました。普段から安倍政権に批判的な論調のメディアが多くありますが、その延長線上で辞任を批判しているような印象です。

しかし、病気のため責任をもって職務を続けられない状況となり、タイミングも考慮したうえで決断したのですから、「投げ出し」と言うのは適切ではありません。病気も批判の対象とするようなことは、人としてとるべき態度ではないと思います。ここは「お疲れ様でした」とねぎらい、健康回復を祈るのが礼儀というものではないでしょうか。

「安倍首相辞任」が伝わり株価急落

さて経済面での影響ですが、首相辞任が伝わった28日午後の東京株式市場では、速報が流れた午後2時過ぎからわずか5分で日経平均株価の下落幅は約700円に達する急落となりました。午後3時の取引終了までにやや値を戻し、終値は324円安でした。この急落は、それだけ市場が安倍政権を評価していたことを示しています。

首相の辞任というのは、いつもそれなりのインパクトがあるものですが、特に今回はコロナ禍と戦後最悪の景気という未曽有の危機の真っただ中にあることから、インパクトがより大きなものとなりました。それは、コロナ感染拡大防止と経済回復に支障が出るのではないかとの不安と警戒、そしてこれまで経済回復の旗印となってきたアベノミクスが名実ともに終わり、次期政権の下で有効な経済対策が打ち出されるのかといった懸念です。

外交面でも、次期首相が日米関係をはじめ対中国、北朝鮮、韓国などについて適切な外交政策をとれるのかといった心配もあります。そもそも後継の首相は誰になるのか、あるいは短期政権の時代に逆戻りするのではないか、など不安は尽きません。

これらの不安を抱え、しばらくの間は株価が不安定な動きになるかもしれません。特に海外で安倍首相の評価が高かっただけに、海外投資家が「日本株売り」の姿勢を強める可能性もあります。そうなれば、ただでさえ厳しい景気を一段と悪化させることになりかねません。

アベノミクスで景気回復~株価上昇、雇用改善など

実は、コロナ感染が始まる前までは日本経済はかなりの回復を見せていました。それはアベノミクスなしには実現できなかったものです。ここで安倍政権7年8カ月の経済を振り返ってみましょう。

第2次安倍内閣がスタートしたのは2012年12月。安倍首相は「デフレ脱却と日本経済再生」を目的とするアベノミクスを掲げ、(1)大胆な金融緩和(2)積極的な財政出動(3)民間投資を喚起する成長戦略――の「3本の矢」を打ち出しました。バブル崩壊後の歴代内閣はこれまで何度か景気対策を実施してきましたが、いずれも目先の景気テコ入れにとどまり、中長期的な経済再建戦略を打ち出すことがほとんど出来ていませんでした。アベノミクスはまさに経済政策の基本的な枠組みを転換したと言えるのです。

そしてそれは実際に効果を上げました。

 日経平均株価はバブル崩壊後に下落したまま8,000~9,000円台で長期低迷が続いていましたが、第2次安倍内閣誕生を見越して2012年11月中頃から急速に上昇、2018年10月には2万4,000円台まで回復しました。これは1991年11月以来27年ぶりの高値で、実質的にはバブル崩壊後で最も高い水準をつけたことになります。その後はやや下げる場面もありましたが、今年1月にも一時2万4,000円台をつけていました。

こうした動きは株価の長期的基調が転換し、日本経済が「失われた20年」などと言われていた構造的な低迷からほぼ脱したことを意味します。

  • 日経平均株価は約27年ぶりの水準を回復

  • アベノミクスで日本経済はこんなに変わった

株高と並行して為替相場は円安が進みました。日本経済の主力である輸出産業は長年、円高によって苦しめられてきましたが、アベノミクスの効果によって、1ドル=79円台から一時は120円台まで円安となり、景気回復を後押ししました。

企業の業績も改善しました。上場企業の純利益額は2014年3月期から2018年3月までの5年間のうち4回の最高益更新を達成しました。2019年3月期も前年に次いで歴代2位の利益額となっています。

特に改善が目立ったのが雇用です。有効求人倍率はバブル崩壊後ほとんど1.0倍を超えたことがなく、第2次安倍内閣発足前の2012年11月は0.82倍でしたが、1年後の2013年11月に1.0倍を超え、その後も上昇し続けました。2017年4月にはバブル時のピーク(1.46倍)をも超え、2018~2019年のうちの数カ月間は1.63倍まで上昇していました。

この有効求人倍率で注目すべきなのは、2016年10月から今年4月までは全都道府県で1.0倍を超えていたことです。これはバブル期でも実現していなかったことで、雇用改善が地方にまで及んでいたことを示しています。

さらに訪日外国人が増加したこともアベノミクスの効果です。安倍内閣は「第3の矢」=成長戦略の柱の一つとして「観光立国」を掲げ、ビザの緩和や観光客誘致に力を入れました。東京五輪誘致に成功したこと、国際的に日本の存在感が高まったことなども訪日客増加につながりました。

2019年には訪日客による国内消費額が4兆8,000億円余りに達しました。これは日本の名目GDP(国内総生産)の1%近くになる計算です。訪日客の中でも地方を訪れる外国人が増え、その効果が地方にも広がったこと、訪日客増加が国内の雇用増加や都市再開発、建築需要増加などにも波及したことなどで、景気を支えました。  

これら経済活動の全体像を表すGDPの実額も年々増加し、2019年までに名目・実質ともに過去最高となっていました。

  • GDP(実額)はアベノミクスで過去最高に

アベノミクスに批判的なメディアだが……

このように見てくると、日本経済はかなり回復していたことがわかります。しかもそれは単に数字が良くなったという効果にとどまらず、「失われた20年」に終止符を打って経済再生に踏み出したという点に大きな意義があります。安倍首相の積極的な外交政策によって日本の国際的な存在感が高まったことも、経済回復との相乗効果をもたらしました。

しかしその割にメディアの間ではアベノミクスの評価が低いのが実情です。その主な理由としては――

(1)消費者物価上昇率は目標の2%を達成できていない
(2)金融緩和の副作用が大きい
(3)消費が弱い
(4)賃金がほとんど上昇していない
(5)名目GDP600兆円との目標に遠く及ばない
(6)成長戦略が不十分
(7)少子高齢化・人口減少に歯止めがかかっていない
(8)そもそもアベノミクスが間違っている
などが挙げられます。

このうち(1)はたしかに目標達成には至っていませんが、アベノミクス以前は物価下落が長期間にわたっていたことを考えれば、デフレ状態ではなくなったことは確かですから、その評価も正当にされてしかるべきでしょう。

(2)~(7)についてもその通りですが、それでも前述の成果を否定することにはならないはずです。ところが多くの場合、そうした成果には目を向けず、目標に達していないことや不十分な点だけを挙げてアベノミクスそのものを批判したり否定しているケースがほとんどだと言っていいでしょう。多くのメディアもそうした論調となっています。

しかしそれは適切な議論とは言えません。成果をきちんと評価したうえで足りない点や課題を指摘すべきです。そして、ただ批判や否定をするのではなく、目標達成のために何を為すべきかを議論・提言すべきです。それがメディアの果たすべき役割ではないでしょうか。

また(8)は野党などがよく主張する点ですが、アベノミクスが間違いなら、それに代わる政策を提示すべきですが、これまで野党からそのような政策が明確に示されることはありませんでした。

次期政権は「感染拡大防止と経済回復」の真の両立へ戦略構築を

ただ現実問題として、コロナ禍によってアベノミクスの成果はほとんど帳消しになってしまいました。今後もコロナ感染が続く限り、景気回復は容易ではありません。

  • コロナ禍で景気は急速に悪化

こうした中で、前回も指摘した通り(8月20日付「景気は戦後最悪、「感染拡大防止と経済回復」の真の両立とは?」)、政府は「コロナ感染拡大防止と経済回復の両立」をめざしていますが、そのための具体的な戦略が明確でないのが現状です。次期政権はあらためてその戦略をしっかりと立てることが求められます。

感染拡大防止と経済回復の「真の両立」のためには、(1)改めて感染防止を徹底するとともに目安となる数値などを示し、収束に向けた展望を示す(2)経済活動の再開は前のめりにならずに感染状況を慎重に見極めながら徐々にステップアップさせる(3)その間の経済的支援策を一段と拡充し、第3次補正予算を編成する(4)テレワーク拡大やデジタル化加速、経済安全保障の確立など新たな構造変化を後押しする――の4本柱の政策が必要です。

前回の原稿執筆時点では安倍首相辞任を想定していませんでしたが、上記の4つの柱はそのまま次期政権が早急に具体化すべきものです。その上で、アベノミクスが積み残した課題にどう取り組んでいくか、そしてアフターコロナ時代に向けて中長期的にどのように日本経済を再建していくかの展望と道筋を示すことが重要となるでしょう。