今回のテーマは「通学」である。

私は小・中学校は自宅から近かったため徒歩で通っていたが、高校生になり電車通学となった。乗り継ぎありで正味40分ぐらい電車に乗っていたと思う。また、駅から高校まで距離があったため、大体の者がそこから自転車で通学していたが、私は「自転車通学申請をするのが面倒くさい」という一点のみの理由で、3年間30分くらいかけて駅から徒歩通学をしていた。

この「少しの手間を惜しんで膨大な時間をドブに捨てる」という性格は今も変わっていないので、私の人生の大半はドブに捨てられていると言って過言ではない。

では、電車に乗っていた40分間私は何をやっていたのであろうか。今なら間違いなく、スマホである。しかし、当時はスマホどころか携帯すら持っていなかった。「腐女子になる以前の自分が思い出せない」という名言がある通り、ネットや携帯を手にするまで一体自分がどうやって時間をつぶしていたか、むしろどうやって生きていたのか記憶にないという人間は多いだろう。このように、人はBLなどの人生の主軸を見つけて初めて「物心ついた」と言えるのかもしれない。

じゃあ、それ以前の自分が電車内で何をしていたかというと、何せ物心ついていなかったので、丸刈りにランニングシャツ姿でセミでも追いかけていたのだろう。しかし、電車内にはあまりセミがいた記憶がない。もしかしたらセミの幻覚を追いかけていたのかもしれないが、おそらくそれだと無事目的地まで着けずに途中で降ろされていたと思う。

では、席におとなしく座り、じっとセミの幻覚という名の虚空を見つめていたかというと、それも違う。落ち着きのなさには自信がある。絶対に何かをしていたと思う。それが何かというと、もう読書しかない。

読書、悪くない。しかし、それはその「書」が何かによる。図書室で借りた小説などを読んでいたこともあったが、もっと公共の場にふさわしくないもの、もっと簡単に言うと「アンジェリークラブラブ通信」などを読んでいたと思う。いくらなんでも、それは家に帰ってから読むだろうと思うかもしれない。私もそう思いたい。

だが、今でさえ、わざわざ東京まで来て買い込んだ、刀剣乱舞の18禁同人誌を飛行機の中で読まないようにするため、両手の指を全部谷折りにしなければいけないのである。物心ついてない当時の自分がそれを我慢できたとは思えない。確実に読んでいた。さすがに同人誌は読まなかったとは思うが、それに順ずるものはガンガンに読んでいたと思う。

よく「日本人は電車内でみな一様にスマホをいじっている、異様な光景だ」と言われるが、そんなことはない。一目で「そっち側」と分かる書物を読みながらニヤついてる方が異様だし、真顔でも異様だ。逆にスマホなら、日経モバイルを見ていようが、どんなに気持ち悪い萌ゲーをやっていようが、見た目的には同じだ、一番電車内に平和と秩序が保たれている状態である。

電車での行為は物理的に周囲に迷惑がかかっていなければ、後はそいつの面構えの問題だ。よって私の通学時間は大半「気持ち悪い顔で書物を読んでいた」となる。ラブ通(そのように略されていた)などの書物が気持ち悪いのではない。私が気持ち悪い顔で書物を読んでいたのだ。

そんな楽しい(自分だけ)通学時間だったのだが、ひとつ忘れ得ぬ事件があった。私が、いつものようにそれ系の書物、いや、はっきり覚えている、アンジェリーク(乙女ゲー)のコミックアンソロジーを読んでいた時、クラスメートの女子が話しかけてきたのだ。

その時すでに私は、クラスではいないものぐらいのポジションだったので、話しかけられるなどということはほぼなかった。それに、話しかけてきたのは、スクールカーストで言うと派手グループではないが、普通の今時女子高生グループに位置する女子だったのだ。

だがその女子は言ったのだ。「それ、アンジェリークだよね、私も好きなんだ」と。驚いた。彼女は全くクラスではそういったオタク臭を出していなかった。しかし、彼女の話を聞くと、コミケに行くなど、むしろ私よりも濃い活動をしているようだった。

同士がわざわざ話しかけてくれたのだ。それに対し私は何と答えたか全然覚えていないのだが、おそらく「フォカヌポウ…コポォ…」ぐらいしか言えなかったのだろう。

それ以後彼女は二度と話しかけてこなかった。「趣味は同じだが、こいつとは仲良くできない」と判断されたのだろう。その後も彼女は、普通のJKグループで私は底辺だった。

このように「漫画が好き、アニメが好き」などというのは結局趣味のひとつでしかないのだ。そこからキモオタと思われるか、一般女子と思われるかは、結局本人の性格と面構えの問題なのである。それが分かっただけでも、電車でアンジェリークアンソロジーを読んでて良かったと思う。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。