日経平均、12年ぶりの8日続落~一転して「岸田売り」

岸田内閣が発足しました。政権発足時には通常、「御祝儀相場」となるケースが多いのですが、今回は様子が違います。日経平均株価は6日まで8日連続の下落となりました。8日続落は12年ぶりのことです。

この間の株価の動きを見ると、岸田氏が8月26日に自民党総裁選への出馬を表明したことをきっかけに日経平均が上昇し始め、9月3日に菅首相(当時)が不出馬を表明すると上昇に弾みがつきました。9月8日には3万円の大台を回復、9月14日には3万670円と、約31年ぶりの高値を付けるに至りました。これは、日本の政治が変わるとの期待感が高まったことが一因でした。

しかし、総裁選の投票日が近づくにつれて頭打ちとなり、9月29日に岸田氏が総裁に選出された直後から急速に下落に転じました。10月4日夜には岸田内閣が発足しましたが、一夜明けた5日、さらにその翌6日も大幅安となりました。

  • 日経平均株価

    日経平均株価

これで日経平均は、岸田氏が出馬表明した頃の水準に戻っていまい、この間の上昇分は帳消しとなりました。ちょうど、中国の恒大集団の経営難や米国の債務問題、さらには原油価格の高騰などが重なって海外の株価が急落したことも影響していますが、それでも日本の株価下落がひときわ大きくなっています。日本の政治の変化への期待が一転してしぼんだ形になったわけです。市場では「岸田売り」とか「岸田ショック」などと言う人もいます。

岸田首相の経済政策~「新しい資本主義」「成長と分配の好循環」

その理由は、岸田首相が打ち出した経済政策にあります。岸田首相は総裁選への出馬表明にあたり、「小泉政権以来の新自由主義は格差と分断を生んだ」として、「成長と分配の好循環による新たな日本型資本主義」を掲げました。その実現のために「令和版所得倍増計画」をうたい、分配施策の4本柱として(1)下請けいじめゼロ(2)子育て世帯の住居費・教育費支援(3)看護師、介護士、幼稚園教諭、保育士などの収入を増やすため「公的価格」の抜本的見直し(4)財政の単年度主義の弊害是正――を発表しています。

  • 岸田首相の主な経済政策

    岸田首相の主な経済政策

4本柱は一見、極めて妥当な政策です。ではなぜそれが株価下落につながったのでしょうか。問題は、「成長と分配の好循環」との方針が事実上、分配に重点が置かれ、成長の部分がおろそかになるのではないかとの疑念や警戒感が強まったことにあります。

中でも影響が大きかったのが、分配策の具体策として「金融所得課税の見直し」を打ち出したことです。現在、株式譲渡益(株式を売却した際に得る利益)や配当金などの金融所得に対し20%が課税されますが、これを引き上げようという考えで、岸田首相は就任直後の4日の記者会見で「選択肢の一つ」と明言しました。

これらが株価急落の大きな要因となったわけですが、このことは岸田首相の経済政策への評価と日本経済のあり方を考えるうえで重要な論点です。

まず、「成長と分配の好循環」について。確かに、コロナ禍以前までは景気が回復していたものの、勤労者の賃金はあまり上昇しなかったことや貧困世帯の増加など、分配は十分ではありませんでした。したがって分配策に力を入れること自体は妥当な政策に思えます。

そして分配の原資として、富裕層や企業への増税が考えられるわけで、その有力な手段の一つが金融所得課税の強化というわけです。

「改革と成長」こそ必要

しかし実は、分配を増やすためには経済全体のパイを増やすこと、つまり成長が根本的に不可欠なのです。単に富裕層の富を削って分配に回すだけでは、一時的には分配を増やすことはできても、長期的に見れば、限られた富を取り合うことでしかありません。それでは経済の持続的な発展にはつながらず、むしろ経済の停滞を招くことになりかねません。分配の充実のためにこそ、成長が大前提だということを強調しておきたいと思います。

そしてここで重要なことは、成長とは単にGDPの増加を追いかけることではないということです。日本経済の持続的な成長のためには、多くの分野でいまだに残っている時代遅れの制度や既得権益、慣行などの改革が必要ですし、デジタル改革とイノベーション、労働市場改革や働き方改革などは急務です。今回のコロナ禍で浮かび上がった医療制度改革や厚生労働省そのものの改革も、今後のコロナ対応や経済社会活動の正常化に向けて、避けて通ることの出来ない課題です。これらの改革を通じて日本経済の構造を変革し実力を強化することが欠かせません。

つまりあらゆる面で「改革なくして成長なし、成長なくして分配なし」なのです。

しかし岸田首相は、これまで「改革」についてはほとんど触れていません。4日の記者会見では「新しい資本主義を実現する車の両輪は成長戦略と分配戦略だ」と指摘し、成長戦略については、(1)科学技術立国(2)デジタル田園都市国家構想(3)経済安全保障(4)人生100年時代の不安解消――と、分配施策と同様に4本柱を示しました。これらの政策は個別には妥当なものですが、問題はそれらをどうやって実現するかであり、いずれも改革なしには実現することはできません。しかし記者会見の記録を確かめてみましたが、「改革」という言葉は一度もありませんでした。            

  • 岸田首相の成長戦略ーー「岸田4本柱」

    岸田首相の成長戦略ーー「岸田4本柱」

岸田首相のこうした経済政策の基本姿勢からは、改革に後ろ向きとの印象が感じられ、あるいは「新しい資本主義」との言葉には、これまでの政権が取り組んできたさまざまな改革に否定的ともとれるニュアンスが漂っています。

海外投資家、改革後退を懸念

こうした点を投資家は懸念しているわけです。6日付の日本経済新聞(電子版)は「1990年代以前の古いニッポンに戻ってしまうのではないか」と懸念する米ニューヨーク在住のヘッジファンド運用者の声を伝えています。

さらに金融所得課税の引き上げについて言えば、そもそも株式投資をしている人が「富裕層」という考え方自体、今や時代に合わなくなっているのです。最近では長期投資目的の投資信託や小口の株式投資をする人が増えており、こうした個人投資家の育成拡大が株式市場の裾野を広げています。「貯蓄から投資へ」の流れは、資金の循環を促すとともに、中間層の資産形成の一助にもなっていることを忘れるべきではありません。

最後に、成長と分配をめぐる議論に関連して興味深い世論調査の結果を紹介しましょう。日本経済新聞が10月4~5日に実施した緊急世論調査で、「国全体の経済力を高める成長戦略と、格差是正につながる分配政策のどちらを優先すべきか」と聞いたところ、「成長戦略」との答えが47%、「分配政策」が38%だったというものです。

  • 成長戦略と分配戦略のどちらを優先すべきかーー日本経済新聞の世論調査

    成長戦略と分配戦略のどちらを優先すべきかーー日本経済新聞の世論調査

これには、コロナ禍で経済が低迷していることを反映した短期的な視点が含まれていると見られますが、多くの国民は「成長が重要」だと感じていると言えるのではないでしょうか。

もちろん、岸田首相の経済政策には、経済安全保障などをはじめ、評価できるものも少なくありません。しかしその基本哲学が前述のような内容では、政権の先行きが懸念されるところです。「聞く力」が特技だという岸田首相が、こうした国民の声もしっかり聞いて、「改革→成長→分配」という基本路線を中心に据えた経済政策に舵を切ることを願いたいところです。