またこのたびこちらでコラムの連載を始めることとなった。一体マイナビで何本連載をするのか、という話だ。そんなに仕事を受けてくれるライターがいないのか、何をやったらそこまで業界から嫌われるのか、不思議である。

テーマは「家族」だ。

実は前に「夫婦」というテーマでコラム連載の打診があったが、それは断った、私にまで断られるとは、マイナビもいよいよである。しかし、残念ながら問題はマイナビではなくテーマのほうにある。あんまり結婚生活に関しては描きたくないのだ。もちろん夫婦生活が毎日こん棒で殴り合っているかのように凄惨なものというわけではなく(夫に書かせたら凄惨になると思う)私は今まで「負ける技術」というタイトルで二冊ほど本を出している。

良い感想をいただくこともあるが「結婚していて、仕事も家もあるのに、負けなどとは片腹痛い」という意見ももちろんあるのだ。そう言われると自分も、そうかもしれない、と思うし、皆さまに納得いただくには即離婚か、毎日夫にモーニングスターで殴られるしかない。

しかし、モーニングスターは3,000ゴールド(ドラクエ5相場)もする。ならばハナから、あまり結婚生活のことは書かない方が早い。もちろんネタがなければ書くこともあったが、ずっとそれをテーマに書き続けるのは厳しい、書くとしたら「ネイルハンマー」「角材」「バールのようなもの」など、毎回殴られる武器を変えていくしかない。

よって「夫婦」というテーマは断ったのだが、そしたら今度は「家族」という、ただ焦点をブレさせただけのテーマで打診がきた。たぶんその間に100人ぐらいのライターに断られたのだろう。

初回テーマは「実家」

そんなスーパーぼんやりコラムの記念すべき第一回目のテーマは「実家」である。負け組を自称するなら、実家なんてものは、村ごと焼かれてないとおかしいはずだが、実家はまだ焼けておらず、両親も存命である、やはり私は全然負けてなどいないのかもしれない。

とうに三十を過ぎている私だが、親に対する態度はいまだ思春期丸出しであり、実家には車で30分程度の距離だが、そんなには帰らず、帰ったとしても、そっけない態度でスマホをいじったりしてしまう。

しかし、仲が悪いわけでもないし、嫌いというわけではない、まともな人たちであるし、感謝も尊敬もしている。しかし、私がここで、親への感謝と尊敬を書き綴る、というのは、アーティストが突然、母ちゃんリスペクトソングをリリースして小ヒット、みたいなもので、良いこと言ってるんだろうけどなんか腑に落ちねえ、歌にする前に本人に言えば感、親に素直に感謝できてる俺クール感が漂った上に、小ヒットもしない、みたいな事態になり得るので、ここに書くことではない。

なので逆に、我が実家の病巣部分について書きたいと思う。私はとにかく整理整頓ができず、新築4年程度の我が家も、私の部屋だけは、そろそろ古民家として価値がでて良いぐらいの様相を呈しているし、床などは老舗中華料理店のようにベトついている、新しいのにボロボロに見える、ダメージジーンズのような部屋なのだ。

この「片づけができない」というのは、完全に父親から受け継いだものである。しかも私はまだ、3畳程度の書斎を一つ潰す程度だが、父親は格が違う、7部屋ある実家の内、4部屋を自分の私物で潰したのである、すでにライトなゴミ屋敷だ。

ちなみに、私が家を出るまで、その家には、祖母、両親、兄、私の5人が住んでいた。この時点ですでに無理ゲーなのであるが、この高難易度ステージを、我々は、祖母、兄、私が、同室で川の字になって寝る、という就寝分離を全く無視した戦法でクリアしていた。

まあこの程度の暴挙は、昭和の一家の大黒柱にはままあることなのかもしれないが、この親父の偉大なところは、その家を建てたのは親父ではないというところだ。建てたのは、同居している母方の祖母、親父から見れば、妻の母である。つまり、義母の建てた家の7部屋中4部屋をぶっ潰したのである。パンクすぎる。

所謂、父はマスオさんで、母を嫁にもらいながらも、母の実家に同居しているのだ。しかし、サザエさんで、マスオが、波平やフネの部屋を己の私物でジャックした回を見たことがあるだろうか? 長いサザエさんの歴史でもそれはなかった気がする。しかし私の親父殿はそれを何十年もやってのけているのである。

もちろん、最初から4部屋占拠していたわけではなく、どんどん浸食していってそうなったのだ。そうなる前に止められなかったのか、と思うかもしれない、確かに他の家族からしてみれば、居住空間がどんどん奪われているのだから、一人気の短い奴でもいれば、親父の留守中に全部物を捨てるぐらいのことはやったかもしれない。しかし、不幸にも私の家族は全員、事なかれ主義なのだ、これは本当に全員が共通している、みんな親父に対して不満があったし文句も言っていた、しかし正面切って「結論出るまでとことん話合おうぜ」みたいなことにはならなかった、つまり「我慢」で乗り切ってきたのである。

なので、信じられないことに、こんな環境でありながら、我々はケンカをすることがほとんどなかった。しかし、親父殿の名誉のために言っておく。なぜ母の実家に住んでいたかと言うと、祖父が急死してしまい、その時一人娘である母はすでに父と結婚して県外に出ていた、つまりこの時点で、祖母は一人になってしまうはずだった、しかし父はそれまでの仕事も辞め、縁もゆかりもない土地で、妻の実家という非常に居心地の悪い場所で、妻の母との同居を始めたのであった。

その後、父は妻の実家を、自分用にカスタマイズしていったわけだが、かなり男気のある決断だと思う。祖母は、自分の家を占拠されて、父に不満たらたらであるが、「でもおかげで一人にならずにすんだ」と、ポツリと言っていたような気がする。しかしそれはこのコラムを良い話で終わらせたい私の脳がねつ造した記憶かもしれない。

普通、7部屋中4部屋乗っ取られたらやっぱりキレる、しかしキレないのがカレー沢家クオリティなのである。

<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全三巻発売中。