政府は「GDP6.5%押し上げ」と試算

岸田政権発足後初となる経済対策が決まりました。国の財政支出は55.7兆円で過去最高、民間資金などを含めた事業規模は78.9兆円で過去2番目の大きさで、予想を大幅に上回る規模となりました。

  • 岸田政権発足後初となる経済対策が決定

    岸田政権発足後初となる経済対策が決定

岸田首相は自民党総裁選や総選挙で「30兆円規模の経済対策」と表明していましたが、策定の過程で、どんどん規模が膨らんでいったようです。決定の1週間前に「40兆円超」と報道され(日本経済新聞電子版・11月12日付)、さらに決定前日の18日には「55.7兆円」との報道が飛び出しました(同・18日付)。

これは市場にも驚きを与えました。同日の日経平均株価はマイナスで推移していましたが、この報道が流れると一時は上昇に転じました。そして翌19日に55.7兆円で決定。この日も経済対策が相場の支えとなり、日経平均株価は147円高となりました。

経済対策の主な内容は別表のとおりで、18歳以下の子どもに1人10万円の給付(現金とクーポン)をはじめ、住民税非課税世帯への10万円給付金、中小企業などに最大250万円(個人事業主は同50万円)の「事業復活支援金」など各種の給付を盛り込んでいます。また岸田首相の看板政策である「新しい資本主義の起動」を政策の柱の一つとしたことも特徴で、その具体策として10兆円規模の大学ファンド創設、賃上げを行う企業への支援強化などを挙げています。

  • 経済対策の主な内容

政府はこれにより実質GDP(国内総生産)を5.6%程度押し上げると試算しています。この試算通りにいくかどうかはともかく、過去最大規模の経済対策が景気にとってプラスになることは間違いないでしょう。

それでも、今回の経済対策には重要な問題を抱えています。ここでは3つの点を指摘したいと思います。

過剰な規模、緊急性の薄い給付金も

第1は、その規模が過剰に思えることです。岸田首相のこれまでの発言を見ると、当初から「規模」にこだわっていたように見受けられます。総選挙での公約の実現とともに、来年夏の参院選をにらんでのことと思われますが、そこに各省庁や与党内からもさまざまな要望が持ち込まれ、規模がどんどん膨らむ結果となったのです。

多くのエコノミストや市場関係者からは「今は不況のどん底というより、経済再開に向けて動きく出したタイミング。これほどの規模の経済対策が必要な経済状況ではない」との指摘が出されています。しかもその中身は、前述のように「給付金」、あるいは「基金」「交付金」といったものが中心。「これでは『分配』ではなく『バラマキ』だ」との批判が上がっています。

たしかに、コロナ禍で生活に困っている人や経営難に陥っている事業者を支援することは重要です。いや、もっと支援を増やす必要があると思います。しかし例えば、18歳以下の子どもへの10万円給付が緊急性のある対策とは思えません。もちろん子どものいる世帯にとって10万円はありがたいことでしょう。しかし子育て世帯への支援策で本当に必要なことは、経済的に困難な状況にある世帯への継続的な支援策のはずです。これでは「バラマキ」と批判されても、致し方のないところでしょう。

日本経済の持続的成長につながる政策の弱さ

第2は、コロナ後を見据えた日本経済の持続的成長につながる政策が弱いことです。経済対策では「新しい資本主義」を柱の一つとし、そのうち「成長戦略」では(1)科学技術立国の実現(大学ファンド創設など)(2)デジタル田園都市国家構想(地方からのデジタル実装、DX推進など)(3)経済安全保障――を掲げ、一方、「分配戦略」では(1)賃上げを行う企業への税制支援強化(2)看護師などの収入引き上げなど公的部門での分配機能強化――などを列挙しています。

しかし、この連載で何度か指摘してきたように(第23回第24回第25回)、分配のためには成長が必要であり、その成長を妨げている制度や仕組み、慣習などを変え、既得権益を打ち破る改革が不可欠なのですが、そうした改革はあまり見当たりません。

また今回の経済対策は前述のように一時的な給付や交付金、基金が盛りだくさんですが、それ自体「分配」とは言えません。対策では、18歳以下への10万円給付も「新しい資本主義」の分配戦略の項目に入っていますが、「分配」とは一時的に給付金を配ることではなく、世帯の実質的な収入が継続的に増えるようにすることです。しかし賃金増加については、まだ抽象的なレベルにとどまっているのが実情です。

古い自民党に逆戻り?

第3の問題点は、古い自民党の体質に逆戻りしつつあると感じられることです。

バブルが崩壊した1990年代、歴代政権は何度も景気対策を打ち出し、そのたびに規模が膨らんでいきました。しかしその多くは公共事業拡大や各種補助金などが中心で、バブル崩壊によって行き詰まった日本経済を抜本的な立て直すような政策はほとんど手つかずでした。そのため経済の立て直しに必要な改革も先送りされ、経済低迷から脱することができなかったのでした。

  • バブル崩壊後の経済対策(1990年代〜2000年)

2001年に発足した小泉内閣が「構造改革」を打ち出したのは、そうした教訓を踏まえてのものでした。小泉首相が「構造改革なくして景気回復なし」「古い自民党をぶっ壊す」と叫んだことに、その意図が表れています。金融機関の不良債権処理促進、郵政民営化をはじめとする「官から民へ」、規制緩和などの構造改革政策で、日本経済はようやく立ち直りの足がかりをつかんだのです。

そして2012年に発足した第2次安倍内閣で打ち出されたのがアベノミクス。金融緩和、財政政策、成長戦略の「3本の矢」によって「デフレ脱却と日本経済再生」をめざすものでした。

この小泉政権と安倍政権に共通するキーワードは「改革」です。小泉政権の「構造改革」はその名のとおりですが、アベノミクスも成長戦略の一環としてさまざまな改革を実行してきました(十分ではありませんでしたが)。また従来の日銀の政策を抜本的に転換させて超金融緩和を実現しましたが、これも一種の「改革」と言えます。

またこの両政権は、「官邸主導」の政権運営を推進し、派閥の発言力を低下させました。それがまた改革を進めやすくしたとも言えます。

安倍政権の後半は、改革志向がやや弱まりましたが、コロナ禍の前には日本経済はかなりの程度の回復を見せるようになっていました。菅政権もこうした改革と官邸主導を引き継いでいたと言っていいでしょう。

しかし岸田首相は総裁選出馬以来、「改革」をほとんど口にしていません。今回の経済対策の中身に改革らしい改革が見当たらないのは前述のとおりです。

また今回の経済対策から少し離れた視点になりますが、岸田政権では派閥の発言力が強まる可能性があるとの政治記者の指摘があります。岸田首相は派閥の意向を入れた組閣を行ったのはその表れですが、実は首相自身が自らの派閥「宏池会」への思い入れが強いようなのです。

宏池会は、池田勇人元首相が創設し、現在では最も古い歴史を持つ派閥で、池田氏のほか、大平正芳氏、鈴木善幸氏、宮澤喜一氏の4人の首相を輩出した名門派閥です。しかしその4人はいずれも不本意な退陣に至っており、宮沢氏以後は長い間、首相を出していませんでした。

  • これまでの宏池会出身の首相ーー4人とも不本意な退陣だった

それだけに、岸田首相は"宏池会復権"への思いが強いのかもしれません。首相が掲げる「令和版所得倍増」は池田元首相の「所得倍増計画」、デジタル田園都市国家構想」は大平元首相の「田園都市国家構想」のネーミングをもとにしていることにも、それを感じることができます。ただ、こうした派閥への思い入れが、派閥政治の復活、古い自民党の復活につながるようでは困ります。

以上の3つの問題点は、市場も敏感に感じ取ったようです。先ほど株価が上昇したと書きましたが、経済対策がこれほど予想を上回る規模になったわりに株価の上昇はそれほど大きくありませんでした。週明け22日の日経平均は下落して始まっており、経済対策を材料に買い進むという雰囲気はほとんど消えた格好です。

今必要なのは、日本経済が持続的に成長していくための改革を打ち出し「改革→成長→分配」を実現することです。コロナ感染が減少している今こそ、一歩踏み出すことが求められています。