「人生100年時代」と言われる今、20代からの資産形成は待ったなし。とはいえ「投資の目利き力、どうやって磨く?」と悩む人も多いはず。本連載では、20代から仮想通貨や海外不動産に挑戦し、いまはバリ島でデベロッパー事業、日本では経営戦略アドバイザーも務める中島宏明氏が、投資・資産運用の知識や体験談、そして業界の注目トピックを紹介します。
今回は、約10年にわたり広報の立場で暗号資産業界を見てきた楠 由香梨氏にお話を伺いました。
2016年から、暗号資産取引所の広報として情報発信およびメディアリレーションを担当し、インシデント発生時の危機管理広報も経験。2022年にビットバンク株式会社へ参画。コーポレート広報およびプロダクト広報を担当し、対外コミュニケーションおよびメディアリレーションを通じた情報発信に従事。また、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会の活動支援に携わるほか、一般社団法人JPCrypto-ISACでは広報担当者として記者会見の運営などを担い、暗号資産業界のサイバーセキュリティ強化と情報共有の促進に向けた広報支援に従事。
2014年:マウントゴックス事件という「信頼性が問われる契機」となった出来事」
ビットコインが日本で知れ渡るきっかけとなった2014年のマウントゴックス事件から約12年。暗号資産業界は、ビットコイン半減期とともに数年おきに訪れる「熱狂」と、その後に続く「冬の時代」というストレステストをくり返しながら、着実に社会浸透しています。
かつて「怪しい投機の対象」として捉えられ、「仮想通貨」と呼ばれたビットコインは、「暗号資産」と名称を変え、いまや「アセットクラス(資産クラス)」としての地位を確立し、2028年の半減期や金商法への移行を見据えた新たなフェーズに突入しています。
今回の独自取材では、激動の10年を業界広報という「縁の下の力持ち」の視点から振り返り、業界が向き合ってきた誤解と、これからの信頼構築のあり方について掘り下げます。
――楠さんは、2016年から業界にいらっしゃいますが、そもそもビットコインを知ったきっかけは何だったのでしょうか?
楠氏:実は、最初からビットコインを知っていたわけではないんです。当時、当時在籍していた会社は、規制が未整備な領域にも果敢にチャレンジする社風でした。2016年に「これから取引所事業(現在の暗号資産交換業)を始める」というタイミングで、準備のために調べ始めたのがきっかけです。そのときに初めて2014年の「マウントゴックス事件」の詳細を知りました。
――2014年当時はまだ当事者ではなかったわけですね。後から振り返って、マウントゴックス事件をどう捉えましたか?
楠氏:PRの観点から見ると、極めて象徴的な出来事だったと思います。日本においてビットコインの認知が広まった「原点」であると同時に、ある意味では「信頼性が問われる契機」でもあったからです。世間に「知られること」と「誤解されること」が同時に起きてしまった。当時は「ビットコインとはなにか」を理解しようとするよりも、ビットコインは「危ないもの」「なくなるもの」という印象が先行していました。
――私も当時はホルダーとして見ていましたが、新聞の見出しに「ビットコイン倒産」といったセンセーショナルかつ誤解された言葉が躍り、メディアも正しく理解していませんでした。よく言われたのは、「持つと幸せになれるとして広まった、円天(詐欺事件)と同じようなものだ」という声ですね。ただ面白いのは、あれだけのネガティブキャンペーンがあっても長期的には価格は戻り、認知が拡大したという事実です。ネガティブな報道であっても、結果として認知向上に寄与しうるという気づきも得られた出来事でした。
楠氏:その「誤解を解消し続けること」が、業界広報の原点になりましたね。
2017年:熱狂の「仮想通貨元年」と広報としてのやりがい・楽しさ
――その後、2017年は日本では「仮想通貨元年」と呼ばれ、一気にブームが加速しましたね。
楠氏:2017年は、広報として全力で駆け抜け、やりがいと楽しさを感じた一年でした。同年4月の改正資金決済法の施行、9月の交換業者登録、そしてテレビCMの解禁。この年はテレビや新聞といったマスメディアに暗号資産(当時はまだ仮想通貨と呼ばれていた)が本格的に届いた年でした。
価格上昇を背景に「億り人」という言葉が流行し、市場への関心が爆発しました。広報の現場には、毎日ひっきりなしに取材依頼が舞い込み、まさに「攻め」の広報。ただ、PR上の課題も浮き彫りになりました。メディアの関心は「価格・投資」の文脈に偏り、良くも悪くも「投機=仮想通貨」というイメージが定着しました。
――技術や思想などの本質よりも、「いくら儲かるか」という話ばかりでしたね。
楠氏:そうなんです。価格上昇がきっかけとなって関心が広がったこと自体はポジティブな側面ですが、一方で、「価格以外の価値をどう伝えるか」という問いが、私たち広報に突きつけられました。2018年に起きた同業他社の流出事故を経て、報道の内容もセキュリティや管理体制(コールドウォレット等)、法規制の話へと深まっていった印象があります。
2021年:Web3ブームがもたらした「言葉の難しさ」
――次の大きな転換点は、2021年頃のWeb3ブームでしょうか?
楠氏:この時期、報道の文脈が「価格」から「ユースケース(用途)」へと大きく拡張しました。DeFi(分散型金融)やNFT、DAO(自律分散型組織)といった言葉が広まり、分散型の思想が語られるようになった。政府内でもWeb3プロジェクトチーム(Web3PT)が立ち上がり、単なる「ビジネス」から一つの「産業」へと発展した時期だと言えますね。
――広報としては、伝えやすくなったのでしょうか?
楠氏:むしろ難易度は上がりました。ビットコイン・暗号資産、DeFi、NFT、DAOだけでなくメタバースなどあらゆるものが「Web3」というバズワードで一括りにされ、定義が人によってバラバラになったからです。「なにをもってWeb3とするのか」というコミュニケーションの齟齬が生まれやすくなりました。ただ、このブームのおかげで、暗号資産という言葉が社会的に広く認知されたのは間違いありません。
「仮想通貨」から「暗号資産」への名称変更は業界の成熟の証
――言葉といえば、法改正によって「仮想通貨」から「暗号資産」へと呼称が変わりました。これについてはどうお考えですか?
楠氏:広報の現場では、「仮想(バーチャル)」という言葉が「実体がない、不安定」という印象を与えやすいと感じていました。そのため、当時は私も含めて英語名の「クリプトカレンシー」を好んで使う広報も多かった印象です。
――「仮想」という響きには、どこか偽物のようなニュアンスがありましたよね。
楠氏:そうですね。一方で「暗号資産」という名称は、法制度上の位置づけを前提としており、決済手段としてだけでなく、明確に「金融資産・投資対象」としての性質を表現していると思います。
ただ、言葉を変えただけでは社会全体の認識がすぐに変わるわけではありません。2026年の今でも主要メディアは「仮想通貨」という言葉を併記しています。広報としては、正式名称を使いつつも、分かりやすさを考慮して文脈ごとに使い分けるというジレンマを抱えています。「暗号資産」という言葉の認知は広がりつつありますが、まだ十分とは言えず、もう少し浸透してほしいというのが本音ですね(笑)
報道の裏にある、知られざる地道な努力
――楠さんはビットバンクでの広報活動だけでなく、一般社団法人JPCrypto-ISACや一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)といった業界団体の広報も務められています。そこに力を入れる理由は何なのでしょうか?
楠氏:ビットバンクでは、黎明期から業界を牽引してきた代表やマーケットアナリストへ業界動向やビットコイン市場動向などに関する取材をいただくことが多く、取引所という立場で対応しています。個社の発信にとどまらず、業界の本質的な価値を伝えるために業界団体の広報支援にも力を入れています。
――確かに、サイバーセキュリティの強化や規制対応といった地道な取り組みは、なかなかニュースになりにくいですよね。
楠氏:例えばJPCrypto-ISACでは、有識者や参画企業の皆さんとサイバーセキュリティ関する情報を共有・分析し、業界全体の安全性を高める活動をしています。また、JCBA(日本暗号資産ビジネス協会)では、頻繁にワーキンググループを重ね、政策提言やルール作りに貢献しています。こうした協会の活動について、「企業やユーザーの安心・安全」を守る取り組みとして、その意義や動きを広報の立場からしっかりと伝えていきたいと考えています。地味かもしれませんが、これこそが業界の進展を支える本質的な価値だからです。
金商法移行で暗号資産は「伝統金融」の一員に
――アメリカでのビットコインETF承認や機関投資家からの資金流入を経て、2028年のビットコイン半減期という約束された未来。そしていよいよ、金商法(金融商品取引法)への移行が業界では大きなテーマとなっていますね。
楠氏:暗号資産が「新しい金融」から「伝統金融」へと移行する流れの決定打になると感じています。これまでは資金決済法の枠組みでしたが、金商法へ移行するということは、暗号資産が「国民の資産形成に資するアセットクラス」として認められた証でもあります。
――広報・PRのあり方も、劇的に変わるのではないでしょうか?
楠氏:上場企業並みの情報開示やガバナンスが求められるようになり、ステークホルダーとの信頼構築にはこれまで以上の透明性が必要になります。「金融商品としての信頼をいかに築くか」というフェーズです。これは、2014年のマウントゴックス事件以来私たちが向き合ってきた「正しい理解の促進」という原点に立ち戻る機会でもあります。
私は2016年からこの業界にいますが、規制環境の激変や厳しい局面も含め、広報活動において決して楽な状況ばかりではありませんでしたが、それでも、その変化そのものを楽しんできました。わかりにくさもある暗号資産のことを、正しく、よりわかりやすく伝えるための「縁の下の力持ち」でありたいですね。単なるトレンドを追う広報ではなく、長期的な資産クラスとしての信頼を構築することに注力していきます。
この新しい領域で、挑戦と変化を楽しみながら、誠実に情報を届けていける仲間と一緒に、これからも業界の未来をつくっていきたいですね。
――広報の視点から見る10年は、まさに「信頼」を積み上げてきた歴史そのものですね。本日はありがとうございました。

